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遺跡の謎は全部解くのに、護衛の好意だけ気づかない調査官  作者: 蒼月よる


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11/25

同僚と護衛

 三日間、夢にまで封印の円環パターンが出てきた。開放準備は予想以上に時間がかかっていた。

 三日間、セドリックと二人で封印回路の分析を進めた。円環状のパターンは、単なる「蓋」ではなかった。回路が壁面の構造材と一体化しており、無理に剥がすと周囲の壁が崩れるリスクがある。

「接合材を軟化させて、段階的に除去するのが安全です」

 セドリックが分析結果をまとめた報告書を私に見せた。接合材の成分分析、軟化に必要な溶剤の選定、除去手順。彼の仕事は丁寧で正確だった。

「いい仕事ですね」

「メイラさんの回路分析があったからです。円環パターンの構造がわからなければ、どこから手をつければいいか判断できなかった」

 セドリックは素直に人を褒める。褒められると、こちらも素直に嬉しかった。

 研究機関では、同僚を褒める文化はあまりなかった。成果は論文で示すものであり、口頭で褒め合うのは甘いとされていた。セドリックは違った。良い仕事を見れば「良い仕事だ」と言う。それだけのことだが、新鮮だった。

「君の観察力はすごいね。回路パターンの変化に、すぐ気づく」

 保管庫の壁面を一緒に分析しているとき、セドリックがそう言った。

「壁面の奥に行くほど回路密度が上がっている。変化の傾きを見れば、封印区画の向こうの密度が推測できますね」

「あなたの文献知識に助けられています。接合材の成分を特定できたのは、あなたの分析があったからです」

「お互い様ですよ」

 セドリックが笑った。年齢が近いだけでなく、専門領域が補完的だった。回路構造の私と、物理特性のセドリック。議論が噛み合う。仕事が速く進む。


 封印区画の開放は、分析から五日後に実施された。

 溶剤を塗布して接合材を軟化させ、慎重に除去する。セドリックが手順を指示し、ペトラが実行した。私は回路パターンの変化を監視する。

 トーマは保管庫の入口付近で警戒していた。封印区画を開ける際、内部から何が出てくるかわからない。魔獣の棲みかになっている可能性も、構造が不安定で崩落する可能性もある。

 最後の接合材が除去されたとき、壁面が微かに軋んだ。

 トーマが一歩前に出た。

「離れてください」

 私とセドリックが後退した。トーマは壁面に手を当て、構造の安定性を確認した。

「問題ありません。開きます」

 壁材をゆっくり押し開けた。

 内側から、冷たく乾いた空気が流れてきた。長い間密封されていた空間の匂い。埃と金属。

 開口部から携帯灯の光を差し入れた。

「——すごい」

 セドリックが呟いた。

 封印区画の内部は、保管庫本体よりも遥かに保存状態が良かった。密封されていたおかげで、湿気も風化もほとんどない。棚の上の遺物は、千年前に置かれたままの姿を保っている。

 私は足を踏み入れた。

 ここに保管されている遺物は、外の保管庫とは性質が異なっていた。金属加工品や石材ではなく、薄い金属板が大量に重ねられている。

 手に取った。軽い。表面に、細かい文字と図解が刻まれている。

「記録媒体です」

 声が震えた。

「回路を持たない、物理的な記録。文字と図解で情報を残している」

 セドリックが隣で金属板を一枚持ち上げた。

「すごい精度の刻印です。機械加工だ。手彫りじゃない」

 私は金属板の内容を読もうとしたが、旧文明の文字体系は断片的にしか解読されていない。図解の方は——回路の構造図に見えるものがいくつかある。だが詳細な解読にはノルの鑑定技術が必要だ。

 金属板を丁寧に棚に戻し、周囲を観察した。

 この封印区画に保管されているのは、すべて記録媒体だった。回路ネットワークを使わず、物理的に情報を残す方法。

 なぜ、わざわざそんなことをしたのか。

 旧文明は高度な回路ネットワークを持っていた。情報の伝達も記録も、回路を通じて行えたはずだ。にもかかわらず、物理的な記録を別に作り、封印して保管していた。

 理由は一つしか思いつかなかった。

「回路が失われても、これなら残る」

 声に出した。

「旧文明は——自分たちの文明が終わることを、知っていた」

 保管庫が静まった。セドリックが私を見ていた。トーマも、少し離れた位置で、こちらを見ていた。

「回路ネットワークは高度だが、維持に魔素の循環が必要です。文明が崩壊して魔素の管理ができなくなれば、回路は止まる。記録も消える。だから彼らは、回路に依存しない記録方法を選んだ。金属板に刻む。物理的に残す。千年経っても読める形で」

 手が震えていた。興奮と、それから——畏怖のようなものが混じっていた。

 千年前の人々が、自分たちの終わりを予感して、それでもなお残そうとした知識。この金属板の一枚一枚に、そういう意志が刻まれている。


 帰り道、セドリックとは封印区画の発見について話した。金属板の解読方法、保存処理の手順、学術的な意義。話は尽きなかった。

 局舎に戻り、セドリックと別れた。彼の宿は港区の反対側だ。

 私は門を出て、いつもの道を歩き始めた。

 隣にトーマがいた。彼の宿は——知らない。いつも同じ方向に途中まで歩いて、どこかで別れる。

 歩きながら、今日の発見が頭の中で渦を巻いていた。

「旧文明が自分たちの終焉を予期していたとしたら、この保管庫には彼らが『最も残したかったもの』が入っていることになります」

 気づいたら、トーマに向かって話していた。帰り道に調査の話をするのは、長期契約が始まった頃からの習慣だ。

「封印区画の金属板は記録媒体です。回路に頼らない物理記録。あれを解読すれば、旧文明が何を伝えようとしていたのか——」

「今日の発見は、それほど重要なんですか」

 トーマが聞いた。

「はい。とても。セドリックが面白い指摘をしていて——金属板の刻印は機械加工だから、一枚ずつ手作業で作ったのではなく、大量生産の仕組みがあったはずだと。つまり旧文明は、記録を残すこと自体を『事業』として行っていた可能性がある。個人の日記じゃなく、組織的な記録保存活動。文明の記憶を制度として保存しようとしていた」

 私は早口になりかけて、少し抑えた。セドリックの名前を出した後、トーマの反応を無意識に窺っていたかもしれない。

「そうですか」

 短かった。

 いつもより短い気がした。トーマは私の仮説を聞くと、たいていもう一言何か返してくれる。「地層の厚さと回路の密度が比例するという話でしたか」のように。あるいは「では、しばらく忙しくなりますか」のように。

 今日は「そうですか」だけだった。

 微かな違和感があった。彼がいつもより言葉少なだ。疲れているのだろうか。今日は封印区画の開放で、警戒レベルを上げていた。緊張が長く続いた後は、口数が減るのかもしれない。

「——すみません。仕事の話ばかりで」

「いえ。問題ありません」

 いつもの返答だった。声のトーンも、いつもと変わらない。

 気のせいだろう。

 道が二手に分かれた。いつもの場所だ。

「では、また明日」

「はい。おやすみなさい」

 トーマが去っていくのを見送った。大きな背中が、夕暮れの通りに消えていく。

 歩きながら考えた。明日は封印区画の本格調査だ。金属板の仮目録を作成し、ノルに連絡を取って鑑定の依頼をする。セドリックと分担を決めて——

 ふと思った。

 私はセドリックの話をトーマにした。帰り道に。いつもなら、今日の発見をトーマに説明するとき、自分の考えだけを話す。今日は「セドリックが面白い指摘をしていて」と、同僚の名前を出した。

 それが、トーマの「短さ」に関係があるだろうか。

 ないだろう。護衛が、調査官の同僚の話に興味を持たないのは自然なことだ。彼の仕事は安全の確保であって、遺物の分類体系の議論ではない。

 宿に着いた。

 ノートを開いて、明日の作業計画を書き出す。金属板の目録作成。保存処理の手順。ノルへの連絡。ヴァルトへの中間報告。

 やるべきことが多い。それは嬉しいことだ。

 ペンを置いて、窓を開けた。夜の港の匂い。

 明日の封印区画の調査が楽しみだった。金属板に刻まれた、千年前の言葉。

 トーマの「短さ」のことは、もう頭から消えていた。


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