第19話:機巧の星『ネクサス』と、深緑と黄金の絶対防壁(シールド)
無人農業宇宙船『アーク・パルナス』は、美食貴族の鼻を明かした宙域を抜け、新たな星系へと到達していた。
「アルさん、前方に惑星を確認しました。しかし……これは異様ですね」
メインモニターに映し出された星を見て、天才犬のハカセがホログラムの分析データを展開する。
「惑星『ネクサス』。地表の100%が金属と電子回路で覆われた、完全なる機械化惑星です。大気中にはナノマシンが充満し、土や水といった有機的な自然環境は一切存在しません」
「自然が全くない星だニャ!? そんなところでオレたちの農業ができるわけないニャ!」
ツンデレ番猫のサントが尻尾の毛を逆立てて威嚇する。
ハカセの解説によれば、この星は巨大なAIネットワークによって統治されており、全土が仮想通貨のマイニングや高度な金融工学の計算リソースとしてのみ機能しているらしい。生命の息吹など、最初から計算に組み込まれていない、冷たい効率主義の世界だ。
「ですが、かつてこの星にも、わずかに自然を残そうとした試験区画があったようです。旧環境保護区画、コードネーム『TURF』。現在は廃棄され、重機とスクラップの山になっていますが……そこなら、私たちの種が芽吹くかもしれません」
「行きましょう。どんなに冷たい金属の星でも、かつてそこにあった『TURF』の記憶を呼び覚ますことはできるはずです」
私は迷わず進路を指示し、小型上陸艇でネクサスの廃棄区画『TURF』へと降り立った。
そこは、太陽光すら厚いスモッグに遮られた、薄暗く広大なスクラップの谷だった。
「ひでぇ有様だぜ。金属の匂いしかしねえ」
運び屋のコメットが顔をしかめる中、私は一歩前に出て、足元の硬い金属プレートに触れた。わずかながら、その奥深くに眠る『大地だったもの』の微弱なエネルギーを感じる。
「アル、気をつけるんじゃ! 妙な連中が近づいてきおるぞ!」
エンジニアのゲン爺が巨大なスパナを構えた瞬間、周囲のスクラップの山から、無数の機械兵士たちが姿を現した。
『警告。廃棄区画TURFへの未認可アクセスを検知。これより、治安維持部隊【FORGE】による排除を実行する』
機械兵士たちを統率する巨大な指揮官機が、無機質な電子音で宣告する。
『我々は攻撃特化型データ殲滅部隊【Edge】。有機物およびイレギュラーな存在は、我々の金融アルゴリズムにおいて不確定要素である。直ちに消去する』
「農業をバグ扱いとは、悲しい計算式ですね」
私が静かに告げると同時に、【Edge】部隊が一斉にレーザーブレードを起動し、襲いかかってきた。
「ニャははっ! ナマクラな刃物でオレ様の毛が斬れるかニャ!」
サントが超高速で跳躍し、敵のセンサーを撹乱する。
コメットが反重力スラスターで敵の陣形を乱し、ゲン爺がスパナで次々と機械兵士の関節を叩き割っていく。
しかし、敵は無尽蔵だった。
『エラー。物理的排除に遅延が発生。防御特化型資産防衛部隊【Shield】を展開。対象を完全包囲し、制圧する』
ズズズズンッ!!
という地響きと共に、分厚い装甲を持った巨大な機械兵士たちが現れ、私たちの周囲を幾重にも取り囲んだ。その装甲には、あらゆる物理攻撃とエネルギー攻撃を反射する絶対防壁が張られている。
「チッ、硬てえ! オレの突進が弾かれたぜ!」
コメットが舌打ちをする。
『無駄だ。我々【Shield】の防壁は、過去15年分のあらゆる戦闘データをバックテストし、最適化された無敵の防御システムである。貴様らの攻撃が通る確率は0.00001%未満だ』
指揮官機が冷酷に告げた。
「……過去15年分のデータ、ですか」
私はコンテナから、先日の勝負で生み出した奇跡の果実『カマンベール・ローカル』の特殊な種子を取り出した。深緑と黄金色に輝く、6等分されたピース状の不思議な種だ。
「奇遇ですね。私もまた、長い年月をかけてデータを最適化し、検証を重ねてきたシステムを持っています。名付けて、平和的農業拡張フォーメーション【C6P】です」
私はその『カマンベール・ローカル』の種を、6つのピースに分けて陣形を組むように地面の金属プレートに突き立てた。
そして、アーク・パルナス特製の超濃縮バイオ培養液を注ぎ込む。
「ハカセさん、C6Pフォーメーション、起動」
「了解。深緑と黄金の波長、エネルギー出力を最大に設定します!」
——ドォォォォォォォォンッ!!
その瞬間、廃棄区画TURFの金属の大地が爆発したかのように弾け飛んだ。
6つのピースから芽吹いたのは、深緑の極太のツルと、眩い黄金色の花々だった。それらは金属の装甲をいとも容易く貫き、電子回路を栄養分として吸収しながら、爆発的な速度で成長していく。
『な、何事だ!? 有機物の成長速度が、当星の演算処理能力を超越している!』
指揮官機がパニックを起こす中、深緑と黄金の植物は私たちの周囲をドーム状に覆い尽くし、絶対的な【命の防壁】を形成した。
ガガガガガッ!!
【Edge】部隊のレーザーブレードが植物の防壁に突き立てられるが、深緑のツルは傷つくどころか、レーザーのエネルギーすら光合成の糧として吸収してしまう。
『バカな……! 我々の【Shield】を凌駕する防御力だと!? 過去15年のバックテストデータに、こんな有機物の記録は存在しない!!』
「命は、過去のデータだけで測れるものではありません。日々成長し、予測を超えていくからこそ、美しいのです」
私がそう宣言すると同時に、6つのピースから育った『カマンベール・ローカル』の巨大な果実が実を結び、その圧倒的な生命エネルギー(マイナスイオン)を周囲に放出した。
その優しくも強大な波動は、【Edge】と【Shield】の機械兵士たちの回路をショートさせ、強制的にスリープモードへと移行させていく。
「ニャはははっ! オレたちの野菜の前に、ガラクタどもがひれ伏したニャ!」
サントが勝ち誇ったように胸を張る。
戦闘は完全に終結した。
かつてスクラップの山だった『TURF』区画は、今や見渡す限りの深緑と黄金色に輝く、美しい農園へと変貌を遂げていた。
惑星ネクサスのメインAIは、この『カマンベール・ローカル』が放つ未知のエネルギーと環境改善能力を「最高の価値を持つ新資産」として再評価し、直ちに敵対行動を停止したのだった。
「見ろよアル。冷たかった金属の星に、温かい風が吹いてるぜ」
コメットが、黄金色の花びらが舞う空を見上げて笑う。
「ええ。どんな場所でも、手をかければ必ず実りは訪れます。この星が、緑豊かなデータと農業の融合拠点になる日も近いかもしれませんね」
私たちは、新たに芽吹いた命の輝きを見届けながら、静かに上陸艇へと乗り込んだ。
深緑と黄金の軌跡を残し、アーク・パルナスの旅はまだまだ続いていく。




