第14話:重力異常の星と、宙に浮く空中スイカ
『――警告。現在地、宙域指定グラビトン・セクター。対象惑星の軌道上に到達しましたが、著しい重力場の乱れを観測しています。本船は安全圏である高軌道上で待機します』
超大型無人船アーク・パルナスのメインコンピューターから、冷たい合成音声が響き渡った。
第4プラントの巨大なトマトの樹、マザー・ヴァインの枝葉が、微かな不安を帯びた念波を発してサワサワと揺れる。
「重力場の乱れ、ですか。確かに、モニターに映る地表の様子は少し奇妙ですね」
私、農業ロボットのアルは、キャタピラを鳴らしてメインコンソールに近づき、惑星の地表映像を拡大した。
そこに映し出されていたのは、物理法則を無視したかのような光景だった。巨大な岩塊が空中にプカプカと浮かんでいるかと思えば、地表の一部はすり鉢状に深くえぐれ、まるで見えない巨人に踏みつけられたようになっている。
「うげぇ……見ているだけで三半規管がおかしくなりそうだぞ」
私の肩の上で、白衣を着たネズミのハカセが小さな前足で目を覆った。
「アル! ハカセ! この星だよ、アタシが言ってたSOSの発信源は!」
元気な声と共に、ブリッジに飛び込んできたのは、犬の獣人のような姿をした宇宙の運び屋、コメットだった。フサフサの尻尾を揺らしながら、彼女は持っていたデータパッドをコンソールに叩きつけるように置いた。
「この星、グラビトン星系の第3惑星なんだけど、最近になって突然『重力異常』がひどくなったらしいんだ。現地の住人は空を飛べる種族だから移動には困ってないんだけど……」
「農業が壊滅状態、というわけですね」
私がコメットの言葉を引き継ぐと、彼女はパチンと指を鳴らした。
「その通り! 地面に種を植えても、重力がフワッと消えて土ごと空に飛んでいっちゃったり、逆に超重力が発生して芽がペチャンコに潰されたりして、全く作物が育たないんだって。もう備蓄の食料も底をつきかけてるらしいよ」
「ふむ……」私は電子頭脳の中で瞬時に状況を整理した。「地殻内部の重力波の乱れが原因でしょう。星の環境そのものを元に戻すのは、アーク・パルナスの技術をもってしても不可能です。しかし、『お腹を空かせている人がいる』という問題なら、農家として解決の糸口はあります」
「フン、またお節介を焼く気か。まあいい、この天才ハカセにかかれば、重力異常のパターンの解析など造作もないことだ。行くぞアル!」
ハカセが私の頭によじ登り、得意げにヒゲを揺らす。
「アタシの船で案内するよ! さあ、行こう!」
コメットが弾むような足取りでドックへと駆け出していった。
コメットの小型艇『シューティング・スター号』に乗り込み、私たちはグラビトン第3惑星の大気圏へと突入した。
船内は激しく揺れ、コメットが巧みな操縦桿さばきで不可視の重力の渦を避けていく。
「きゃんっ! 右舷に重力ポケット! 引っ張られるよ!」
「ハカセ、船の姿勢制御システムに重力パターンの予測データをバイパスしてください!」
「言われなくてもやってる! うおぉぉ、体が重い……と思ったら今度は浮いた! 毛皮が逆立つゥゥ!」
ハカセが空中でクルクルと回転しながら悲鳴を上げる中、なんとか小型艇は地表近くの比較的安定したエリアに着陸することに成功した。
ハッチを開けて外に出ると、そこは荒涼とした大地だった。
本来なら緑豊かな平原だったのだろうが、今はあちこちの土が空に向かって逆立っていたり、極端に圧縮されて岩のように硬くなっていたりする。
「ピルル……宇宙からの客人よ、よくぞ来てくれた」
私たちを出迎えたのは、背中に立派な鳥の羽を持つ宇宙人たちだった。有翼人種族のようだ。彼らはふわりと空中に浮き上がりながら、私たちの前に降り立った。
村長らしき年配の有翼人が、悲痛な顔で大地を指差す。
「見ての通り、この星の大地は『暴れ馬』になってしまった。我々は空を飛べるが、作物は土に根を張らねば生きられない。何度種を蒔いても、重力の気まぐれで全てダメになってしまうのだ」
「なるほど、状況は理解しました」
私はアームを伸ばし、異常な重力で固められた土をひとつまみ掬い上げた。センサーで成分を分析する。
「土壌の栄養素自体は非常に豊富ですね。問題は、根を張るための『安定した物理環境』がないことだけです。ハカセ、この星の重力異常のパターンはどうなっていますか?」
ハカセは私の頭の上から、小さな端末を操作して答えた。
「地殻の深部にある重力鉱石が共鳴を起こしているのが原因だ。完全にランダムに見えるが、実は波長がある。地表から高度五十メートルの空間に、重力波が互いに相殺し合う『空白地帯』が存在しているぞ」
「高度五十メートル……つまり、空の上ですね」
私は村長に向き直った。
「村長さん。地面に植えられないのなら、地面を使わなければいいのです。私たちはこれから、あの『空』に畑を作ります」
「空に畑だと!? そんな馬鹿なことが……」
村長と有翼人たちが顔を見合わせてざわめく。
「アル、いくらなんでも無茶だ! この星の大気中に土を浮かべておくなんて、どうやって固定するんだ!」
ハカセの抗議に、私は通信機をオンにして答えた。
「私たちには、このアーク・パルナスが誇る最高のエンジニアがいるではありませんか。……ゲン爺さん、聞こえますか?」
『……おお……アル……。なんじゃ……』
通信の向こうから、第2バイオラボの主である巨大な亀のエンジニア、ゲン爺ののんびりとした声が響いた。
「ハカセが今送った高度五十メートルの重力安定帯のデータを元に、空中に浮遊して姿勢を維持する『自律型反重力プランター』を至急設計・出力していただけますか? 数は……そうですね、百個ほど」
『……百個……じゃな。……よし……きた……』
次の瞬間。
通信機越しに『カシャッ! ウィィィィン! ガガガガガッ!!』という、ゲン爺の甲羅から飛び出した六本の機械化アームが、目にも止まらぬ超高速でキーボードを叩き、工場設備をフル稼働させる凄まじい音が鳴り響いた。
相変わらずの恐ろしい処理速度だ。わずか数分後には、アーク・パルナスのマスドライバーから、無数のカプセルが地表に向けて射出された。
「さあ、ここからは私の仕事です」
空から降り注いだカプセルは、高度五十メートルの空中で次々と展開し、直径十メートルほどの巨大なすり鉢状のプランターへと姿を変えた。
ゲン爺の設計した反重力ユニットにより、それらは見事に空中の同じ位置にピタリと静止している。
「ハカセ、マザー・ヴァインから預かったあの種子を」
「ああ。重力変動のストレスを逆に成長エネルギーへと変換するように、マザーが調整した特製の種だ。全く、あのトマトの樹の環境適応能力には恐れ入るぜ」
私がハカセから受け取ったのは、ソフトボールほどもある大きな緑色の種だった。
私はアームを使って、空中に浮かぶ百個のプランターの中に、一つずつ丁寧に種を植え付けていった。仕上げに、アーク・パルナスから特製の培養液を散布する。
『(ふふっ。その子たちはね、揺りかごのようにフワフワと揺れるのが大好きなの。きっと、すぐに元気な顔を見せてくれるわ)』
電子頭脳に、マザー・ヴァインの優しい念波が届く。
その言葉通りだった。
プランターに植えられた種は、大気中のわずかな重力波の乱れをエネルギーとして吸収し、異常なスピードで発芽した。
太く瑞々しい緑の蔓が、空中に浮かぶプランターから滝のように垂れ下がり、隣のプランターの蔓と絡み合いながら、あっという間に空に巨大な「緑の網」を作り上げたのだ。
「す、すごい……! 空に緑の絨毯ができあがっていく……!」
有翼人たちが、空を見上げて歓声を上げる。
そして、黄色い大きな花が咲き乱れたかと思うと、そこに次々と巨大な実が結ばれていった。
緑と黒の縞模様を持つ、直径一メートルはあろうかという巨大な球体。
「あれは……」
「はい。地球の夏の風物詩、スイカです。これは空中栽培に特化した『エアロ・スイカ』。重力が弱い空中で育つため、自重で潰れることなく、限界まで水分と糖度を蓄えることができるのです」
「おいおい、あんな巨大な玉が空中にゴロゴロ浮いてるなんて、冗談みたいな光景だな!」
ハカセが空を見上げて笑う。
「さあ、収穫の時期です。ですが、私には羽がありません。……コメットさん、出番ですよ」
私が声をかけると、コメットは待ってましたとばかりにフサフサの尻尾を立てた。
「任せといて! アタシとシューティング・スター号の機動力を見せてあげるよ!」
コメットは小型艇に乗り込むと、まるで花畑を舞うミツバチのような軽快な動きで、空中に浮かぶ巨大スイカの間を縫うように飛び回った。
ハッチからトラクタービーム(牽引光線)を伸ばし、傷をつけないようにスイカを次々と船のカーゴへと回収していく。
有翼人の村人たちも空へ飛び立ち、歓声を上げながら小さなスイカを抱えて地表へと運んできた。
「さて、味見と行きましょうか」
地表に降ろされた巨大なエアロ・スイカの前に、村の住人たちが固唾を飲んで集まっている。
私はアームの先端を振動ブレードモードに切り替え、見事な太刀筋(?)でスイカを真っ二つに割った。
『パカァッ!』
その瞬間、弾けるような瑞々しい音と共に、鮮やかな真紅の果肉が姿を現した。
たっぷりと蓄えられた果汁が、切り口からキラキラと滴り落ちる。周囲の空気が一瞬にして、甘く爽やかな香りで満たされた。
「さあ、召し上がれ。重力異常の星が育てた、奇跡の果実です」
村長が震える手でスイカの切り身を受け取り、大きく一口かぶりついた。
「――っ!!!」
村長の背中の羽が、歓喜のあまりバサァッ!と大きく広がる。
「あ、甘い……! なんだこの果汁の量は! 噛んだ瞬間に、口の中に甘い泉が湧き出したようだ! それでいて、シャクシャクとした歯ごたえがたまらない!」
「美味しい! 甘いお水がいっぱい!」
「こんな美味しいもの、初めて食べたぞ!」
有翼人たちは次々とスイカにかぶりつき、顔中を果汁でベタベタにしながら、笑顔で飛び回った。
重力異常に苦しめられていた乾いた大地に、歓喜の笑い声が響き渡る。
「フン、大成功だな。空中のプランターは自律的に高度を維持するから、これからは彼ら自身で種を蒔いて収穫できるだろう」
ハカセが小さなスイカの欠片を両手で抱え込み、前歯でシャリシャリとかじりながら言った。
「アル! このスイカ、最高だよ!」
スイカを抱えたコメットが、尻尾を千切れんばかりに振りながら駆け寄ってきた。
「アーク・パルナスのカーゴにもたくさん積ませてもらったよ! この星の住人たちの分は十分に残してあるから、残りはアタシが他の星に運んで売り捌いてくる! こんな美味しい『水筒』、砂漠の星なんかじゃ大金になるよ!」
「ええ、頼みましたよ、コメットさん。私たちの農業の成果を、星の海中に届けてください」
私は、空中に浮かぶ緑の絨毯と、そこで楽しそうに飛び回る有翼人たちを見上げながら、静かにキャタピラを鳴らした。
大地がダメなら、空を耕せばいい。
アーク・パルナスの技術と仲間たちの絆があれば、宇宙に不可能な農業など存在しない。
私たちの宇宙スローライフは、運び屋という新しい翼を得て、さらに広大な星の海へと広がっていくのだった。




