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商業都市「タヴロッサ」

ロックボア討伐という、本人たちが一番よく分かっていない手柄を立ててから数日。

クーネルとラクレスの二人は埃っぽい街道を揺られる乗り合い馬車に乗って、次なる街を目指していた。

これまでの村々とは比べ物にならないほど大きな、城壁に囲まれた商業都市「タヴロッサ」。それが、彼らの新たな目的地である。

人を探すなら、人が多い所。

魔族の情報も集まって来やすい。


「のう、小僧。まだ着かんのか? 妾は尻が痛いぞ」


ガタゴトと揺れる馬車の中で、クーネルは不満げに唇を尖らせていた。

彼女の隣ではラクレスが相変わらずの陰キャっぷりで縮こまっている。

ただでさえ狭い馬車の中で、他の乗客と肩が触れるのも嫌と見え、必死に気配を消していた。


「……もう、すぐだ」

「その『もうすぐ』を、貴様は半日前に言うておったではないか。この詐欺師め」

「……」


ラクレスはもはやクーネルの理不尽な物言いに反論する気力もないらしい。

やがて馬車が大きく揺れたかと思うと、前方に巨大な城門が見えてきた。

石造りの重厚な門、その上には都市の紋章である獅子と天秤の旗がはためいている。


「おお!」


クーネルは思わずといった体で窓から身を乗り出した。

門をくぐった先に広がっていたのはまさに混沌と活気の坩堝。

石畳の道を埋め尽くす人々の波、威勢のいい商人たちの呼び込み、香辛料と焼き菓子の甘い香りが混じり合った、むせ返るような匂い。

道の両脇には武具屋、道具屋、布屋に宝飾店と、ありとあらゆる商店がひしめき合っている。


「ふむ、なかなか、活気のある街ではないか」


これまでの寂れた村とは大違いだ。

特にショーウィンドウに飾られた、きらびやかな宝石やドレスの数々にクーネルの金色の瞳は爛々と輝いていた。

元四天王として、いや、一人の女として、派手で高価なものが大好きな彼女にとって、この街はまさに宝の山に見えた。


「小僧、あの店へ行くぞ。あの赤い衣、妾によく似合いそうじゃ」

「あ、あれを買ったら…、宿なしだよ…」

「ならば、あちらの首飾りじゃ。あの輝き、妾の美貌を引き立てるに違いない」

「……だから、お金が」

「ええい、この役立たず。何のために金貨を稼いできたのじゃ」

「あれは今後の生活費。…浪費は冒険にあわない」


ぴしゃりと言われ、クーネルは「むぅ……」と不満げに頬を膨らませる。

手持ちの金では露店で売っている果物を買うのが関の山。

ショーウィンドウの向こうに広がるキラキラした世界は今の彼女にとっては高嶺の花でしかなかった。

その事実が、元女王様のプライドを地味にしかし確実に削っていく。


「仕方ない。少しは稼ぐとするか、ギルドとやらに行くぞ」

「それなら」


しょげかえるクーネルの首根っこを掴み、ラクレスは人波をかき分けるようにして、街の中央に位置するという冒険者ギルドへと向かうのだった。


タヴロッサの冒険者ギルドは、ラクレスでさえこれまでに見てきたどのギルドよりも巨大で、そして騒々しかった。

酒と汗と鉄の匂いが充満するホールにはいかにも歴戦の猛者といった風体の冒険者たちが、昼間から大ジョッキを煽り、下品な冗談を飛ばし合っている。


「うげっ。なんという掃き溜めじゃ」


クーネルは鼻をつまんで顔をしかめた。

彼女のような場違いな美少女の登場にギルド中の荒くれ者たちの視線が一斉に突き刺さる。好奇、品定め、そして下卑た欲望が入り混じった、不快な視線の集中砲火だ。


ラクレスはそんな視線からクーネルを庇うようにさっさと受付カウンターへと向かった。

カウンターの向こうでは気の強そうな赤毛の女性――受付嬢が、頬杖をつきながら面倒くさそうに座っている。


「……何か用かい?」

「依頼を探しに。それと、この街の情報を少し」


ラクレスがボソボソと答えると、受付嬢は彼の全身を、特にその背に負った神々しい鎧を、値踏みするようにジロジロと眺めた。


「へぇ、あんた、見ない顔だね。その鎧、ずいぶんと上等そうじゃないか」

「……ただの、冒険者だ」

「ふーん……」


受付嬢は何かを思い出したようににやりと意地の悪い笑みを浮かべた。


「ああ、そういえば、最近面白い噂を聞いたよ。なんでもロックボアをたった一人で討伐したっていう、寡黙な勇者様がいるってね。その傍らにはどんな怪我でも治す奇跡の力を持った、そりゃあ美しい黄金の髪の聖女様がいらっしゃるとか」


さすが情報屋、目立った話題は当たり前のように知っている。

クーネルは満更でもない顔で腰に手を当て、それほどでもないが?と自慢げにふんぞり返っていた。

そして受付嬢の言葉にギルド内がざわついた。


「なんだって? ロックボアを一人で?」

「馬鹿言え、そんなの与太話に決まってるだろ」

「聖女様だぁ? そんなもんがいるなら、俺の借金をチャラにしてもらいてえもんだな、ガハハ!」


嘲笑が、ホールに響き渡る。

受付嬢の目は完全に二人を「噂の渦中にいる面白いおもちゃ」として捉えていた。


「そうなんだろ、勇者様?」

「…へ、変な噂を立てないでくれ」

「悪かったよからかって。まぁこういうものは変な尾ひれが付くもんさ」

「そ、それより、なにかいい話はないか…」

「腕に覚えがあるなら、うってつけの依頼があるんだけど」


彼女はそう言うと、カウンターの隅に立てかけてあった、ひときわ大きな依頼書を指さした。羊皮紙には禍々しい筆致でこう書かれている。


【緊急依頼:廃城の亡霊騎士討伐】

内容:タヴロッサ郊外の『嘆きの廃城』にて、夜な夜な亡霊騎士が出没。街道を通る旅人を襲撃し、被害者多数。亡霊の正体を突き止め、これを討伐せよ。

危険度:B+(ただし、精神汚染の危険性あり)

報酬:金貨10枚


「金貨10枚……!」


その額にクーネルの目がカッと見開かれた。

金貨10枚! それだけあれば、あの赤いドレスもあの首飾りもついでに極上の酒と肉も好きなだけ手に入るではないか!


「小僧、これじゃ。この依頼を受けるぞ」


クーネルはラクレスの袖をぐいぐいと引っ張りながら興奮気味に叫んだ。

しかし、ラクレスは依頼書を一瞥するなり、顔をしかめて即座に首を横に振った。


「無理だ」

「なぜじゃ。亡霊退治なぞ、ロックボアに比べれば赤子の手をひねるようなものじゃろうが」

「……亡霊が、旅人を襲って金品を奪うなんてありえない。これは亡霊の噂を隠れ蓑にした、人間の盗賊団の仕業だ」


ラクレスは冷静に分析する。

彼の言うことには一理あった。


「私もそう思うけどね、あそこらへんには盗賊がけっこういてね、まぁそいつらのせいだと思うよ」


ギルドの人間もラクレスに賛同する。


「相手が武装した盗賊団なら、危険すぎる。対人戦闘になる可能性が高い依頼は受けられない」

「あの岩の猪よりも恐ろしい相手か?」

「…それは、違うけど。ともかく俺は、その、人との戦いは苦手なんだ」


そう言って、ラクレスはきっぱりと断った。

彼の頭にあるのはクーネルの安全だ。

彼女を守るという名目上、何十人いるかも分からない盗賊団との戦闘はあまりにもリスクが高すぎた。


「ふん、この臆病者めが。ほら、妾、なんと言われておる?」

「聖女様、だろ? かわいいもんだねぇ」


クーネルの問いかけに、ギルドの受付嬢は言葉を続け、最後に鼻で笑った。


「聖女さまバーサス悪霊、もはや響きからして勝ったも同然じゃ。ッシュ! シュ!」


クーネルは身をかがめ、ラクレスの腰を軽く殴った。


「そういう問題じゃない……。嫌なんだ」


クーネルはぷりぷりと怒り、ラクレスは頑として首を縦に振らない。

その様子を見ていた受付嬢は「あらら、聖女様がこういってるんだから受けたらどうだい?」と、さらに面白そうに煽ってくる。


結局、その日は依頼を受けることなく、二人は気まずい雰囲気のまま、ギルドを後にすることになった。

クーネルの頭の中は金貨10枚と、きらびやかなドレスのことでいっぱいだった。

どうやってこの石頭の陰キャ小僧を説得するか、その算段を巡らせ始めるのだった。

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