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遺跡の謎は全部解くのに、護衛の好意だけ気づかない調査官  作者: 蒼月よる


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24/25

記録室

 今日だ。スケッチブックを鞄に入れる手が、朝から止まらなかった。記録室への降下の日が来た。

 メンバーは五人。私、トーマ、セドリック、ペトラ。そしてレーヴェン少佐。軍のオブザーバーが同行する。

 レーヴェンは軍服ではなく、遺跡探索用の装備を着ていた。軽鎧に携帯灯。身のこなしが軍人にしては柔軟で、遺跡に入った経験がある人間の動きだった。

「情報部にも遺跡経験者はいるのですよ」

 私の視線に気づいたのか、レーヴェンが微笑んだ。


 保管庫の下層を経由してノード空間に入った。ここまでは何度も来た道だ。ノードの活性回路が青白く光を放っている。

 ノードから更に下。ガゼルの地図が示す経路。

 階段を降りると、通路の構造が変わった。壁面の石材が、これまでとは異なる素材に切り替わっている。重く、暗い灰色。金属に近い光沢がある。

 回路の密度が極端に高かった。ノード空間を超えている。壁面だけでなく、床にも天井にも、隙間なく回路が刻まれていた。

 活性回路の光が通路全体を照らしている。携帯灯が不要なほど明るい。千年前の光が、今この瞬間も道を照らしている。

 狭い区間を二箇所通過した。ガゼルの地図通りだ。トーマが先行して安全を確認し、全員が順に通る。レーヴェンは最後尾で、周囲を観察していた。何を見ているのか——回路の構造か、それとも軍事的な価値の査定か。

 通路が突然広くなった。

 記録室だった。


 広さは結節点の三倍はある。天井が高く、壁面は全て活性回路に覆われ、空間全体が青白い光に満ちていた。

 そして——壁面に沿って、大量の金属板が並んでいた。

 保管庫の封印区画とは規模が違った。棚ではなく、壁面そのものに金属板が埋め込まれている。回路と一体化した記録。物理的な記録媒体と、活性回路の情報ネットワークが、同じ場所に共存していた。

「これは——」

 声が出なかった。

 旧文明が「後世に伝えるために」設計した情報保管施設。回路が止まっても金属板が残る。金属板が風化しても回路が動いている限り情報は保持される。二重の保険をかけた、情報保存のための部屋。

 セドリックが隣で息を呑んだ。

「すごい。保管庫とは——次元が違う」

 私は壁面に近づいた。金属板の一枚に目を止める。

 表面に刻まれた図解が見えた。

 線が走っている。直線と曲線。点と点を結ぶ線。各点に小さな記号が付されている。

「ネットワーク概念図です」

 声が震えた。

「これは——ネットワーク全体の設計図だ。各点がノードを示している。それを繋ぐ線が経路。そして——」

 私は図面を指で辿った。指は震えていた。

「点が多い。デルガだけじゃない。ここ、ここ、ここ——沿岸部に沿って点が並んでいる。内陸にも。大陸全体に——」

「大陸規模のインフラ」

 レーヴェンの声だった。静かな声だが、その中に抑えきれない関心が滲んでいた。将校の目の色が変わっていた。

「メイラ調査官。この図面の詳細は——」

「まず記録を取らせてください」

 私はスケッチブックを開いた。記録が先だ。解釈は後。

 金属板の図面をスケッチに写す。正確に。線の太さ、点の位置、記号の形状。

 描きながら、図面の細部が見えてきた。各ノードに付された記号は、機能を示しているらしい。同じ記号のノードがグループを形成している。地域ごとにクラスタが——

「ここの記号は何だ」

 レーヴェンが壁面の別の金属板を指した。私が作業している板ではなく、隣の板。

 見に行った。レーヴェンが指す記号は——見たことがない。ネットワーク概念図のノード記号とは異なる、別の体系の記号だ。

「わかりません。見たことのない記号です」

「解読は可能か」

「私には難しい。鑑定士——ノルに見せれば、可能性があるかもしれません」

 レーヴェンは頷いた。金属板の配置を注意深く見回している。

 記録を続けた。ネットワーク概念図。各ノードの位置と記号。接続経路の配置。

 描いているうちに、軍の将校が私の成果に「軍事的視点」でコメントを挟み始めた。

「このクラスタ配置は、軍事的な通信網に類似していますね。指揮系統の構造に——」

「これは通信網ではありません。環境モニタリングと情報処理のネットワークです」

 声が少し硬くなった。自覚はある。

「旧文明は軍事目的でこのネットワークを構築したのではなく——」

「目的がどうあれ、技術としては転用可能でしょう」

 レーヴェンの指摘は正しかった。だがその正しさが苛立たしかった。千年前の人々が築いたものを、「転用可能」という枠組みで見る。技術の価値を、利用可能性でしか測らない。

 反論を組み立てようとした。

 そのとき——視線がトーマに向かった。

 無意識だった。反論の言葉を頭の中で整理しているとき、確認を求めるように彼の方を見た。

 トーマは少し離れた位置で、空間の安全を確認していた。壁際を歩き、天井を見上げ、床面の状態を調べている。護衛としての職務。

 だが私が視線を向けた瞬間、彼はこちらに顔を向けた。目が合った。

 一秒。

 彼が微かに頷いた。何の意味だったのだろう。「大丈夫です」か。「続けてください」か。

 私は視線を壁面に戻した。

「レーヴェン少佐。記録の客観性を維持するために、軍事的な解釈は報告書ではなく、別途の分析書としていただけますか。調査記録に軍事的なバイアスが入ると、後世の研究者が——」

「了解しました。それは合理的な要請です」

 レーヴェンは意外にも素直に応じた。

 記録を続けた。

 二時間の制限が近づいていた。金属板のすべてを記録するには、何度も降りてくる必要がある。今日は概念図の大まかなスケッチと、未知の記号のサンプルを優先する。

 一枚の金属板を耐魔素ケースに収めた。ノルに見せるための現物サンプル。


 帰路、通路を歩きながら考えていた。

 記録室の発見。ネットワーク概念図。大陸規模のインフラ。

 軍情報部がこの情報をどう使うか。レーヴェンの目の色が変わったあの瞬間。「転用可能」という言葉。

 そして——反論を組み立てるとき、視線がトーマに向かったこと。

 なぜ、彼に確認を求めたのだろう。

 セドリックは隣にいた。ペトラもいた。レーヴェンへの反論なら、セドリックの方が学術的な支援ができるはずだ。

 なのに、私の視線はトーマに向かった。

 「なぜ」が、まだ言葉にならない。


 地上に出た。

 レーヴェンが先に局舎に入り、ヴァルトと話し始めた。軍の管理権限の主張が始まるだろう。記録室の情報をどちらが管理するか。

 セドリックが私のところに来た。

「メイラさん、今日の発見はすごいですね。ネットワーク概念図——論文にできますよ」

「論文の前に、軍との交渉がありますけどね」

「そうですね。でも、記録は残しましょう。メイラさんの記録は正確ですから」

 セドリックは笑って帰っていった。

 トーマと二人、いつもの道を歩いた。

 記録室の金属板。ネットワーク概念図。未知の記号。

 そして——ノルなら読めるかもしれない。

「ノルさんのところに行く必要があります。未知の記号のサンプルを見せたい」

「承知しました」

「明日、行きましょう」

「はい」

 夕暮れの光の中で、彼の横顔を見た。

 反論を組み立てるとき、視線が彼に向かった。確認を求めた。彼に。

 なぜだろう。

 わからないまま、道が分かれた。

「おやすみなさい」

「おやすみなさい」


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