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遺跡の謎は全部解くのに、護衛の好意だけ気づかない調査官  作者: 蒼月よる


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10/25

保管庫への降下

 階段を降りた瞬間、知らない匂いがした。港区の地下とは違う。

 石と金属に、油のような重い匂いが混じっている。壁面は暗い灰色——耐熱性の高い石材だ。加工施設に適した素材選定。もう分類が始まっている。自分の頭が勝手に動くのを感じながら、壁に目を走らせた。

 階段を降りたとき、隣にいたのはトーマだけではなかった。

「広いですね。港区地下より通路幅がある」

 セドリックが周囲を見回しながら言った。

 セドリック・ハイム。調査局に先月配属された調査官で、私と同じ年の二十二歳だ。専門は遺物の分類と記録で、回路構造よりも遺物の物理的特性に詳しい。沿岸遺跡の報告を受けて、ヴァルトが保管庫調査の増員として手配した。

 痩せ型で、くせのある栗色の髪。眼鏡はかけていないが、手帳を持ち歩いていて、気になることがあるとすぐに書き込む。私のスケッチブックに似た習慣だ。

「通路幅が広いのは、加工済みの素材を搬入する必要があったからでしょう。旧文明の素材加工施設は大型の設備を使いますから」

「なるほど。搬入路として設計されているんですね」

 セドリックは手帳に何か書き込んだ。

 通路を進む。トーマが先頭で安全を確認し、私とセドリックが続き、補助スタッフのペトラが最後尾で測量データを記録する。

 工場区地下の遺跡は、建築工事中に偶然発見された。地盤掘削中に壁面が現れ、その奥に空間があることがわかった。予備調査で「保管庫」と呼ばれるようになったのは、内部に遺物が整然と並んでいたからだ。


 保管庫の入口は、通路の突き当たりにあった。

 金属製の扉——旧文明の素材で作られた、千年経ってもなお原形を保つ扉——が半分開いた状態で固定されていた。前の調査チームが開放したのだろう。

 トーマが扉の隙間を確認し、内部を照らした。

「広い空間です。天井は四メートル以上。棚のようなものが見えます」

 私は扉をくぐった。

 そして、息を呑んだ。

 保管庫の内部は、壁に沿って石製の棚が整然と並んでいた。棚の上に、遺物が置かれている。金属片、石材の加工品、回路を含む小型の装置。大きさも形も様々だが、すべてが一定の間隔で配置されている。

 偶然の埋没ではない。

 誰かがこの場所に、意図的に遺物を並べた。

「分類されている」

 セドリックが棚に近づいた。

「見てください、メイラさん。棚ごとに置かれている遺物の種類が違う。この棚は金属加工品、隣は石材、その奥は——回路を持つ遺物だ」

 私も棚を順に見ていった。セドリックの指摘は正しかった。遺物は素材や機能によって分類されている。同じ棚の中でも、大きさ順に並んでいるものがある。

「これはアーカイブです」

 私の声が震えた。

「旧文明が、自分たちの作ったものを——分類して、保管していた。偶然じゃない。体系的に保存している」

 興奮が込み上げてきた。手がスケッチブックに伸びる。棚の配置、遺物の分類体系、保管方法。描くべきことが山のようにある。

 気がつくと、足元に携帯灯がもう一つ置かれていた。棚の影になっていた手元を、下から照らす角度。いつの間にトーマが配置したのだろう。彼は少し離れた壁際で、通路の安全を確認している。

 地下遺跡のときと同じだ。スケッチに最適な照明。頼んでいないのに、いつも光の角度が合っている。

「回路を持つ遺物と持たない遺物が明確に区分されています。棚の位置で言うと——回路を持つ遺物は奥の壁際、持たない遺物は入口側。回路の有無が最上位の分類基準になっている」

「物理特性での分類ですか。機能別ではなく」

「両方かもしれません。回路を持つ遺物は機能を持つ。持たない遺物は素材としての価値がある。保管の目的が違うのかもしれない」

 セドリックと二人で棚の前を行ったり来たりしながら、分類体系を議論した。彼の遺物分類の知識は確かで、私が回路構造の観点から見落としている物理特性の違いを次々と指摘してくれた。

「この金属片、表面の酸化パターンが周囲の遺物と違いますね。保管された時期が異なる可能性がある」

「時期が違う? つまり、この保管庫は一度に作られたのではなく、長期間にわたって遺物が追加されていった?」

「仮説ですが。酸化の進行度を比較すれば、保管の時間差を推定できるかもしれません」

 面白い。時間軸の情報が加わると、保管庫の意味がまた変わってくる。

 私は棚の配置図をスケッチブックに描きながら、保管庫全体の構造を把握しようとした。壁面にも回路構造がある。港区地下遺跡ほど密ではないが、伝達系の回路が走っている。保管庫も、ネットワークの一部なのだ。


 二時間ほど調査した後、保管庫の最奥に行き着いた。

 奥の壁は他の壁と質感が違っていた。石材の色が一段暗く、継ぎ目の処理が異なる。そして——壁面に、封印の痕跡があった。

 接合材で塞がれた継ぎ目。その周囲に、円環状の回路パターンが刻まれている。保管庫の他の回路とは異なる、特殊な構造だ。

「封印区画です」

 トーマが壁面を確認した。

「構造は安定しています。だが壁の向こうの状態は、ここからではわかりません」

「接合材を除去すれば開けられますか」

「技術的には可能です。ただし、何が中にあるのかわからない以上、慎重に進めるべきでしょう」

 私は封印区画の回路パターンをスケッチした。円環状のパターン——これは「閉鎖」を意味する回路構造だ。旧文明が意図的に封じた区画。中に何があるのか。

「開けましょう」

「メイラさん」

 セドリックが少し心配そうな顔をした。

「まずは封印の構造を分析してから、開放の計画を立てた方が良くないですか。無理に開けると、中の遺物に影響するかもしれない」

 正論だった。考古学の基本——未開封の空間を開ける前に、可能な限りの情報を外側から集める。

「……そうですね。まず封印回路の分析を済ませてから、開放計画をヴァルトに提出します」

 セドリックは頷いた。彼の慎重さは研究者として正しい。私は発見に興奮すると前のめりになる癖がある。ブレーキをかけてくれる人がいるのは、正直ありがたかった。

 ただ、早く中を見たいという気持ちは抑えきれなかった。

 帰り道、通路を歩きながら、私はセドリックと遺物の分類体系について議論を続けた。回路の有無を最上位基準とする分類と、物理特性を最上位基準とする分類と、どちらが保管庫の設計思想に近いか。話は尽きなかった。

 トーマは少し離れた位置を歩いていた。いつもは私のすぐ後ろにいるのに、今日は一歩余分に距離がある気がした。

 階段を上がったとき、トーマの表情がいつもと変わらないことを確認した。寡黙で、感情を見せない、プロの護衛の顔。

 彼はただ仕事をしている。私もそうだ。

 明日も調査がある。封印区画の回路パターンの分析。セドリックの酸化パターン分析。そしてヴァルトへの報告。

 やるべきことが多い。それは嬉しいことだった。


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