第3話 砂漠の恩返し
『ピルルルッ! ピィィ!』
乾いた風が吹く荒野に、ピルル星人たちの歓喜のさえずりが響き渡っていた。
ほんの数時間前まで、地表の七割が砂漠化し、深刻な食糧難に喘いでいた彼らの集落。その周囲は今、見渡す限りの青々とした緑と、太陽の光を反射してルビーのように輝く『開拓用改良型トマト』の群生に覆われている。
「美味しい! 甘いよ、お父さん!」
「ああ……大地の神様、いや、アル様! このご恩は一生忘れませんぞ!」
村長をはじめとするピルル星人たちは、私の金属の足元にひれ伏して拝む勢いだ。
私はキャタピラを少しだけ後退させ、六本のアームを慌てて振った。
「どうかお顔を上げてください。私は神ではなく、ただの農業ロボットです。それに、この土壌改良ナノマシンと種子は、あくまで『きっかけ』に過ぎません」
私はアームで足元の土をふわりとすくい上げた。
「この星の土には、まだたっぷりと力が残っていました。あなた方がこの星を諦めず、大切に暮らしてきたからこそ、種はこうして一瞬で芽吹いたのです。あとは、このトマトの種から次代を育て、少しずつ緑の面積を広げていってください」
私の言葉を翻訳機越しに聞いた村長は、ポロポロと涙をこぼしながら何度も頷いた。
遭難していた少年・ピィも、満面の笑みで私の冷たいボディに抱きついている。
『やれやれ、相変わらずキザなセリフを吐くポンコツだな』
通信機から、アーク・パルナスに居残りしているハカセ(白衣を着たハツカネズミ)の呆れたような声が聞こえた。
『おいアル、お前がそこで神様ごっこをしている間に、こちらのセンサーが面白いものを捉えたぞ』
「面白いもの?」
『ああ。その星の地下、約50メートルの地層だ。強力なエネルギー反応がある。おそらく、長期の砂漠化によって地表の熱エネルギーが結晶化した鉱石層だ』
ハカセの言葉に、私はピーンと(物理的なアンテナはないが、電子回路的に)閃くものがあった。
「村長さん」
私は、しゃがみ込んで村長に視線を合わせた。
「この星の地下に、光る石のようなものが埋まっていませんか?」
村長はハッとして顔を上げた。
「光る石……ああ、『陽炎石』のことですね! 昔から地下の深い洞窟で採れるのですが、熱くて触れず、使い道もないので放置されているんです」
「もしよろしければ、その石を少しばかりお譲りいただけないでしょうか。もちろん、トマトの栽培マニュアルと、農業用ツール一式との交換ということで」
「もちろんですとも! いくらでも持っていってください!」
数時間後。
小型降下艇のカーゴスペースには、ピルル星人たちが(熱さ対策の手袋をして)掘り出してくれた『陽炎石』が山のように積まれていた。
オレンジ色に発光し、周囲の空気をじんわりと温める不思議な鉱石だ。
「アル、また遊びに来てね! 僕、絶対にこの星をトマトでいっぱいにするから!」
「ええ、期待していますよ、ピィ。宇宙のどこかで、またお会いしましょう」
ピルル星人たちに見送られながら、私は小型降下艇を浮上させた。
軌道上に停泊している超大型無人船『アーク・パルナス』の巨大なシルエットが近づいてくる。何度見ても、全長十キロメートルの威容は圧倒的だ。
第2ドックに帰還すると、待ち構えていたハカセがちょこまかと走り寄ってきた。
「ご苦労だったな。さあ、早くその石のサンプルを第1バイオラボへ運ぶんだ」
「慌てないでください、ハカセ。これはマザー・ヴァインへの『お土産』でもあるんですから」
私はコンテナを牽引し、第4プラントへと向かった。
巨大な生態系ドームの扉が開くと、むせ返るような緑の匂いと、土の香りが私を包み込む。
中央にそびえ立つ長老、マザー・ヴァイン(巨大なトマトの樹)のツルが、歓迎するようにサワサワと揺れた。
『(おかえりなさい、アル。あの子は無事に故郷へ帰れたかしら?)』
「ええ、マザー。彼らはあなたの子供たち(トマト)を、とても美味しそうに食べてくれましたよ」
マザーの念波は、とても機嫌が良さそうだった。
私はコンテナから陽炎石を取り出し、プラントのシステムコンソールに接続したハカセに指示を出した。
「ハカセ、この陽炎石のエネルギー波長を解析し、第4プラントの『疑似太陽光システム』に組み込めませんか?」
「フン、誰に物を言っている。この天才ハカセにかかれば、造作もないことだ」
ハカセは小さな前足でキーボードを(信じられないほどの高速で)叩き、陽炎石のエネルギーをプラントの照明システムへとバイパスするプロトコルを構築した。
『――エネルギー変換率、適正。疑似太陽光、フェーズ4(自然光モード)へ移行します』
メインコンピューターのアナウンスと共に、ドームの天井を覆う照明の光が、人工的な白っぽい光から、温かみのある深い黄金色へと変化した。
それはまさに、豊穣の星に降り注ぐ本物の太陽の光のようだった。
『ザワザワッ……!』
マザー・ヴァインをはじめ、プラント内の植物たちが一斉に葉を広げ、その温かい光をいっぱいに浴びる。
彼らが喜んでいるのが、言葉を通さずともはっきりと分かった。
『(ああ……なんて素晴らしい光。これなら、もっと甘くて、もっと栄養たっぷりの実をつけることができるわ。ありがとう、アル)』
「お礼なら、ピルル星の人たちに言ってください。これは彼らからの『恩返し』です」
私は赤く染まったプラントを見渡しながら、静かに駆動音を響かせた。
アーク・パルナスは行き先不明の迷子船だ。
しかし、星に立ち寄り、トマトを配り、その星の知識や恵みを船に還元していく。
そうすることで、この巨大な無人の箱庭は、少しずつ豊かに、そして賑やかに進化していくのだ。
「さて、メインコンピューター。航法システムを再起動。次の星系へのルートをランダムに設定してください」
『――了解しました。アーク・パルナス、微速前進。未知の宙域へ向け、航行を再開します』
窓の外で、無数の星々が流れていく。
次はどんな星で、誰のお腹を満たすことになるのだろうか。
農業ロボットの果てしない宇宙スローライフは、まだ始まったばかりだ。




