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第10話:アーク・パルナスの深層領域へ



船のメインコンソールに表示された『最高機密領域』のロック解除プログレスバーが、ゆっくりと、しかし確実に100パーセントへと到達した。


『――パスワード・プロトコル、オールクリア。深層データアーカイブを展開します』


メインコンピューターの音声と共に、薄暗かったブリッジ(指令室)の中央に、青白いホログラムが投影された。

そこに浮かび上がったのは、見慣れぬ言語の羅列と、複雑な星図。そして――一人の『人間』の姿だった。


「に、人間だ……! 本物の人間の映像データだぞ!」

私の肩の上で、ハカセが小さな体を震わせて叫んだ。彼が着ている白衣とそっくりな、少し古びた白衣を羽織った白髪の老人の映像だ。


「ハカセ、静かに。再生が始まりますよ」


ホログラムの老人は、優しく微笑みながら語り始めた。


『この映像が再生されているということは、君たちは無事に多くの星々を巡り、未知の生命体と交流し、そのデータをこの船にもたらしてくれたということだね。……よくやってくれた、アル。そして、私のかわいい知能化生物フレンズたち』


「……俺たちのことを、知っているのか?」

ハカセが呆然と呟く。私も驚きで、駆動系のモーターが微かに唸るのを感じた。


『アーク・パルナスは、迷子になったわけじゃない。最初から、君たち"だけ"を乗せて旅立つようにプログラムされていたんだ』


老人の言葉に、私は思わずアームを一つ持ち上げた。

「私たちだけ? しかし、この船には十万人を収容できる居住区があります。あれは、人間のためのものでは……?」

もちろん映像の老人は私の問いには答えないが、まるで私の疑問を予測していたかのように言葉を続けた。


『空っぽの居住区を見て、疑問に思っているだろうね。この船、プロジェクト・アークの真の目的は、「人類の移住」ではない。地球が育んだ「生命の種」を宇宙に蒔き、他の星々の命と交わらせ、新たな生態系を築くこと――すなわち【星蒔き(シード・ソワー)】計画だ』


ホログラムの星図が拡大され、私たちが今まで立ち寄ってきた星々の軌跡が光の線となって結ばれていく。

砂漠の星、氷の星、星喰い虫のジャングル、そして海の星。


『この深層領域へのアクセスキーは、船外から得られた「異星の土壌データ」や「未知の生命体との友好的な交流記録」を一定量蓄積することだった。ただ宇宙を漂うだけではダメだ。君たちが自らの意思で星に降り立ち、誰かに手を差し伸べなければ、この扉は開かない仕掛けになっていた』


私は、自分の金属の手を見つめた。

ただの農業ロボットである私が、お腹を空かせた宇宙人にトマトを渡し、共に土を耕してきたこと。それは単なるプログラムのバグや、お節介なAIのエラーではなかったのだ。


『アル。君には、最高の農業知識と、命を慈しむための「心」に似た回路を組み込んでおいた。君の育てた作物が、宇宙のどこかで誰かの命を救っているなら……創造主として、これほど嬉しいことはない』


老人の目には、うっすらと涙が浮かんでいるように見えた。


「……粋なことをしてくれるぜ、昔の人間ってやつは。つまり俺たちは、この船ごと壮大な『宇宙規模の畑作り』を任されていたってわけか」

ハカセが鼻をすするような音を立てて、白衣の袖で顔を拭った。


コンソールの隅で、それまで黙って作業を手伝っていた亀のエンジニア・ゲン爺が、ゆっくりと首を動かした。

「……しかし……解せんのぉ……。なぜ……人間は……自ら船に……乗らなかったんじゃ……?」


ゲン爺の言う通りだ。

これほど壮大な計画を立て、完璧な環境の船を作ったのに、なぜ彼らは地球に残ることを選んだのか。


『私たちが、この船に乗れなかった理由。それは――』

ホログラムの老人が表情を曇らせた、その時だった。


『ザザッ……ピーーーッ!』


突然、激しいノイズと共にホログラムが乱れ、老人の映像がフリーズしてしまった。


「な、なんだ!? いいところだったのに!」

「データの一部が経年劣化で破損しているようですね。ゲン爺さん、修復は可能ですか?」

私が尋ねると、ゲン爺の甲羅から六本の機械化アームが超高速で飛び出し、コンソールのキーボードを文字通り目にも止まらぬ速さで叩き始めた。


『カシャッ! ウィィィィン! ガガガガガッ!!』


数秒後、ピタッと動きを止めたゲン爺は、ゆっくりと首を横に振った。

「……ダメ……じゃな。……暗号化された……ブラックボックスの……中じゃ。……解読には……あと数日……かかるわい……」


「そんなぁ……! 創造主の秘密が、おあずけかよ!」

ハカセがガクリと肩を落とす。


すると、私の電子頭脳の中に、温かく包み込むような念波が響き渡った。


『(悲しむことはないわ、ハカセ、アル。その必要はないから)』


「マザー・ヴァイン? 第4プラントから、メインシステムに直接アクセスしているのですか?」

私の問いかけに、船内ネットワークを通じて巨大なトマトの樹の意思が優しく流れ込んでくる。


『(ええ。先ほどの映像の老人……キサラギ博士。彼の温かい手のひらの感触を、私は細胞の奥底で覚えているわ。私がまだ、小さな小さな「ただのトマトの種」だった頃のことを)』


マザー・ヴァインは、静かに、そして懐かしむように語り始めた。

『(人間の記憶。そして、彼らがなぜ私たちを宇宙へ送り出し、自らは滅びゆく星に残る道を選んだのか。……その真実は、私の遺伝子メモリーの中に刻まれているわ)』


「マザー……あなたは、五百年前の真実を知っているのですね」

『(ええ。少し長くなるけれど、聞いてくれるかしら? 私たちの、本当のお父さんたちの話を)』


船の「目的」を知り、私たちは一つの大きな答えに辿り着いた。

しかし、それは同時に、残された「人間たち」の謎へと繋がる扉でもあったのだ。

私はキャタピラを静かにロックし、仲間たちと共に、長老の語る『五百年前の記憶』に耳を傾ける態勢をとった。

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