さぁ共に復讐の旅路へ
村に戻った二人は英雄として迎えられた。
「ロックボアを単独で討伐した、寡黙なる勇者」
「その傍らに寄り添い、奇跡の力で勇者の命を救った、慈愛に満ちる聖女」
そんな、尾ひれどころか手足も翼も生えたような噂が、あっという間に広まっていた。
二人は村長の案内でギルドの出張所へと向かい、依頼の達成を報告した。
担当者はラクレスの無傷な姿と、その隣でふんぞり返っているクーネルの姿を見て、驚愕と畏敬が入り混じった顔で、約束の報酬――金貨5枚と、村からの特別報奨金を入れた、ずっしりと重い革袋を手渡した。
宿屋に戻るなり、ラクレスはその革袋の中身を、テーブルの上にじゃらりとぶちまけた。
金貨と、銀貨と、銅貨の山。
人間界の金に馴染みのないクーネルはそれがどれほどの価値を持つのか、いまいちピンとこない。
「……半分、君の分だ」
ラクレスが、金貨の山を二つに分けながら言う。
「ふむ」
クーネルは金貨を一枚つまみ上げ、しげしげと眺める。
(魔王城の床に敷き詰めておったものより、随分と質が悪いな)
そんなことを考えながら、とりあえず金貨をガブリと噛んでみた。
「……何してるんだ」
「硬さを確かめておるのじゃ。金は柔らかいほど純度が高いからのう」
「……何かの鑑定方法? 偽物じゃないと思うが」
「なにをいう。金で一番大事なのは味じゃぞ」
黄金のクーネル蛇将軍は黄金を食って鱗に蓄えることができる。
なので当たり前のように食おうとしていたが、この歯では金が噛み砕けなかった。
呆れたようなラクレスの視線が、クーネルに突き刺さる。
「さ、今度こそおしまいだ。その金があれば、君が言っていた教会まで十分に帰れると思う」
ラクレスは自分の分の金を革袋にしまうと、そう切り出した。
再び、別れ話である。
「そうか」
クーネルはテーブルの上の金貨を指でいじりながら、尋ねた。
「のう、小僧。この金は食えん。しかし金で酒は飲めるかのう?」
「……は?」
「祝杯じゃ。あの忌々しい豚猪を倒したのじゃからな。一杯くらい付き合え」
有無を言わさぬ口調でそう言うと、クーネルは自分の分の金貨を乱暴に掴み、さっさと部屋を出て行ってしまった。
ラクレスは深々とため息をつきながらも結局その後を追うしかなかった。
酒場は傭兵や村人たちでごった返していた。
噂の勇者と聖女の登場に、一瞬静まり返った後、ワッと歓声が上がる。
二人は一番奥のテーブルへと案内された。
クーネルは早速一番高そうな葡萄酒を注文し、ぐびぐびと飲み始める。
一方、ラクレスは水のようなエールをちびちびと飲むだけだ。
「お主、料理は最高でも戦いはイマイチじゃな」
「俺は…、故郷じゃ結構人気な食堂のせがれだったんだ…」
「なるほど。ならばなおさら、そのままシェフをやってたほうが良かったように思えるが」
「俺だってそうしたかった…。魔物に街を破壊されるまでは…」
クーネルはさすがに酒を飲むのを止めた。
お前のせいだと言われてるようなものである。
「しかしなにも冒険者になる理由はないじゃろ。それほど腕が立つわけでもないのに、なぜ危険な依頼ばかり受けるのじゃ? もっと安全な仕事はいくらでもあるじゃろうに」
クーネルが、不意に尋ねた。
「……守りたいものが、あるからだ」
「守りたいもの?」
「……俺には妹がいた。明るくて、よく笑う子だった。でも魔物に襲われて……俺のせいで、死んだ。だから……もう誰もあんな目に遭わせたくない」
クーネルはさらに顔を歪めた。
お前のせいで店は潰れて家族は死んだと言われたようなものである。
酒が不味くなる話である。
ぽつり、ぽつりと語るラクレスの横顔はいつになく真剣だった。
「それにこうやって魔物が現れる所にいけば、いつか、いつかやつが…」
「ふぅん、根っこはそこか。ようは故郷をめちゃくちゃにしたやつの復讐じゃな」
「…自分でも無理なのはわかる。君は聖職者だ、復讐なんて無意味だと説教するか?」
「あんずるでない。妾も家を魔族に奪われ、復讐の旅路の最中じゃ。お互い、意味のない事を必死にしとるようじゃな」
暗い顔だったラクレスが小さく笑った。
「き、君ってやつは…。酒は飲むし、復讐をする。なまぐさ坊主っていうんだぞ、そういうの」
その時、一人の派手な身なりの女が、二人のテーブルへとやってきた。
いわゆる、娼婦というやつだ。
「勇者様、おめでとう。今夜、私と一緒にお祝いしない?」
女はラクレスの肩に色っぽく手を置いた。
途端に、ラクレスはキョドり始める。
「い、いや……俺は……その……」
「何よ、照れちゃって。可愛いんだから」
「や、やめ……!」
「あっら~、近くで見るとすごくいい顔♡ お近づきになりたいわぁ~♡」
全身を硬直させ、完全にフリーズしている。
その様子を見て、クーネルは呆れたように言った。
「何をためらうことがある。別に女の一人や二人、その金で買ってくればよいじゃろう」
「買えって…、お、俺は、楽しくない…!」
「その歳でまさか誰も抱いたことがないわけじゃなかろうに」
その言葉にラクレスは顔を伏せ、さらに真っ赤になった。
図星らしい。
「……君は本当に教会の人間なのか? 酒は飲むし、女を買えとか言うし」
か細い声で、ラクレスが尋ねる。
「うむ、そうじゃそうじゃ。わらわ、きょーかいのほうからきた」
もちろん、すっかり出来上がっているクーネルは適当にそう答えるだけだ。
クーネルは目の前の金貨の山を見つめながら、今後の計画を練っていた。
鎧を手に入れても強くなるか未知数で、ぶっちゃけ自分では使いたくない。
それにこの陰キャ小僧、飯が美味いとくる。
最大の目標は復讐とはいえ、道中、まずいパンを食い続けるのも絶対に嫌。
(よし、決めた)
彼女はにやりと笑うと、ラクレスに向かってこう宣言した。
「小僧、新しい依頼を受けぬか」
「…依頼?」
「うむ。妾は強い仲間を探しておる。ある魔物を倒すためのな」
四天王を追放された恨みを晴らすためにも。
「じゃが見ての通り、か弱い乙女じゃ。そこで貴様に、当面妾の護衛をと炊事係を依頼する。報酬はこの金貨全てじゃ」
クーネルは自分の前の硬貨の山を、ラクレスの方へと押しやった。
その間に、鎧の件をどうにか判断しよう。
それが、彼女の出した結論だった。
「……護衛」
「どうじゃ? 悪い話ではあるまい? これだけあれば、貴様の『守りたいもの』を守るための、活動資金にもなるであろう?」
「いやだめだ、俺は1人じゃなきゃ…。だってこの契約の聖剣は――」
「はぁ? えらい名前で呼ばれとるのぅ。かまわんかまわん」
クーネルはふんぞり返り、テーブルに足を乗せた。
しかし聖剣と呼ぶにはどす黒いオーラを感じる。
不滅の聖鎧といい、契約の聖剣といい、なかなか物騒なものを持っている。
「きらっきらんらんに装飾されたとて、その剣が吸った血の量、想像に容易いわ」
ラクレスは実力がない。
だからこんな呪われた装備をして、どうにか冒険者をやっている。
まぁ、やつがパーティを組まないのはコミュ障のせいでもあるのじゃろうが――。
クーネルはテーブルから足を下ろし、少し前かがみになった。
そうして、胸元を仰ぐようにパタパタとひっぱって見せた。
ラクレスの酒を持った腕が止まった。
暗い髪の毛の奥から鋭い視線が、クーネルのたわわに実った胸元に飛んでくる。
ガン見、である。
(こやつ、女が苦手ではあるが、結構好きもんじゃな――)
「ちなみに妾、ベッドで寝るときは裸族派じゃ」
「そ、それがなんの関係――、あ、あるんだ!?」
「おんやー? なにを焦っておるのやら。今後、妾は部屋は別々が良いと申しておるのじゃ。まぁ、どうしてもというなら仕方がないがのぅ」
明らかにキョドり始めるラクレス。
嘘は言っていない。だって蛇将軍の時は服を着て寝ないから。
ラクレスはしばらく黙って考え込んでいた。
やがて、こくりと頷いた。
「……わ、わかった。全部承知の上だっていうなら、俺も止めない」
「お? さては宿は一緒の部屋がご希望じゃな?」
「ち、ちちち、違う部屋だ! からかわないでくれ! 君はほら、無茶するし、なんだか世間知らずだし、ほっといたら、その、なにしでかすかわからない!」
ラクレスは大きくため息をつき、目をそらしながら手を差し伸べてきた。
「しばらくだ、君に相応しい仲間が見つかるまで、パーティーを組もう。よろしく、復讐仲間」
「共に想い人をぶっ殺せるその日まで、じゃ」
お互いに手を握る。
こうして、ひょんなことから、新たな契約が結ばれた。
正義を胸に抱く呪われた陰キャ勇者と、腹に一物も二物もある呪われた元魔王軍四天王。
敵対するはずだった2人が手を組む。どこか歪な凸凹バディの旅が、ここに始まったのである。




