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闇市と怪しげなブローチ

ギルドを抜けたあと、クーネルの機嫌は荒れていた。

悪路をついては道端の石を蹴り、ラクレスの尻をひっぱたいたりして気を紛らわせようとしていた。

金貨10枚という、目の前にぶら下げられた餌を取り逃がしたのだ。その怒りの矛先は当然、隣を歩く陰キャ勇者に向けられている。


「フン」

「……」

「この役立たず」

「……」

「石頭」

「……」


クーネルが繰り出すありとあらゆる罵詈雑言を、ラクレスは柳に風と受け流す。

いや、単に聞こえていないフリをしているだけかもしれない。

そんな気まずい雰囲気のまま、二人は慣れない街の宿を探していた。

表通りの喧騒から外れ、いつの間にか、薄暗く、どこか湿った匂いのする裏路地へと迷い込んでいた。


そこは表の華やかさとは無縁の世界。

いかがわしい薬草や、出所不明の骨董品、怪しげな魔道具の類が、汚れた布の上に無造作に並べられている。

闇市。

法や秩序の光が届かない、欲望渦巻く場所だ。


「なんじゃ、この薄汚い場所は」

「…おかしい、こんな所来るはずじゃなかったのに。さっさと通り過ぎよう」


クーネルは眉をひそめ、踵を返そうとした。

その時だった。

ある露店の隅にまるで闇そのものを凝縮したかのように鈍く黒光りする何かが置かれているのが、彼女の目に留まった。


「ほう?」


吸い寄せられるようにクーネルはその露店へと近づいていく。

そこに置かれていたのは一つのブローチだった。

素材は磨き上げられた黒曜石。

意匠は一匹の蛇が、己の尾を喰らって環をなす――ウロボロスの紋様。

それはかつて彼女自身が、黄金のクーネル蛇将軍としてその身に宿していた、無限と再生の象徴。


美しい。

禍々しい。

何よりもこのブローチからは微かだが、ドス黒い「魔力」が放たれていた。それはただの装飾品ではないことを、雄弁に物語っていた。


「……お嬢ちゃん、目が高いねぇ」


露店の主人である、痩せて目のギョロリとした男が、歯の抜けた生気の無い声をかけてきた。

ツンとする独得の臭い。一体何日風呂にはいっていないのか。


「そいつはとっておきの逸品だよ…」

「しかし、おぬしのような輩が手に入れられる品ではないな。これはどうした」

「あっちの城から流れてきた掘り出し物よ。どうだい? 訳アリだから、勉強させてもらうぜ…。金貨5枚でどうだい?」


城から流れてきた品。

その言葉に隣にいたラクレスの眉がピクリと動いた。


(やはり、人間の盗賊の仕業だ。間違いない)


ラクレスの確信はさらに深まる。このブローチは盗賊らが流した戦利品の一つなのだろう。


だがクーネルは違った。

彼女の興味は盗賊がどうとか、そういう下世話な話にはない。

ただ目の前のブローチが欲しい。

どうしても手に入れたい。

その根源的な欲求が、彼女の全身を支配していた。

その値段は奇しくも先ほどの依頼報酬を、2人で半分にして買える値段だった。


(これは運命じゃ)


クーネルは確信した。

天が、いや、この妾自身が、このブローチを手に入れよと告げているのだ、と。


「小僧」


クーネルは振り返った。

その金色の瞳にはもはや迷いの色はない。

あるのは目的を定めた捕食者のような、ぎらついた光だけだ。


「やはり、あの依頼を受けるぞ」

「だから、無理だって…」

「問答無用、これは決定事項じゃぞ」


クーネルはラクレスの返事も聞かず、再びギルドの方角へと歩き出そうとした。

ラクレスは慌ててその腕を掴む。


「待った。い、依頼なら他にだって」

「これが一番早くて楽じゃろ。ちまちまやっておったら何日かかる事か。いつか欲しい物がなくなってしまうぞ」


あまりにも正直すぎる欲望の告白にラクレスは押し黙った。

彼女は物欲のためだけに危険な盗賊団に喧嘩を売ろうとしている。

ただ、勝てる勝てない以前に…。


「俺は、嫌だ…」

「なぜじゃ。もしおぬしの言う通り盗賊だとしても、人を守るというやつには変わらぬぞ」

「俺は…、ひ、人を斬るの、嫌なんだ…。あの感触、どうしても…」

「ゴブリンも変わりやせぬだろう。おかしな理屈じゃ」


クーネルはラクレスの手を振り払うと、こう言い放った。


「よいか、小僧。貴様がどうしても行かぬと言うのなら、妾一人で行くまでじゃ。悪霊退治なぞ妾一人で十分。あの剣さえあればな」

「なっ……!?」

「その腰の剣を貸せ。妾がやつらを一網打尽にし、あのブローチを手に入れ、おぬしにも分け前をくれてやろう」


そう言って、クーネルは本気で一人でギルドに戻ろうとする。

その瞳は本気だ。

このままではこの世間知らずで無鉄砲な元女王様は本当に一人で盗賊団のアジトに乗り込み、返り討ちに遭うだろう。


「……っ! 分かった! 分かったから、一人で行くのはダメだ」


ラクレスは叫んだ。

もはや、彼に選択肢はなかった。

この手に負えない少女を危険な場所に一人で行かせるくらいなら、自分がついて行って守る方が百倍マシだった。


「最初から、そう言えばよいのじゃ」


ふん、と勝ち誇ったように鼻を鳴らすクーネル。

ラクレスはこれから待ち受けるであろう面倒事を思い、深くため息をつくしかなかった。

こうして、物欲に目がくらんだ元四天王と、その保護者役を押し付けられた陰キャ勇者は最も厄介な依頼を受ける事となった。

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