↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遺跡の謎は全部解くのに、護衛の好意だけ気づかない調査官  作者: 蒼月よる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/25

情報屋

 酒場に足を踏み入れるのは、たぶん人生で二度目だった。ガゼルとの面会場所は、港区の裏通りにあるその店だった。

 昼間から営業している店だが、客の大半は冒険者と商人だった。カウンターの奥に半個室があり、そこにガゼルがいた。

 大柄な男だった。白髪交じりの長い髪を後ろで束ね、顎に短い鬚がある。片目の近くに深い傷跡。だが目つきは鋭く、こちらを品定めするような視線を向けてきた。

 テーブルの上には酒と、地図のようなものが広げられていた。

「ああ、調査局のお嬢さんか。ヴァルトから話は聞いてる」

 ガゼルは椅子の背にもたれて、私を見た。それからトーマを見た。

「お前、まだ護衛なんかやってんのか」

 トーマに向かって言った。声は気安く、旧知の口調だった。

「仕事だ」

 トーマが短く返した。

「仕事ね。お前が長期契約の護衛とは珍しい。昔は短期の遺跡護衛ばかりやってただろう」

「状況が変わった」

「そうかい」

 ガゼルの目が私に戻った。トーマを見て、私を見て。にやりと笑った。

「なるほどね」

 何がなるほどなのかわからなかった。トーマの表情が一瞬だけ硬くなった。だがすぐに戻った。

「それで——記録室の場所を知っていると聞きました」

「知ってるよ。正確には、知っていた、だな。二十年前にこのあたりの地下を走り回ってた頃の記憶だ」

 ガゼルはテーブルの地図を指した。デルガの地下区画の概略図だった。私が調査局で見る地図より遥かに詳細で、正規の調査では確認されていない通路や空間が書き込まれている。

「ここだ。工場区の最深部。ノードの直下に位置する」

 指が示したのは、私たちが調査しているノード空間のほぼ真下だった。

「記録室、と呼ばれている。正確には俺がそう呼んでいるだけだが。中に入ったことがある」

「入ったことが?」

「冒険者時代だ。若い頃は無茶をした。深層に潜って、珍しい遺物を見つけては売っていた。記録室は——特別だった」

 ガゼルは酒を一口飲んだ。

「壁一面に金属板と、回路を持つ遺物が保管されていた。保管庫と似ているが、規模が違う。そして中身も違う。お前さんが見つけた保管庫は、技術記録のアーカイブだろう? 記録室は違う。もっと——抽象的なものが残されている」

「抽象的?」

「図面だ。ネットワーク全体の構造図のようなもの。俺には読めなかったが、何かの設計図だということはわかった。街一つでは収まらない規模の」

 私の心臓が速くなった。

「ネットワークの概念図。大陸規模のインフラの設計図——」

「かもしれない。確認はしていない。当時は金になるかどうかしか考えていなかったからな。金属板は持ち出せなかった。重すぎるし、数が多すぎる」

 ガゼルは地図の上に指で経路を描いた。

「ここからここへ。通路が狭い区間が二箇所ある。それから、C級以上の魔獣が棲みついている可能性がある。二十年前にはいなかったが、魔素濃度が高い場所には魔獣が集まる」

「経路を教えていただけますか」

「金と引き換えだ」

 ガゼルはテーブルに両手を置いた。商談の姿勢だ。

「調査局の予算から出す。ヴァルトに承認を取っています」

「ヴァルトは渋いからな。まあいい。——もう一つ、忠告してやる」

 ガゼルの目が真剣になった。

「ここには面白いものがある。だが面白いものには、面倒なものがついてくる。お前さんが記録室で見つけたものは、軍が欲しがるだろう。ネットワークの制御技術——そういうものがあるとすれば、国家間の力のバランスを変える可能性がある」

「それは——」

「俺は遺物を売って生きてきた人間だ。遺物が金になるのは、欲しがる奴がいるからだ。軍も商人も学者も、欲しいものは同じさ。力になる知識。ただし使い方が違う」

 ガゼルは地図を折り畳んで、私に渡した。

「地図は渡す。金はヴァルト経由で。もう一つ——」

 ガゼルがトーマを見た。

「お前、この嬢ちゃんを守れよ。記録室の周辺は、俺が潜った頃より確実に危険度が上がっている。魔素濃度が上がれば、魔獣も増える」

「わかっている」

「わかってるならいいが。——なあトーマ、お前昔より顔が柔らかくなったな」

 トーマは答えなかった。

「まあいい。気をつけろ」

 ガゼルは酒を飲み干し、椅子から立ち上がった。大柄な体が半個室に影を落とす。

「面白い時代だ。千年前の遺物が、今になって世の中を動かす。俺みたいな商人には商機だが、お前さんみたいな学者には——大変だろうな」

 そう言って、ガゼルは酒場を出ていった。


 酒場を出た。

 午後の日差し。港区の通り。

 地図を持っていた。記録室への経路。ガゼルの記憶に基づく、二十年前の地下地図。

「トーマさん、ガゼルさんとはどういう関係ですか」

「遺跡護衛の仕事で何度か顔を合わせたことがある。向こうは元冒険者で、遺物の取引をしている」

「親しそうに見えました」

「……顔見知り、程度です」

 トーマの声は平静だったが、ガゼルの「顔が柔らかくなった」という言葉に対して何か思うところがあったのかもしれない。

 私はガゼルの最後のやり取りを思い返した。ガゼルが私を見て、トーマを見て、にやりと笑った。「なるほどね」と。

 何がなるほどだったのだろう。

 トーマが護衛の仕事をしていることに対する感想だろうか。長期契約が珍しいという話の流れだから、そういう意味だろう。

 それ以上は考えなかった。


 局舎に戻り、ヴァルトに報告した。ガゼルから入手した地図。記録室の位置。経路の情報。

「記録室への降下は三日後だ。準備を進めろ」

「軍のオブザーバーは?」

「同行する。レーヴェンが直接来るかもしれん」

 軍の人間が記録室に入る。ネットワークの概念図を見る。制御技術の情報に触れる。

 胸の中で反発が膨らんだが、飲み込んだ。調査を進めなければ始まらない。記録室に何があるのかを確認し、記録する。それが先だ。

「セドリックにも連絡します」

「ああ。それと——護衛を増員するか」

「トーマさん一人で十分です」

 言ってから、その言葉の確信の強さに自分で驚いた。護衛増員の必要性を検討もせず、即答した。

 合理的な判断だ。深層に対応できる護衛はデルガに限られている。そしてトーマは、すでにノード空間の構造を熟知している。別の護衛を入れるより、彼一人の方が効率がいい。

 合理的な判断だ。

 ——本当に?

「では、そのように」とヴァルトが言った。


 局舎を出て、いつもの道。

 地図を鞄にしまって、歩きながら考えた。記録室。ガゼルの言う「ネットワーク全体の構造図」。もしそれが本物なら、ノードネットワークの全体像が見える。デルガだけではない、大陸規模のインフラの設計図。

 軍が欲しがるのは当然だ。だが軍に渡す前に、記録の客観的な保存を確保しなければならない。原本は調査局。写しのみ共有。学術的公表の自由。

 「あなたの仕事を優先してください」

 トーマがそう言ったのは昨日だ。

 隣を歩く彼の横顔を、ちらりと見た。

 夕暮れの光が彼の顔を照らしている。目元の古い傷。いつもの無表情。だが最近、その無表情の下に何があるのか気になることがある。

 気にする理由はない。

「また明日」

「おやすみなさい」

 いつもの別れ。いつもの道。

 宿に帰って、ガゼルの地図を広げた。記録室への経路を確認する。

 指で経路を辿りながら、ガゼルの最後の言葉を思い出した。

 「全ての遺物は繋がっている」。

 もしそれが本当なら——港区地下遺跡も、沿岸遺跡も、工場区の保管庫も、全てが一つのネットワークの断片だったことになる。私が半年かけて調べてきたものの、全体像が見える。

 地図の上に、まだ知らない線が何本も走っているはずだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。