表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/9

第7話 少しだけ増えたもの

第7話 少しだけ増えたもの


 毎朝、神様へのお供えを考える時間は、私にとって一番楽しいひとときだ。

 今日は何を作ろう。


 昨日は焼き菓子だったから、今日は少し違うものがいいかもしれない。

 そんなことを考えながら厨房へ向かう。


「今日は肉じゃがにしましょう」


 ふと、そう思い立った。

 ほくほくのじゃがいもに、甘辛く煮た牛肉と玉ねぎ。

 家庭料理ではあるけれど、どこかほっとする味だ。

 神様にも、たまにはこういう料理を召し上がっていただきたい。


 私は野菜を切り、鍋に火をかける。

 煮汁がことことと音を立て始めると、厨房いっぱいに優しい香りが広がった。


「いい感じですね」


 味見をすると、思わず頬が緩む。

 少し甘めだけれど、それがじゃがいもによく染みている。

 今日の出来は、自分でもかなり良い。


 出来上がった肉じゃがを器によそい、神棚へ供える。


「おはようございます、神様」


 いつものように手を合わせる。


「今日は肉じゃがです。温かいうちの方がおいしいので、どうぞ召し上がってください」


 もちろん返事はない。

 それでも、私は自然と笑みが浮かんでしまう。


 祈りを終え、厨房へ戻る。


「あれ?」


 鍋を見て、小さく首を傾げた。


「こんなに作ったかな……」


 いつもと同じ分量で作ったつもりだった。

 それなのに、鍋には思った以上にたくさん残っている。


 今日は計量を間違えてしまったのだろうか。


「もったいないですし……」


 残してしまうのは惜しい。

 私は小鉢によそって食べ始めた。


「……おいしい」


 一口食べた瞬間、自分でも驚いた。

 味がちょうどいい。

 じゃがいもはほろりと崩れ、玉ねぎの甘みも十分に出ている。


「今日は本当によくできました」


 もう一口。

 さらにもう一口。


 気がつけば、小鉢は空になっていた。


「あと少しだけなら」


 そう思っておかわりをする。

 ……それがいけなかった。


 気づけば、鍋の中身は半分近く減っていた。


「……食べ過ぎました」


 私は苦笑いを浮かべながら鍋を見つめた。

 これでは神様より、私の方が肉じゃがを楽しんでしまっている。


 その日も、神殿での仕事はいつも通りだった。


 神事を行い、掃除をし、書類をまとめる。

 最近は皆さんの災難も相変わらずだけれど、不思議なことに私は今日も何事もなく一日を終えた。


 帰り道、少しだけ遠回りをしてみる。

 夕暮れの風は心地よく、歩いているだけで気分が落ち着いた。


 そして数日後。


 身支度を整えていた私は、ふと鏡の前で首を傾げた。


「……あれ?」


 気のせいだろうか。

 何となく頬が少し丸くなったような。


 試しに体重計に乗ってみる。


「……増えてる」


 ほんの少し。

 本当に少しだけれど、確かに増えていた。


 思い返してみる。

 最近、お供えを作るたびに余った料理やお菓子を味見していた。

 いや、味見というより……。


「ちゃんと食べていましたね」


 焼き菓子も。

 果物の甘煮も。

 今日の肉じゃがも。


 もったいないから、と食べ続けた結果がこれだった。


「これは少し気をつけないと」


 私は腕を組んで考える。

 料理を作るのはやめたくない。

 神様へのお供えは、私にとって大切な時間なのだから。


 ならば工夫をすればいい。


「今度から、お菓子は甘さを控えめにしてみましょう」


 砂糖を少し減らしてみる。

 野菜を使った料理も増やしてみよう。


 低糖質で、体にも優しい献立なら、神様にもきっと喜んでいただける……と思う。

 それから、少し歩く距離も増やそう。

 神殿の回廊を遠回りしてみたり、掃除の合間に庭を一周してみたり。


 ほんの小さな積み重ねでも、きっと意味はあるはずだ。


「よし」


 私は小さく頷く。

 美味しい料理はこれからも作りたい。

 でも、自分の健康も大切にしたい。

 そんな新しい目標ができた一日だった。


 もちろん私は知らない。


 今日、鍋いっぱいに肉じゃがが出来上がってしまったのも。

 神殿で何事もなく過ごせたのも。


 すべて、誰にも気づかれないところで見守っている神様が、ほんの少しだけ手を貸していたからだということを。


 だから明日の朝も、私は変わらず神棚の前で手を合わせる。


 そして今度は、少しだけ野菜を多めにした料理を考えながら、静かな朝を迎えるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ