ヒロイン遭遇
特例飛び級編入試験の日。
王都のグランドール魔導学園の試験会場は、静まり返っていた。 本来なら数ヶ月かけて行われる厳格な編入審査だが、父さんが叩きつけた規格外の寄付金と、僕が提出した「最新型魔導回路の特許権利書」という名の物理的圧力により、超超特例の即日試験が実現したのだ。
筆記試験は開始10分で満点回答を終え、続く実技試験。
試験官を務めるのは、学園でも一二を争う気難しさで知られる高級魔導師の教授だ。
「レオン・フォン・ローゼンベルク君。君が優秀なのは書類で理解しているが、実技は別だ。この的に向かって、君の持ちうる最大の攻撃魔法を撃ち込んでみなさい。魔力の絶対量を測る」
「……分かりました」
僕は静かに頷き、右手をかざした。 使うのは基本の火炎魔法。ただし、前世の知識である『熱力学』と『プラズマ理論』を魔力構築に応用し、空気中の酸素濃度と魔力密度を極限まで圧縮する。
一瞬、部屋の中の空気が消えた。
次の瞬間、音もなく放たれた青白い閃光が標的の魔導標的を貫通し、その背後にある特大の耐魔障壁を一瞬で蒸発させた。
「な……ッ!? 標的どころか結界が……消えた……!?」
試験官が腰を抜かして泡を吹く。 ふっ、加減はしたつもりだったのだが。前世の科学知識×桁外れの魔力=物理法則の崩壊である。
「教授、合否はいかがでしょうか?」 「ご、合格ぅぅぅ!! 即刻合格だ!! 」
こうして僕は、計画通り『史上最年少の飛び級編入生』として、姉さんのいるグランドール魔導学園へと乗り込む権利を手に入れたのだった。
試験会場のあった本館を後にした直後。
「レオン……! 本当に合格して編入してきたのね!」
学園の重厚な石造りの廊下、その曲がり角から走ってきた姉さんが、僕をギューッと抱きしめた。
「姉さん……! 会いたかったです!」
「ふふ、おめでとう。レオンなら絶対受かるって信じていたわ。今日から同じ学園ね」
半年ぶりのぬくもりに浸っていると、奥から足音が近づいてきた。
「やあ、君が噂の伯爵家の神童か。私は第一王子のシルヴェスターだ。是非とも我が生徒会に役員補佐として迎えよう」
現れたのは、金髪金眼の刺繍入り豪華な制服を着た第一王子シルヴェスター。そして隣には妙な魅惑の魔力を撒き散らすヒロイン・アリア。
シルヴェスター王子は「天才を手駒にしたい欲」と「アイリスへ近づく口実作り」が見え見えだし、 アリアは「これでシナリオ通り生徒会ルート突入よ」とでも言うようにニタニタしている。
本来の攻略対象だった公爵令息が消えて予定が狂ったアリアは、次のターゲットとして王子ルートに乗り換え、さらに優秀な僕を取り込もうとしているらしい。
僕は即座に「善人な弟」のスイッチを入れた。
「シルヴェスター殿下! 勿体なきお言葉、感無量にございます……! ですが、僕はまだ11歳と幼く、1年生としての学業だけで手一杯でございます。何より……大好きな姉の足引っ張ってしまったらと思うと申し訳なくて。辞退させてください。」
ウルウルとした瞳で辞退を申し出る僕。 完璧な「健気で謙虚な弟」の演技だ。
「ちょっと待ってよ! 生徒会に入れば殿下のお役に立てるのよ!? アイリス様ばかり特別扱いズルいじゃない!」
アリアがギャンギャン騒ぎ立てる。 僕は困惑したフリをして俯き、(ふっ、これで王子とヒロインの評判はガタ落ちだな)と心の中でほくそ笑んでいた。
すると――僕の後ろから、姉さんがおずおずと一歩前へ出た。
「あの……アリア男爵令嬢……?」
アイリス姉さんはどこか申し訳なさそうに眉をひそめ、儚げで控えめな声でぽつりと言った。
「私の弟は……まだ11歳で幼いですし、自分自身の未熟さを心配して辞退しただけなのです……。それを『ズルい』とおっしゃられても……あの子、何か悪いことをしてしまったのでしょうか……?」
困惑したようにアリアを見つめる姉さん。 自分の主張をするのではなく、ただ「弟がかわいそう」と言わんばかりの可憐な姿だ。
(ああっ、姉さん……! 心優しい姉さんが僕のために勇気を出してかばってくれている……! なんて健気で優しい姉さんなんだ……!)
感涙する僕。
……だが、対峙しているアリアの視点からは全く違っていた。 儚げに眉をひそめるアイリスの瞳の奥には、「私の可愛い弟にこれ以上気安く愚痴を吐いたら、裏でどうなるか分かってるでしょうね? 例の公爵令息みたいに消されたいのかしら」という母譲りの冷酷な威圧感が宿っていたのだ。
「ひっ……! あ、いや……別に責めたわけじゃ……!」
本能的な恐怖で顔面を蒼白にし、後ずさるアリア。
さらに姉さんは、シルヴェスター王子に向かって、恐縮したようにそっと首を傾げた。
「殿下……アリア様はきっと、生徒会で殿下のお役に立とうと一生懸命になられているのですね……。素晴らしいご意気込みですわ。……アリア様、私のような者には分からないけれど、きっと何か素敵なご実績を準備されているのでしょう……?」
柔らかく、おっとりと微笑みかける姉さん。
「え……っ? あ、それは……」
言葉に詰まるアリア。
(さすが姉さん! 自分は出しゃばらず、アリアの意気込みを優しく立ててあげるなんて……! 実績ゼロのアリアは自分で自分の首を絞める形になって、何も言えなくなっているじゃないか!)
完全に「主張の控えめなお優しいお姉様」フィルターがかかっている僕は、一人で感動していた。
実際には、父譲りの洞察力でアリアの無能さと魅惑魔道具の存在を見抜き、控えめな問いかけ一つで相手の退路を断って社会的ダメージを与えているのだが、僕には一切見えていない。
「では殿下、失礼いたします。レオン、行きましょうか」
「はい、姉さん!」
僕たちは丁寧におじぎをして、2人の前を後にした。
歩きながら、僕はポケットの中の録音魔道具(王子の不透明な資金流用の証拠集め用)を静かに操作した。
(よし……王子は裏で不正をしている。今は善人のフリをして泳がせておいて、いざという時に父さんと一緒に証拠を突きつけて、完全に失脚させてやる……! 控えめで優しい姉さんには内緒で、僕が完璧に解決してみせるぞ!)
鼻息を荒くする僕の手を、姉さんがぎゅっと優しく握りしめた。
「レオン?」
「はい、姉さん!」
「ふふ、やっぱりレオンが近くにいてくれると安心するわ。私、要領が悪いから……レオンがいてくれないとダメね」
くすくす笑いながら、僕の頬にチュッとキスをする姉さん。
「そんなことありません! 姉さんは世界一優しくて可憐な女性です! 僕が一生、害虫どもから守って養いますからね!」
「ええ、頼りにしているわね。可愛いレオン」
姉さんは愛おしそうに僕の頭を撫でる。
そんな愛しい姉様が、王子とヒロインの不審な資金流用について、1年生で生徒会へ入ってすぐから帳簿を一回見ただけで全て見抜き、すでに裏で証拠を握っていることなど、僕には知る由もない。
「自己主張しない可憐な姉」でありながら、僕の健気な暴走を「可愛いわぁ」と微笑ましく愛で、手のひらの上で転がしていることにも。
表向きは「主張の控えめな可憐な姉を守る、完璧で健気な弟」。 その実態は、「弟の健気な暴走を優しく愛でつつ、裏で全てを把握している最強の姉」。
脱!乙女ゲーム! 脱!姉の断罪ルート!
弟が気づかないまま進む「返り討ち計画」は、姉のしとやかな手元の上で、完璧に進行していくのだった。




