表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

第3章 誰も名前を持たない夜


 火は、いつもより静かに燃えていた。


 ガビの話を聞いたあと、母ヤンマはしばらく笑っていた。いつものように、何も疑わない笑いだった。

「いいことじゃない」と言って、何度もガビの頭を抱きしめる。だが、その胸の鼓動は、いつになく激しく波打っていた。


 父ヤンバは、火を見つめたまま何も言わなかった。ただ、研ぎ澄まされた石斧を、何度も、何度も、無意味に磨き続けていた。


 長老ビジルは、少し遅れて口を開いた。


「……悪いことではない」


 肯定ではなかった。否定でもなかった。


 沈黙のあと、ビジルは一度だけ目を閉じた。それは"判断"ではなく、"ためらい"に近かった。


「いずれにしても……近いな」


 その言葉は、誰に向けられたものでもなかった。今のことを言っているのか、もっと遠い何かを言っているのか、ガビには判断できなかった。



 川辺で、少女は水浴びしていた。ガビが近づいても驚かなかった。待っていたのかもしれない。


 少女は自分を指さし、言った。


「ピッピ」


 ガビはその音を繰り返した。ピッピ。それが名前だと理解した瞬間、世界が少しだけ鮮やかになった気がした。


 ある夕暮れ、二人は岩陰で並んで座っていた。木漏れ日が水面を割り、橙色の光が揺れていた。


 ピッピが毛皮を身に纏おうとしたとき、ガビはその手を止めた。彼女は動かなかった。逃げもしない。ただ、ガビを見た。


 長い沈黙のあと、二人はゆっくりと重なった。種の違う二つの体が、互いの熱を探るように引き寄せられていく。


 ピッピの細く柔らかい体は、ガビの厚い胸と腕の重さに小さく震えながらも、必死にしがみつく。


 折れそうな指が背中に食い込み、二人の体温と鼓動が、川の音に混じって溶け合うように響いていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ