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第18話:美食貴族の鼻と、深緑と黄金の奇跡『カマンベール・ローカル』


砂の惑星デザリアを救い、再び広大な星海へと旅立った無人農業宇宙船『アーク・パルナス』。

船内の第1バイオラボでは、今日も豊かな土の匂いが漂っていた。

「アルさん、第4区画の土壌栄養素データ、すべて最適値に達しました。いつでも新種の収穫が可能です」

「ありがとう、ハカセさん。サントさん、コメットさん、収穫の手伝いをお願いできますか?」

「ふんっ、仕方ないニャ。オレ様の鋭い爪で完璧に刈り取ってやるニャ!」

「任せな! 超音速でコンテナに運んでやるぜ!」

ツンデレ番猫のサントと運び屋のコメットが勢いよく畑へ飛び出していく。

今日収穫するのは、デザリアでの戦闘データと環境適応データを元に、私が新たに品種改良を施した新世代の作物だ。

その時だった。

突如、アーク・パルナスのメインモニターが真っ赤な警告色に染まり、けたたましいアラートが鳴り響いた。

『警告。所属不明の大型艦が強制ドッキングを試みています。シールドを突破されました』

メインAIのマザー・ヴァインが無機質な声で告げる。

「なんだと!? ワシが強化したばかりの装甲とシールドを強行突破するとは、タダ者じゃないぞい!」

亀のエンジニア、ゲン爺がスパナを握りしめて身構える。

搬入ゲートがこじ開けられ、ずかずかと船内に乗り込んできたのは、純白のフリル付き軍服に身を包んだ、いかにも傲慢そうな細身の男だった。背後には、星間金融と美食を牛耳る巨大組織『クラウン』の紋章を掲げた護衛たちが控えている。

「やれやれ。野蛮な辺境の宙域まで足を運んでみれば……伝説の作物を育てたというのが、こんなサビだらけの旧式農作業ボットとはな」

男は鼻をハンカチで押さえながら、私を小馬鹿にしたように見下ろした。

「私は銀河美食結社クラウンの特級審査官、ガストロ子爵だ。砂漠の星でSSランクのメロンを育てたというのは貴様だな? 光栄に思え。来月開催される銀河皇帝の晩餐会で、貴様の作物を私が『発見した』ことにして提供してやる。さあ、倉庫にある作物をすべて私の艦に運べ!」

ガストロ子爵は、有無を言わさぬ態度で部下たちに指示を出す。

だが、私は静かに首を横に振った。

「お断りします。私たちは、作物を自らの名誉や権力のために奪い合うような方にお譲りするつもりはありません。農業は、真にそれを必要とし、味わい、命の糧とするためのものですから」

「なんだと……!? たかがポンコツボットが、このガストロ子爵に逆らうと言うのか!」

顔を真っ赤にして激昂する子爵。彼は私の背後にあるバイオラボの畑を睨みつけた。

「いいだろう。貴様らが偶然SSランクの果実を作れただけのマグレだということを、この私が証明してやる! ちょうど私の艦には、数億クレジットをかけて合成した至高の人工食材『プラチナ・トリュフ』がある。食材勝負だ! 私の食材より美味いものを貴様が出せなければ、この船ごとスクラップにしてくれる!」

「……わかりました。その勝負、お受けしましょう」

私は迷わず頷いた。

数十分後。

アーク・パルナスのメインデッキに、特設の審査会場が用意された。

審査員として子爵が連れてきたのは、銀河最高の舌を持つとされるクラウン結社の最高幹部、ゴードン卿だ。

「さあ、まずは私の『プラチナ・トリュフ』を味わっていただこう!」

子爵が恭しく差し出したのは、分子レベルで旨味成分を合成し、完璧な数式によって生み出された銀色のキノコだった。

ゴードン卿が一口かじる。

「……むう。計算し尽くされたイノシン酸とグルタミン酸の完璧な相乗効果。味覚神経を直接刺激する、まさに科学の結晶。見事だ、ガストロ子爵」

「ははは! 当然です! さあ、次はポンコツ農家のガラクタの番だ!」

子爵が下品な笑い声を上げる中、私は仲間たちと共に前に出た。

「ゲン爺さん、コメットさん。調理を」

「おうさ! ワシの特製超音波クッカーの出番じゃな!」

「秒速で皮を剥いてやるぜ!」

ゲン爺が瞬きする間に展開した調理器具に、コメットが目にも止まらぬ速さで作物を放り込む。

そして、最後にサントが跳躍した。

「シャーッ! オレ様の神業・真空爪研ぎカットだニャ!」

スパパパパパッ!!

鋭い爪の閃きと共に、皿の上に美しく盛り付けられたのは——深緑の果皮と、眩いばかりの黄金色の果肉を持つ、6つのピースに自然分割された奇跡の果実だった。

「な、なんだその毒々しい色は! そんな得体の知れない草の実が、私の計算し尽くされた食材に勝てるわけが——」

「これは、私が先ほど収穫した新種……『カマンベール・ローカル』です」

私は静かに宣言した。

ゴードン卿が、怪訝な顔をしながらも黄金色の一切れを口に運ぶ。

その瞬間——。

「————っ!!?」

ゴードン卿の目が見開かれ、全身がワナワナと震え始めた。

「こ、これは……なんという重厚なコクと、クリーミーな舌触り! 深緑の皮はパリッとした小気味良い食感を与え、黄金の果肉からは、まるで極上の熟成チーズのような濃厚な旨味があふれ出してくる!」

ボロボロと大粒の涙を流しながら、ゴードン卿は皿の上の6つのピースを瞬く間に平らげてしまった。

「人工的に合成された味などではない。圧倒的な大地の生命力と、自然が織りなす究極の調和……! 星の恵みそのものだ! ガストロ子爵、お前の出した合成トリュフなど、この『カマンベール・ローカル』の足元にも及ばん!!」

「な、バ、バカなァァァッ! 私の数億クレジットの食材が、あんな旧式ボットの育てた野菜に負けるだとぉぉっ!?」

ガストロ子爵は信じられないものを見るような目で悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。

ハカセがホログラムで成分データを表示しながら冷たく言い放つ。

「成分解析完了。『カマンベール・ローカル』の総合栄養価及び旨味指数は、子爵のトリュフの約8万倍。相手になりませんね」

「ふふん! オレたちアーク・パルナスのチームワークの結晶だニャ! ざまぁみろだニャ!」

サントがドヤ顔でトゲトゲの尻尾を揺らす。

「貴様ら……覚えていろよぉぉっ!!」

プライドを完全に粉砕されたガストロ子爵は、護衛たちに抱えられながら、逃げるように自分の艦へと逃げ帰っていった。

「素晴らしい才能だ、アル君! ぜひ我がクラウン結社の専属農家になってはくれないか!?」

興奮冷めやらぬゴードン卿が身を乗り出してくるが、私はいつものように静かに一礼した。

「光栄なご提案ですが、お断りいたします。私たちは、この星海にまだ見ぬ大地と笑顔を探す、ただのトマト農家ですから」

深緑と黄金の輝きを残し、アーク・パルナスは再び広大な宇宙へとスラスターを吹かした。

次の星では、どんな土壌が私たちを待っているのだろうか。私の電子頭脳は、まだ見ぬ農業の可能性に静かに熱を帯びていた。

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