弱さ
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
朝食の片づけを終えると、カヲリは集落の食品加工棟へ向かった。
冬の間、この村では納豆づくりが大切な仕事の一つになる。カヲリはまだ大豆を蒸す時間や藁づとの扱いに慣れておらず、今日も年配の住人から手順を教わることになっていた。
レイが本当に問題を起こさないか気にならないわけではなかったが、その監視役はケンが引き受けている。マルコも当然のように二人についていった。
「何かあったら、すぐに知らせてね」
家を出る前、カヲリがそう念を押すと、マルコは空中で一回転して応えた。
『モチロンです。ワタクシが二人ともしっかり監視しておきマス!』
「二人ともって、俺もなのか」
ケンが苦笑いする。その隣で、レイは涼しい顔をしたまま言った。
「適切な相互監視は、共同生活の安全性を高めます」
ラボに着いたケンとレイ、そしてマルコを見ると早速博士は片付けの内容を手短に伝え始めた。
ラボ一階のガレージ脇には、旧世界の機械部品や紙の資料、用途の判らない試作品が積み上げられた倉庫がある。博士が扉を開けた途端、古い油と乾いた紙、それからわずかに湿った木箱の匂いが流れ出した。
『なるほど、これを片付けるのデスネ』
「そうじゃ。せめて人が歩ける場所くらいは作りたい」
柊博士は悪びれもせずに答えた。
マルコが空中で一回転する。その横で、ケンは入口を塞いでいた木箱を両腕で抱え上げた。
「とりあえず、使うものと使わないものに分ければいいんですよね」
「それができれば苦労はせんのだよ」
博士の返事を聞いたレイは、ほんのわずかに首を傾げた。
「埃の被り方から使用履歴が推定でき、修復可能性、代替部品の有無、資源価値、将来の需要予測。基準を定めれば即座に分類可能です」
博士は肩をすくめて笑った。
「まあ、お前さんの言う通りだ。ここはクールなAIのお前さんに仕分けてもらうとするか」
要らないと思われるものをまとめて1箇所に集めることに決めて作業に取り掛かる。
ケンとレイはものを運び出し、マルコは床を掃除する役割分担だ。
「じゃあ俺はこれを運ぶから、レイ、それを向こうへ頼むよ」
ケンは一つの木箱をひょいと抱えて持ち上げた。
レイも指示された箱の両側へ手をかけ、腰を落とした。持ち上げようとした箱は床からわずかに浮き、すぐに鈍い音を立てて元の場所へ戻った。
もう一度、今度は足の位置を変えて試す。レイの白い頬に力が入り、腕の筋肉がわずかに震え、箱をようやく腰の高さまで持ち上げた。
『ドウシマシタ? 完全型ヒューマノイドさん』
「重心の取り方を確認しているところだよ」
『ナルホド、どうやらこれは随分と時間がかかりそうですネエ』
「うるさいな、見た目よりずっと重いんだよ」
結局、レイは木箱の片側を持ち、反対側をケンに持ってもらうことになった。
どうやら筋組織がまだ上手く機能していないのか、人同様に負荷をかけることで高い筋力を獲得する必要があるのだろう。ヒューマノイドであるレイの身体機能は、恐ろしいほど人と近く再現されているに違いない。
レイが初めて現れた時の警戒心を思えば、拍子抜けするほど非力であるように見えた。
30分ほど作業を続けたところで博士が様子を見に来た。
レイは床に片膝をつき、最も近くにあった金属製のケースを開いていた。中には掌に収まるほどの小さなロボットが横たわっていた。片方の車輪は外れ、丸い頭部には深い亀裂が入っている。
「動力部は腐食。記憶素子も損傷しています。修復しても、この集落で代替できる機体はいくらでもある」
レイはそれを持ち上げ、入口近くに置いた廃棄用の箱へ入れようとした。
「待っとくれ、それは捨てん」
博士の声に、レイの手が止まった。
「そいつはな、ここへ来た最初の冬に、吹雪の中を薬を運んだんじゃ。人が歩けんほどの雪の中を、何度も横倒しになりながらな」
レイはしばし無言で博士を見つめたあと、壊れたロボットをケースの中に戻した。
そこへ、保存食の入った箱をラボへ届けに来た二人の住民が姿を見せた。先頭にいたのは、レイが検疫棟へ現れた夜、博士たちを呼びに来た赤い服の男だった。今日は厚手の赤い作業着を着ている。
男はレイの姿を認めると、足を止めた。
「博士、こいつをもう検疫棟から出したんですか」
「昨日で二週間じゃ。身体の解析も、予定していた検査も終わっとる」
博士が答えた。
「身体の話をしているんじゃありません」
男はレイを見たまま言った。
「そいつが見たものは、どこへ行くんです。マザーAIへ送られるんじゃないですか」
「現時点で、私の身体から外部へ向けた通信は行っていません」
レイが淡々と答えた。
「現時点では、だろ」
「未来にわたって通信が絶対に行われないと証明することは、私にもあなたにもできません」
「ほら見ろ」
男の声が大きくなった。
「そんなやつをラボの中に入れて、博士は平気なんですか。ここに何があるか、ノアに全部知られるかもしれないんですよ」
『レイはノアの命令で来たのではナイと言っています』
マルコが二人の間へ入るように移動する。
「AIがそう言えば信じろっていうのか」
男はマルコへ視線を移した。
「悪いが、お前とそいつが同じだって保証もない。俺たちはノアのAIにさんざん監視されてきた。そんな簡単に、はい仲間です、とは思えない」
マルコは何かを言おうとして、止まった。
レイは男の表情を見つめていた。その呼吸の速さ、声の震え、握りしめられた拳。彼が自分へ向けているものが、論理的な危険評価だけではないことは理解できた。
「あなたが私を信頼しないことは、合理的です」
レイは言った。
「また、私の滞在によってこの集落が発見される危険性は、ゼロではありません」
「レイ」
背後から、女性の声がした。
白崎ユリが、奥の廊下からこちらへ歩いてきた。
「その人が聞きたいのは、リスク解析の数値ではないわ。わかっているのでしょう?」
レイは赤い作業着の男をもう一度見た。
「失礼しました。あなたの今感じている恐怖を取り除ける保証を、私は何も持ちあわせていません」
沈黙のあと、男は保存食の箱を床へ置いた。
「気味の悪いやつだ、少なくとも俺の家には近づくな」
「わかりました」
レイはすぐに答えた。
男は博士へ何か言いたそうな顔をしたが、結局そのまま仲間とともにラボを出ていった。
扉が閉じる音が、倉庫の中へ冷たく響いた。
レイはユリに向かって言った。
「虚偽によって彼らを安心させる方が望ましかったでしょうか?」
「いいえ、別にそれは望まない。私たちだってあなたのことは正直測りかねている。村の人たちが疑うのも無理はないわね。とにかくあまり目立つ動きはしてもらわないほうがお互いにとって賢明ね」
『ソウです。レイはワタクシの管理下のモトでなるべくしおらしくしていればヨイのデス』
「いちいち言い方がひっかかるね、きみは」
レイはマルコにそういいながら、右手の指を何度か開閉してその動きを確かめていた。
「痛むのかね」
博士が聞いた。
「多少の筋組織の緊張を検知しています。損傷と呼ぶほどではありません」
そのやりとりを見てユリが言った。
「博士。そろそろいいんじゃないですか」
「そうじゃな」
柊博士は腰を伸ばし、白衣についた埃を手で払った。
「レイ。片づけはここまでじゃ。今度は少し、話をしようか」
「クワイエット・ワールド」は、シリーズ作品「 ファントムシティ」の続編小説です。
主題歌:Quiet World / music by うたのほし
https://youtu.be/k3BW2gk8aOw




