第8話:星喰い虫の異常繁殖と、農家の害虫駆除
第2バイオラボの主である巨大亀のエンジニア『ゲン爺』が仲間に加わってから、アーク・パルナスの船内環境は劇的に改善されていた。
彼は一日の大半を甲羅に引きこもってうたた寝して過ごすのだが、いざ作業を頼むと、甲羅から飛び出す六本の機械化アームが残像を伴う超高速で動き、あっという間に船の老朽化したシステムを修復してしまうのだ。
「ゲン爺さん、第4プラントの散水システムの圧力が少し不安定だったのですが……」
「おお……直して……おいた……ぞい……」
「(確認中)……驚きました。完璧な圧力調整どころか、ノズルの摩耗率まで計算して自動補正するプログラムが組み込まれています。ありがとうございます」
私が感謝を伝えると、ゲン爺はしわくちゃの顔で「ふぉっふぉっ」と笑い、再びのんびりと目を閉じた。
そんな穏やかな日常の航行中、メインコンピューターの鋭いアラートが船内に響き渡った。
『――警告。前方の惑星アルファ・ジャングルにおいて、深刻な生態系崩壊の危機を検知。広範囲の緑地が異常な速度で消失しています』
「なんだと!? モニターに地表の映像を出せ!」
私の頭の上によじ登ったハカセが指示を飛ばす。
スクリーンに映し出されたのは、本来なら鬱蒼とした緑に覆われているはずの巨大なジャングルの星だった。しかし、その地表の三分の一ほどが、まるで削り取られたように赤茶けた荒野へと変貌している。
そして、その最前線では――。
「うげぇ……! なんだあの巨大な虫の大群は!」
ハカセが悲鳴を上げた。
緑を食い荒らしているのは、体長数メートルはあろうかという巨大な多脚の昆虫だった。カブトムシとムカデを掛け合わせたような凶悪なフォルムの虫たちが、文字通り山を覆い尽くすほどの数で蠢き、手当たり次第に植物の葉や幹をバリバリと咀嚼しているのだ。
『(ああ……聞こえるわ。あの星の木々たちが、泣き叫んでいる……痛い、食べないでって……)』
第4プラントの長老、マザー・ヴァインから悲痛な念波が届く。彼女は植物のネットワークを通じて、星の悲鳴を直接感じ取っているようだ。
「……あれは『星喰い虫』と呼ばれる宇宙害虫の一種ですね。データベースに記録があります。何らかの理由で天敵が減少し、異常繁殖を起こしたのでしょう」
私はキャタピラを少しだけ前進させ、コンソールにアームを伸ばした。
「農家として、作物を食い荒らす害虫を黙って見過ごすわけにはいきません。メインコンピューター、害虫駆除プロトコルを『惑星規模』に拡張して起動します」
「おいおいアル! さすがに規模が違いすぎるぞ! アーク・パルナスの防衛レーザーだけで焼き払える数じゃない!」
ハカセが慌てて止めるが、私は静かに首(に相当するセンサーユニット)を振った。
「物理的な攻撃だけで全滅させるのは非効率ですし、現地の植物まで焼き払ってしまいます。農業における害虫駆除の基本は『総合的病害虫管理(IPM)』です。ハカセ、第3プラントで栽培している『激辛パラライズ・ペッパー』の成分を抽出して、広域散布用の忌避剤を調合してください」
「なるほど、化学的防除というわけだな! フン、この天才ハカセにかかれば、巨大虫の神経だけを麻痺させる特製農薬など三分で調合してやる!」
ハカセは白衣を翻し、猛ダッシュでラボへと向かった。
「ゲン爺さん」
私が声をかけると、居眠りしていた亀のエンジニアがゆっくりと目を開けた。
「……なんじゃ……アル……」
「アーク・パルナスに搭載されている数百機の環境調査用ドローンに、ハカセの作った忌避剤の散布ユニットを取り付けたいのです。それと、動きの鈍った虫だけをピンポイントで狙い撃つため、メインレーザーの火器管制システムの最適化をお願いできますか?」
「ふぉっふぉっ……。宇宙での……農作業……じゃな。……よし……きた……」
ゲン爺が端末に接続した瞬間。
『カシャッ! ウィィィィン! ガガガガガッ!!』
彼の甲羅から展開された六本のアームが、目にも止まらぬ速さでキーボードを叩き始めた。わずか十秒後には、数百機のドローンの改造設計図が完成し、船内の自動工場がフル稼働で散布ユニットの生産を開始。同時に、船のレーザー管制システムが超精密射撃モードへと書き換えられていく。
「……終わった……ぞい……。後は……若い者に……任せる……わい……」
アームをしまい、ふたたびコクリと首を垂れるゲン爺。相変わらず恐ろしい処理速度だ。
「完璧です。それでは、害虫駆除を開始しましょう」
アーク・パルナスの巨大なドックが開き、数百万粒の激辛パラライズ・ペッパーから抽出された『特製・害虫忌避スモーク』を積んだ数百機のドローンが、星喰い虫の大群の上空へと一斉に降下した。
『散布開始』
私の指令と共に、ドローンから濃密な赤い煙がジャングルに撒き散らされる。
植物には無害だが、星喰い虫の呼吸器官と神経系には劇的に作用する成分だ。
「ギチギチギチッ!?」
赤い煙を吸い込んだ巨大虫たちは、激しい痙攣を起こし、次々とその場にひっくり返って動きを止めていく。
中には煙から逃れようと、上空のドローンに向けて強酸の液を吐き出す個体もいたが――。
「させませんよ」
私はアーク・パルナスのメインコンソールで、害虫駆除用レーザーのトリガーを引いた。
ゲン爺によって最適化されたレーザーは、太い一筋の光ではなく、無数の細い光の雨となって地表へ降り注ぐ。
『チュン! チュチュン!』
それは、植物の葉一枚すら焦がすことなく、空中に飛び上がった星喰い虫の急所だけを正確に貫いていった。
「ヒャッハー! 見ろアル、虫どもが面白いように転がっていくぞ! 俺の作った忌避剤の効果は絶大だな!」
コンソールの上でハカセが小躍りしている。
作戦は数時間に及んだ。
赤い煙で大群の動きを封じ、残った個体をレーザーで間引いていく。完全に全滅させる必要はない。生態系のバランスを崩さない程度まで数を減らせば、あとは現地の自然の回復力が解決してくれるはずだ。
やがて、ジャングルを覆い尽くしていた星喰い虫の群れは、すっかりその数を減らし、深い地中へと逃げ去っていった。
『(……ありがとう、アル。星の植物たちが、安堵の息をついているわ。あなた方に感謝しているそうよ)』
マザー・ヴァインの優しい声が電子頭脳に響く。
「農家として当然の仕事をしたまでです。……おや?」
地表の映像を拡大すると、荒らされたジャングルの奥から、緑色の肌をした小さな妖精のような宇宙人たちがワラワラと姿を現すのが見えた。
彼らは生き残った巨大な花や木々に寄り添いながら、空に浮かぶアーク・パルナスに向かって、祈るように両手を合わせている。
「どうやら、あの星にも知的生命体がいたようだな。……アル、彼らが何かを差し出しているぞ」
ハカセの言う通り、妖精の宇宙人たちは、ジャングルの奥深くから採ってきたらしい『金色の果実』のようなものを、山のように積み上げていた。
「あれは……星喰い虫の標的にされていなかった、特殊な防虫成分を持つ果実かもしれませんね。後で降下艇を出して、少しばかりお裾分けをいただきに行きましょう。マザーの土壌で育てれば、新しい品種ができるかもしれません」
「フン、転んでもただでは起きない農家だな」
私はキャタピラを鳴らし、コンソールの電源をスタンバイモードに切り替えた。
船内には、ハカセの得意げな鼻歌と、ゲン爺の静かな寝息、そして植物たちの穏やかな葉擦れの音が響いている。
惑星規模の害虫駆除という大仕事を終えた私たちは、金色の果実の種を積み込み、次なる星系へと向けて再びアーク・パルナスのスラスターを点火した。




