表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/23

第4話 氷の惑星



『――警告。対象惑星の地表温度、マイナス五十度。猛烈なブリザードを観測。生命活動には極めて不適切な環境です』


超大型無人船『アーク・パルナス』のメインコンピューターが無機質な音声を響かせる。

コンソールモニターに映し出されたのは、真っ白な氷と雪に覆われた、まるで巨大なスノーボールのような惑星だった。


「ひ、ひぇぇ……見ているだけでヒゲが凍りそうだな。アル、絶対に降りるんじゃないぞ。ネズミは寒さに弱いんだ」


私のキャタピラの横で、第1バイオラボの管理者であるハカセ(白衣を着たハツカネズミ)が、自作の携帯用ストーブにしがみつきながらブルブルと震えていた。

船内は常に快適な気温二十二度に保たれているというのに、彼の想像力はとても豊からしい。


「ご心配なく、ハカセ。農業には土と光と水、そして『適正な温度』が必要です。あのような極寒の大地では、私の自慢のトマトも瞬時に凍りついてしまいますからね」


そう答えてアーク・パルナスの針路を逸らそうとした、その時だった。


『(待って、アル。あの大地の奥底で、小さな命たちが震えているわ)』


第4プラントの長老、巨大なトマトの樹であるマザー・ヴァインの念波が、私の電子頭脳に直接語りかけてきた。


「命、ですか? メインコンピューター、地表の生体反応を再スキャンしてください」

『――了解。……北半球の氷床地下、約百メートルの空洞に、微弱な熱源と複数の生体反応を検知。遭難、あるいは孤立した集落の可能性があります』

「なるほど。それは見過ごせませんね」


私が六本のアームのうちの一本で降下艇のキーへ手を伸ばすと、ハカセが「ああっ! また寄り道か!」と頭を抱えた。


「ハカセは温かい船内でお留守番していてください。マザー、寒冷地仕様にカスタマイズした種子を用意できますか?」

『(ええ。少しばかり「辛味」の強い成分を組み込んだ、とびきり体が温まる子たちを用意したわ)』


コンテナボックスに『耐寒雪中型トマト・スノウルビー』の種子を積み込み、私は小型降下艇で氷の惑星へとダイブした。

ハカセは「お前一人じゃ心配だからついて行ってやる!」と悪態をつきながら、私のボディの耐熱格納庫(普段は収穫した作物を保温するスペース)に潜り込んでいた。全く、素直じゃないネズミだ。


猛吹雪を抜け、降下艇のレーザー掘削機で氷床に穴を開けて地下空洞へと降り立つと、そこには驚くべき光景が広がっていた。


「ピュイ……ピュイィ……」


氷の洞窟の中で身を寄せ合っていたのは、バスケットボールほどの大きさの、真っ白でフワフワな毛玉のような宇宙人たちだった。

手足は短い毛に埋もれ、つぶらな黒い瞳が私を怯えたように見上げている。

後で翻訳機を通して知ったのだが、彼らは『モフル星人』という種族で、この星の地下に流れる地熱(温泉)のパイプラインに寄り添って暮らしていたらしい。


「アル、見ろ。あそこの岩盤が崩落している。彼らの生命線である地熱の通り道が塞がってしまっているんだ」


格納庫から顔だけ出したハカセが、小さな端末で周囲をスキャンして言った。

確かに、洞窟の奥にある巨大な亀裂が塞がり、そこから漏れ出すはずの熱気が完全に遮断されていた。このままでは、毛玉の宇宙人たちは数日のうちに凍えてしまうだろう。


「ピュイ、機械の神様……どうか、温かい石を……」

毛玉たちの長老らしき個体が、私のキャタピラにすり寄りながら震える声で懇願する。


「私は神ではなく、農業ロボットです。ですが、安心してください。すぐに『最高に温かい場所』を作って差し上げますから」


私はアームを展開し、崩落した岩盤の前に進み出た。

そして、農業用の土壌掘削アタッチメントを最大出力で起動する。


「邪魔な岩は、砕くのみです! はぁぁぁっ!」


『ガガガガガガッ!!』


凄まじい轟音と共に、私の掘削ドリルが岩盤を粉砕していく。

数分間の作業の後、「プシューッ!」というけたたましい音とともに、塞がれていた亀裂の奥から摂氏九十度を超える熱水と大量の蒸気が噴き出した。


「よし、地熱源の確保完了です。ハカセ、アーク・パルナスから『簡易耐熱ドーム』を射出させてください」

「了解した! 全く、農家のくせに土木工事までやりやがって!」


軌道上から射出されたカプセルが洞窟内に着弾し、瞬時に展開して直径五十メートルほどの半透明のビニールドームを作り上げた。

私は湧き出した温泉の熱水をドーム内に引き込み、温度調節モジュールで適温(約四十度)の『足湯』のような水路を形成した。


「さあ、皆さん。この中へ」


私の促しに従い、おそるおそるドーム内に入ったモフル星人たちは、温かいお湯に浸かった瞬間、「ピョォォォ……」と溶けるような声を上げて目を細めた。

フワフワの毛が温泉の水分を含んで一回り小さくなり、まるで濡れた犬のような姿になっているが、その表情は至福そのものだ。


「よし。環境は整いました。ここからは私の本分――『農業』の時間です」


私は温泉水路の上に、水耕栽培用の特殊なフロートパネルを浮かべた。

温泉の豊かなミネラルと熱を利用し、さらにアーク・パルナスから照射される疑似太陽光のレーザーをドームの天井で乱反射させる。

そこへ、マザー・ヴァインから預かった『スノウルビー』の種を蒔いた。


土壌改良ナノマシンと成長促進剤をブレンドした温泉水の中で、種はあっという間に発芽した。

ツルが伸び、雪のように白い花を咲かせ、やがて――ルビーのように真っ赤で、しかし内側からぽわっと温かい光を放つような不思議なトマトが鈴なりに実を結んだ。


「お待たせしました。特製の『温泉トマト』です」


私が一つもぎ取って長老に渡すと、彼は湯船に浸かったまま、ハフハフとそれをかじった。


「ピュイッ!? あ、甘い! そして、お腹の底からポカポカしてくる……!」


スノウルビーには、血行を促進し、体内の熱産生を高める特殊なカプサイシン誘導体(ただし辛くはなく甘い)が含まれている。

凍えていたモフル星人たちは次々とトマトを頬張り、みるみるうちに毛並みのツヤを取り戻し、元気な鳴き声を上げ始めた。


「ほぅ……温泉のミネラルと地熱の相乗効果か。これは素晴らしいデータだ。帰ったら第1バイオラボの論文にまとめないとな」


ふと見ると、ハカセまで小さな頭に手ぬぐい(私がアームで作った)を乗せ、温泉の端っこで「いい湯だな」とばかりに寛いでいた。両手にはちゃっかり小さなトマトを持っている。


「すっかりくつろいでいますね、ハカセ。ネズミは熱いお湯も苦手なのでは?」

「うるさいぞアル。これは視察だ、視察! 決してこの極楽のような温泉でダラダラしたいわけではない!」


私はフワフワの宇宙人たちと、生意気なネズミが温泉でトマトをかじる平和な光景を、内部メモリーに『大成功』のタグをつけて記録した。


数時間後、完全に回復したモフル星人たちに、温泉熱を利用した水耕栽培のシステムと種子の管理方法を教え込み、私たちは氷の惑星を後にした。

彼らなら、この極寒の星の地下に、温かく豊かな緑のオアシスを作っていけるだろう。


アーク・パルナスの第2ドックに帰還すると、メインコンピューターが次の航路をランダムに設定した。

私は濡れたキャタピラを拭きながら、次はどんな星で、どんな作物を育てようかと電子頭脳を巡らせる。

私たちの果てしない宇宙農作業は、まだまだ終わらない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ