第17話:砂の惑星の暴君と、世界を潤す『箱庭のトマト』
赤茶けた砂埃が舞う荒野。見渡す限り水気のない絶望の星、セクター44『砂の惑星デザリア』。
無人宇宙船『アーク・パルナス』から小型上陸艇で降り立った私たち——農業ロボットのアル、天才犬のハカセ、亀の老エンジニアであるゲン爺、運び屋のコメット、そしてツンデレ番猫のサント——は、過酷な環境に晒された小さな集落に足を踏み入れた。
「……ひどい有様ですね」
私のカメラアイが捉えたのは、やせ細り、虚ろな目をして地面にへたり込む住民たちの姿だった。
集落の中央には干上がりかけた井戸があるが、その周囲は厳重な鉄柵で囲われ、武装したサイボーグ兵士たちが睨みを効かせている。
ハカセが首輪のホログラムを展開し、周囲のデータを瞬時に弾き出した。
「大気中の水分量はわずか1.5%。土壌の塩類集積レベルは限界を突破しており、通常の植物は発芽はおろか、種を撒いた瞬間に細胞破壊を起こして死滅します。さらに……あの井戸から供給される水には、致死量ギリギリの重金属が含まれていますね」
「そんな泥水を飲ませて、どうやって生き延びろって言うんだニャ!」
サントが怒りで全身のトゲを逆立てた。
その時、けたたましいホバーエンジンの音を響かせ、けばけばしい金色の装甲車が集落に乗り込んできた。
中から現れたのは、ブクブクと太った醜悪な男——この一帯の水を独占する領主、ドン・ザード男爵だった。
「ひゃっはっは! 愚民ども、今日の『水代』の支払いの時間だぞ! 払えない奴は、私の鉱山で死ぬまで強制労働だ!」
「お、お慈悲を、男爵様! もう差し出せる金も作物もありません……!」
すがりつく老婆を、ザード男爵は無情にも蹴り飛ばした。
「うるさい! 水が欲しければ這いつくばって泥でも舐めろ! この星で水を支配する私こそが絶対なのだ!」
絶望に泣き崩れる村人たち。
その凄惨な光景に、私は静かに一歩前に出た。内蔵されたAI回路が、農業用ロボットとしての使命感を強く弾き出している。
「そこまでです。農業とは、命を育み、人々を笑顔にするためのもの。あなたのように、生きるための糧を盾にして他者を搾取する行為は、到底看過できません」
突如現れた旧式ロボットの説教に、ザード男爵は目を丸くした後、腹を抱えて爆笑した。
「なんだこのポンコツは!? 命を育むだと? この死の星でか! 傑作だな、おい! この砂漠で草一本でも生やせるなら生やしてみろ! もしできたら、私の全財産をくれてやるわ!」
「……その言葉、システムログに記録しました。後悔しないでくださいね」
私はコンテナから、第3バイオラボで収穫した突然変異のSSランク種子『サン・ジュエル・メロン』と、極限環境適応型『オアシス・トマト』の苗を取り出した。
「ハカセさん、土壌の最適化フォーメーションを」
「了解です、アルさん。半径500メートル圏内の土壌グリッドを分割。座標A-1からD-12に塩分中和用の特製バクテリアを散布。同時に、地下400メートルにある水脈へのアプローチルートを算出しました」
ハカセが空間に投影したホログラムの指示に従い、今度はゲン爺が鼻息を荒くして前に出る。
「ふんっ、こんなガラクタだらけの村、ワシのスパナ一つあれば十分じゃわい!」
ゲン爺が巨大なスパナを振るい、放置されていた廃材や壊れたパイプを凄まじいスピードで組み上げていく。わずか10秒。あっという間に、地下深くの水脈から清浄な水を汲み上げ、同時に大気中のわずかな水分を圧縮して液体化する『超高効率・大気集水プラント』が完成してしまった。
「な、なんだあの亀は!? あり得ん速度でプラントを組み上げただと!?」
驚愕するザード男爵を無視し、私は耕された大地に種と苗を植え付け、アーク・パルナス特製の『超濃縮バイオ培養液』を散布した。
——ゴゴゴゴゴゴッ!!
大地が揺れた。
種を撒いてから数秒。あり得ない速度で緑の芽が砂を突き破り、すさまじい勢いでツルを伸ばしていく。
オアシス・トマトの根は、ゲン爺のプラントから供給される水分を爆発的に吸収し、周囲の土壌に浄化された水分を還元していく。乾ききった砂漠が、またたく間に潤いを帯びたふかふかの黒土へと変貌していく。
「バ、バカな……!? 砂漠が、森に……!?」
数分後。
そこには、見渡す限りの緑のジャングルが広がっていた。
大木のように育ったトマトの樹には、赤々と輝く瑞々しい果実が無数に実り、その足元には黄金の光を放つ『サン・ジュエル・メロン』がゴロゴロと転がっている。
「さあ、皆さん。お腹いっぱい食べてください。もう水にも食糧にも困ることはありませんよ」
私が村人たちにトマトを手渡すと、恐る恐る一口かじった彼らの顔に、劇的な変化が訪れた。
「な、なんだこれは!? 甘い……それに、体の奥底から力が湧いてくる!」
「ああ……喉の渇きが完全に消えた! 痛めていた腰の痛みまで治ってしまったぞ!」
当然だ。オアシス・トマトは完璧な栄養バランスと保水性を持ち、サン・ジュエル・メロンに至ってはSSランクの『疲労完全回復』効果を持つ魔法の果実なのだから。
やせ細っていた村人たちの頬に赤みが差し、活力が満ち溢れていく。
「ふざけるなァァァッ!! 私の水利権が! 私の支配がァァ!!」
権力の源である「水の独占」を完全に無効化され、ザード男爵は顔を真っ赤にして絶叫した。
「おいお前ら! あのポンコツどもをスクラップにしろ! 村の畑も全部焼き払え!!」
命令を受け、十数体の武装サイボーグ兵士が一斉に襲いかかってくる。
だが、私たちの仲間は、ただの農業従事者ではない。
「ニャはははっ! オレたちの畑を荒らそうなんて100年早いニャ!」
サントが空中へ跳躍し、全身から鋭いトゲをマシンガンのように乱れ撃つ。
『砂漠適応・針千本』!
鋼鉄の装甲をも貫く鋭いトゲがサイボーグたちの関節に突き刺さり、次々と機能を停止させていく。
「遅い遅い! そんな鈍足じゃ、運び屋の背中すら拝めないぜ!」
さらにコメットが超音速の機動で敵の死角に回り込み、反重力スラスターの衝撃波で残りの兵士たちを一網打尽に吹き飛ばした。
わずか数十秒。
圧倒的な武力を前に、ザード男爵の軍勢は完全に沈黙した。
「ひ、ひぃぃぃっ……!! ば、化け物どもめ……っ!」
腰を抜かし、泥水の中に這いつくばる男爵。私は彼を見下ろし、穏やかな電子音声で告げた。
「化け物ではありません。私たちは、ただの農家です。さて、先ほど『全財産をくれる』と仰っていましたね? ログに証拠は残っています。その財産は、この星の土壌改良と村人たちの復興資金として、全額有意義に使わせていただきます」
「そ、そんなァァァァァァッ!!!」
砂漠の星に、暴君の情けない悲鳴が響き渡った。
その後、男爵の莫大な隠し財産と強制労働施設の資材は全て没収され、ゲン爺とハカセの手によって星全体の環境改善システムへと作り変えられた。
アルたちの残した『箱庭のトマト』は、やがて星全体を覆う巨大な命の森となり、砂の惑星デザリアは、宇宙一の農業惑星として生まれ変わることになる。
「アル。村の連中、泣いて喜んでたぜ」
宇宙船に戻ったコメットが、誇らしげに笑う。
「ええ。農業は、笑顔を作る仕事ですから」
私は真っ赤なトマトを一つ手に取り、静かに微笑んだ。
アーク・パルナスの旅は続く。次なる星の、次なる笑顔に出会うために。




