第7話:第2バイオラボの目覚めと、新しい仲間
アーク・パルナスの中央区画。五百年間、厚い隔壁によって閉ざされ続けてきた『第2バイオラボ』のゲート前に、私とハカセは立っていた。
「おいアル、本当にこんな真っ黒で干からびた種で、この開かずの扉が開くと思っているのか?」
私の肩の上で、ハカセが首に下げた翻訳デバイスをいじりながら疑わしそうに鼻をヒクつかせる。
「わかりません。ですが、マザー・ヴァインが『強い生体反応がある』と言っていましたし、ローブの人物も『古代遺跡で発見された未知の植物』と言っていましたからね。試してみる価値はあります」
私はアームを伸ばし、ゲートの横にある緊急用の土壌サンプル・ポート(外部から植物の種子や土壌を解析するための小さなカプセル)を開いた。
そこに、例の黒い種をそっと置き、第4プラントから持ってきた特製の培養液と栄養満点の土を流し込む。
『――生体サンプルの投入を確認。解析を開始します』
メインコンピューターの無機質な音声が響いた。
次の瞬間だった。
『ピィィィィン!! 警告、警告! 未知の植物細胞が異常増殖! ポート内の制御を物理的に突破されました!』
「な、なんだと!?」
ハカセが私の白衣にしがみつく。
ポートの隙間から、まるで生き物のように蠢く『青光りするツル』が勢いよく飛び出してきた。
ツルは金属の壁を這い上がり、ゲートの電子ロックパネルへと直接突き刺さった。バチバチと火花が散り、ツルの内部を青い光の脈動が駆け巡っていく。
どうやらこの植物は、成長の過程で周囲の電子機器からエネルギーを吸収し、逆にハッキングを行うような特殊な生態を持っているらしい。
『――第2バイオラボ、マスターロックの解除信号を受信。……認証コード、確認。五百年ぶりに、第2バイオラボの封鎖を解除します』
プシューッ!!
重々しい排気音と共に、数十トンはある巨大な隔壁がゆっくりと左右に開いていった。
「開いた……! 本当に開きやがったぞ!」
「どうやら、あの種は古代の『生体鍵』のようなものだったのかもしれませんね」
私はツルが枯れてポロポロと崩れ落ちるのを見届けた後、キャタピラを回して未知の領域へと足を踏み入れた。
第2バイオラボの内部は、第4プラント(トマト農園)とは全く異なる環境だった。
むせ返るような湿気と、足元に広がる浅い水辺。鬱蒼と生い茂る巨大なシダ植物や、青白く発光するキノコ類が空間を埋め尽くしている。まるで、古代の湿地帯をそのまま宇宙船に詰め込んだような場所だ。
「うげぇ……湿度が90%を超えてるぞ。毛皮がペタペタして気持ち悪い……」
ネズミであるハカセは水気が大の苦手だ。不快そうに白衣の裾をパタパタとさせている。
「ハカセ、足元に気をつけてください。……む?」
私がセンサーで空間をスキャンしていると、水辺の中央にある小島のような『苔むした巨大な岩』が、ゴゴゴ……と震え出した。
「い、岩が動いたぞアル! 未知の巨大生物か!?」
「いえ、あれは……」
岩に見えたそれは、直径三メートルはあろうかという巨大な『亀の甲羅』だった。
ゆっくりと甲羅の中から、しわくちゃで眠たそうな顔と、太い手足が出てくる。驚くべきことに、その亀の甲羅には、様々なアームや工具、電子ケーブルといった機械のパーツがサイボーグのように埋め込まれていた。
「ふぁあぁぁ……」
亀は、地響きのような大きなあくびをした。
「……んん? やけに……外が……騒がしいのぉ……。朝……かな?」
「朝というか、すでに五百年ほど経過していますが」
私が答えると、亀はゆっくり、ゆーっくりと首を巡らせて私の方を見た。
「おお……。お主は……第4プラントの……アル……か。それに……第1の……ハカセも……おるな」
「お前、喋れるのか! それに、我々のことを知っているのか?」
ハカセが驚いて身を乗り出す。
亀はのっそりと頷いた。
「ワシは……第2バイオラボの……管理を任されとる……ゲン爺じゃ。……昔、人間がおった頃は……船の……機関部や……水質管理の……エンジニアを……しとったんじゃが……」
ゲン爺と名乗った巨大亀は、言葉と動作こそ信じられないほど遅いが、その目には確かな知性の光が宿っていた。
「ゲン爺さん。五百年間、ここで何をしていたのですか?」
「扉が……閉まってしもうてな……。エネルギーを……節約するために……ずっと……冬眠……しとったんじゃ……」
「なるほど。それは災難でしたね。ですが、もう大丈夫ですよ」
私がアームで彼についている苔を少し払ってあげると、ゲン爺は「ふぉっふぉっ……すまんなぁ」と笑った。
「おい亀。お前、エンジニアだと言ったな。それなら、この間海賊の攻撃で少し焦げたアーク・パルナスの外装センサーを直せるか?」
ハカセが少し偉そうに尋ねた。
「直せる……とも……。どれ……見せて……みい……」
ゲン爺が、私のコンソールに繋いだデータ端末に目を向けた、その瞬間だった。
『カシャッ! ウィィィィン! ガガガガガッ!!』
ゲン爺の甲羅に格納されていた六本の機械化アームが、突然、目にも止まらぬ超高速で展開された。
彼自身のゆったりした動きとは全く対照的に、アームは残像が見えるほどのスピードで端末のキーボードを叩き、瞬く間に外装センサーの修復プログラムを書き換え、船体修理ドローンの遠隔操作を完了させてしまった。
作業時間、わずか三秒。
「……終わった……ぞい……」
アームを甲羅に収納し、再びのんびりとした表情に戻るゲン爺。
「「…………はやっ!?」」
私とハカセは、思わず全く同じタイミングで声を上げてしまった。ロボットである私が驚くほどの処理速度だ。
「ワシは……考えるのは……ゆっくりじゃが……手先は……器用なんじゃ……。これでも……若い頃は……ブイブイ……言わせとってな……」
「いや、器用とかそういう次元じゃないだろ!」
ハカセが目を丸くしてツッコミを入れる。
どうやら、この第2バイオラボの主は、とんでもない技術を持った凄腕の亀だったようだ。
「ゲン爺さん。私たちは今、アーク・パルナスで様々な星を巡り、農業をしながら旅をしています。もしよろしければ、私たちの仲間になって、この船のメンテナンスを手伝っていただけませんか?」
私が提案すると、ゲン爺は優しく目を細めた。
「ええ……とも……。五百年ぶりの……目覚めじゃ……。少し……運動も……せんと……甲羅が……干からびて……しまうからのぉ……」
こうして、私たちの行き先不明の旅に、頼もしい(そして手元だけが異常に素早い)亀のエンジニア、ゲン爺が加わった。
『(ふふっ。古い友人が起きてきて、私も嬉しいわ。今度、美味しいトマトの絞り汁を差し入れしてあげるわね)』
第4プラントのマザー・ヴァインからも、歓迎の念波が届く。
未知の種がもたらした新たな出会い。
アーク・パルナスの機能が少しずつ目覚めていく中で、私たちは次なる星を目指して、再び静かな宇宙へと歩みを進めるのだった。




