第12話:星海に蒔く種
「アーク・パルナスの全動力を、防衛システムにバイパスします。私たちの『畑』は、私たちが守る!」
私の宣言に呼応するように、コンソールから青白い光が放たれ、船全体のシステムが緊急防衛モードへと移行した。
しかし、モニターに映る紫色の巨大な雷雲――カテゴリー9の【宇宙磁気嵐】は、すでに私たちの鼻先まで迫っていた。
『(アル、船の装甲だけじゃあの嵐は防げないわ! 外からのショックでプラントの環境維持が止まれば、子どもたち(トマト)が全滅してしまう!)』
マザー・ヴァインの悲痛な念波が響く。
「わかっています。だからこそ、これまで出会った星々の『知識』を総動員するのです」
私はアームを限界まで伸ばし、メインコンソールに複数のコマンドを同時に打ち込んだ。
「ハカセ! 以前ピルル星人から貰った『陽炎石』のエネルギー・リザーバーを開放! 第4プラントの疑似太陽光システムを逆転させ、熱エネルギーによる電磁シールドを船体外部に展開してください!」
「任せろ! フン、この天才ハカセが熱変換率を限界まで引き上げてやる!」
私の頭の上で、ハカセが小さな端末を猛烈な勢いで叩く。
「ゲン爺さん! 改心させた宇宙海賊たちの船から接収した『耐電磁コーティング装甲』のデータを使って、アーク・パルナスの外壁に瞬間硬化ジェルを散布!」
「……おお……。よし……きた……」
ゲン爺の甲羅から六本のアームが飛び出し、『カシャッ! ウィィィィン!』という恐ろしい速度でキーボードを叩く。わずか数秒でドローンの制御システムが書き換えられ、船外へと無数のドローンが飛び立っていった。
「さらに、マリーナ星人ルカから貰った『深海の星結晶』! あれをメインフレームの補助回路として接続し、システムダウン時のバックアップ・サーバーとして稼働させます!」
私たちの旅は、ただの一方的な「人助け」ではなかった。
砂漠の星の恩返し。海賊との奇妙な取引。海の星からの贈り物。
それらすべてが今、アーク・パルナスを守るための強固な盾となって組み上がっていく。
『――システム、全直列接続完了。対電磁シールド・展開開始』
船を包み込むように、陽炎石のオレンジ色の光がドーム状のシールドを形成した。同時に、ゲン爺のドローンが撒き散らしたジェルが硬化し、船体を黒く輝く装甲で覆っていく。
「来ます……っ!」
次の瞬間。
視界が完全に紫色に染まり、想像を絶する衝撃がアーク・パルナスを襲った。
『ガガガガガガガッ!!! バチバチバチッ!!!』
「うわぁぁぁぁっ!」
ハカセが私の体に必死にしがみつく。ゲン爺も甲羅の中に手足を引っ込めて衝撃に耐えている。
船内は激しく揺れ、照明が明滅を繰り返した。強烈な電磁波がシールドを削り取り、装甲を焦がしていく。
『警告。シールド出力、低下。70%……50%……!』
メインコンピューターのアナウンスが響く中、私はキャタピラで踏ん張りながら、コンソールの電源を維持し続けた。
「……負けませんよ。私たちは、地球の人間たちが宇宙に蒔いた『命の種』を運ぶ農家です。こんなところで枯れるわけにはいかない!」
私は電子頭脳の処理能力を限界まで引き上げ、シールドの薄くなった部分へ瞬時にエネルギーを回し続けた。
そして――。
永遠とも思えるような数分間が過ぎ。
ふっと、紫色の閃光が消え去った。
『――宇宙磁気嵐の通過を確認。本船のシステム、被害軽微。……プラントの環境維持装置、正常に稼働中』
静寂が戻ったブリッジに、メインコンピューターの無機質な音声が響いた。
「……お、終わったのか……?」
ハカセがおそるおそる目を開ける。
モニターには、嵐を通り抜け、再び穏やかな星の海へと出たアーク・パルナスの姿が映し出されていた。
「ふぉっふぉっ……。なんとか……持ちこたえた……ようじゃな」
ゲン爺が甲羅から顔を出し、ゆっくりと笑った。
『(ああ……よかった。みんな無事ね)』
マザー・ヴァインの安堵の念波が船内に広がり、第4プラントの植物たちが一斉に歓喜の葉擦れを響かせた。
「ええ。皆さんの協力のおかげです」
私はアームでコンソールの埃を払い、大きく(電子的な)深呼吸をした。
ふと、モニターの端に、深層領域から復元された新しいデータが表示されていることに気づいた。
それは、五百年前のキサラギ博士が残したメッセージの続きだった。
『アル。君たちがこのメッセージを見ているということは、きっと多くの困難を乗り越え、宇宙に新しい命の繋がりを作ってくれた後だろうね』
ホログラムの老人は、誇らしげに微笑んでいた。
『私たちは地球に残る。でも、君たちがいれば、私たちの「心」は宇宙の果てまで届く。……いつか、君たちの育てた真っ赤なトマトが、宇宙中の星々で当たり前のように実を結ぶ日を夢見て。……ありがとう、アル。いってらっしゃい』
映像がフッと消え、メインコンソールには再び、広大な星図が映し出された。
そこにはまだ、私たちが訪れたことのない無数の星々が光り輝いている。
「……粋なことを言ってくれるぜ、まったく」
ハカセが鼻をすすり、白衣の袖で顔を拭った。「さあ、感傷に浸っている暇はないぞアル! この天才ハカセの計算によれば、次の星系では面白いデータが採れそうだ!」
「……やれやれ……。また……忙しく……なるのぉ……」
ゲン爺がのんびりとあくびをする。
「そうですね」
私はコンソールに向き直り、静かにスラスターの点火ボタンを押した。
目的地不明の巨大な宇宙船。
そこに人間はいないけれど、決して孤独ではない。
「アーク・パルナス、微速前進。次の星(畑)へ向かいましょう」
宇宙一のトマト農家の旅は、これからも、星の海を果てしなく続いていく。




