弟、飛び級するってよ
それから数日後。ついに姉さんが王都の『グランドール魔導学園』へと旅立つ日がやってきた。
馬車に乗り込む姉さんの姿は、朝日に照らされてまさに一幅の絵画のようだ。
父さんは案の定、母さんに抱きつきながら目元をぬぐっている。
「カミラ……アイリスが遠くに行ってしまう。寂しくて私の精神オーラが真っ黒に染まりそうだ……頼む、カミラ補給をさせておくれ」
「ちょっとあなた、人前でべったりくっつかないで! ほら、アイリスが行っちゃうわよ!」
相変わらずのバカップルぶりだが、父さんの目奥に宿る冷徹な光を僕は見逃さなかった。
昨夜、父さんと僕は書斎で密談を交わしている。
王都の伯爵邸に配置した護衛の増員、学園内の情報収集ルートの確立、そして万が一「王太子」や「ヒロイン」が危険な動きを見せた際の物理的・社会的抹殺計画(※円満な手段含む)について、完璧に詰めたのだ。
「姉さん、道中くれぐれも気をつけてくださいね。道中で盗賊や怪しい男に襲われたら、迷わず僕が渡した魔道具の『ボタンA』を押してください。半径100メートルの空間ごと敵の魔力を霧散させますから」
「ふふ、大丈夫よレオン。お母様から護身術も教わったし、私だって回復魔法で傷くらい治せるもの」
「駄目です、姉さん! 姉さんが傷を治せるなんて見せてはいけません! そのチート級の回復魔法の噂が広まったら、性根の腐った王太子や利用価値を探す貴族どもが群がってきます! 学園では『ちょっと擦り傷を治せる程度の微弱な魔力です』という顔をしていてください!」
僕が必死に訴えると、姉さんは「もう、心配性ね」とクスクス笑いながら、僕の頭を優しく撫でた。
……ああ、尊い。この笑顔を守るためなら、僕は世界の法則だって捻じ曲げてみせる。
「それじゃあ、行ってきますね」
馬車がゆっくりと動き出す。
僕は手を振りながら、固く心に誓った。
(待ってろよ、王都。僕が1年後に飛び級で追いつくまで、絶対に姉さんに変な虫をつけさせない……!)
それから半年後。
僕は自室のデスクで、前世の知識(科学・工学・物理学)とこの世界の魔術を融合させた新型魔道具の設計図を描いていた。
僕の固有魔法『領域把握と絶対遮断』を応用し、半径数キロの特定の人物の動向をリアルタイムで監視・録画できる『超小型魔導式盗聴・盗撮ドローン』の試作品だ。
もちろん、使用目的は一つ。姉さんの学園生活の完全モニタリング(※防犯目的)である。
トントン、と書斎のドアが叩かれた。
「レオン、入るぞ」
入ってきたのは父さんだった。手に一通の密書を携えている。その顔には、領地経営で見せる腹黒い笑みが浮かんでいた。
「父様、王都からの報告ですか?」
「ああ。王都の伯爵邸に潜ませている密偵からの定期連絡だ。……どうやら、早くも『害虫』が動き出したらしい」
父さんの言葉に、僕の手がピタリと止まった。
「害虫……まさか、例の第一王子ですか?」
「正解だ。王太子たるシルヴェスター殿下だな。学園の夜会で、アイリスが他の男に絡まれていたところを『助けてやった』らしい。典型的な自作自演の匂いがするがね。私のオーラ感知の魔道具を通してみた報告書によると、殿下はアイリスの持つ『高純度の魔力』と『回復適性』に目をつけて、自分の派閥に取り込もうと接触を図っているようだ」
「――死刑ですね」
僕の口から、冷ややかな声が漏れた。
「落ち着け、レオン。王子を直接消せば流石に国家規模の騒ぎになる。……それに、もう一人、妙な動きをしている女子生徒がいるようだ」
「……ヒロインですか」
「ふむ、男爵家の令嬢で『アリア』という少女だ。彼女、入学早々から数々の男子生徒を魅了しているらしいのだが……その精神オーラが実に興味深くてね。報告によれば、彼女の周囲にいる男たちは皆、精神が『強制的な桃色のモヤ』で覆われているようだ」
「精神誘導……魅了系の固有魔法、あるいは魔道具ですか。典型的な乙女ゲームのヒロインムーブですね」
「そしてそのアリアという少女、なぜかアイリスに対して強い敵意を抱いているらしい。『どうしてアイリス様ばかりが注目されるの? シナリオと違うわ』と自室で呟いていたという報告もある」
シナリオと違う、だと?
間違いなく、アイリス姉さんを「悪役令嬢」に仕立て上げて断罪しようとしているヒロイン本人だ。
「父様。僕の飛び級計画、予定を繰り上げます」
「ほう? 来年の春の入学予定だったはずだが?」
「はい。ですが、今週末の『特例飛び級編入試験』を受けます。筆記も実技も満点で通過し、来月には学園に乗り込みます」
父さんは満足そうに頷き、眼鏡のブリッジを押し上げた。
「よろしい。学園の理事長には私から『寄付金』という名の圧力をかけておこう。……カミラには『レオンが優秀すぎて早くお姉ちゃんに会いたがっている』とだけ言っておく。カミラに裏工作の話をすると、嬉しさのあまり拳で壁をぶち抜いて王都まで飛んでいきかねないからな」
「助かります。あ、母様といえば……昨日、母様の実家(王宮の影の組織)の叔父様からまた手紙が来ました。『レオン、裏のトップになれば王族の首すらすげ替え放題だぞ』と魅惑的なオファーをいただいています」
「くくく、あの義兄さんも相変わらずだな。……まあいい、使える毒はすべて使え。アイリスの平和な未来と、我がローゼンベルク家の安寧のためだ」
「もちろんです」
父さんと僕は、暗がりの中でニヤリと不敵な笑みを交わした。
待っていろよ、王太子シルヴェスター。
そして転生者かトリップ者か知らんが、調子に乗っているヒロインのアリア。
姉さんに害をなそうとするならば、王子だろうがヒロインだろうが関係ない。
僕の【財力】と【魔力】と【裏社会のネットワーク】、そして父さんの【腹黒政治力】で、跡形もなく社会的・物理的に叩き潰してやる。
脱!乙女ゲーム!
脱!姉さんの断罪ルート!
悪役令嬢の弟の学園乱入篇――開幕だ。




