共同生活
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
-冬の柔らかな朝の日差しが薄手のカーテンをすり抜けて、カヲリがひとりで寝ている二階の寝室を明るく染め上げる。
窓の外に積もった雪から反射する白い光が、部屋の天井を淡く照らしていた。このところ続く厳しい冷え込みは少々身体に堪える。しかし、この村に辿り着くまで、長年、電力の不安定な旧世界の廃墟同然のコンクリート街で暮らしていたカヲリにとって、村のフリーエネルギーによって暖房が絶えることのないこの部屋は心地よく、いつも温かな布団から出るのがつい遅れがちだった。
今朝は目覚ましをかけた時間よりも少しだけ早く目が覚めたようだ。朝の日差しに加えて、家の一階から聞こえてくる声や音に気がつくと同時に、カヲリが身を置くことになった奇妙な共同生活がついに始まった事を思い出す。
2階の洗面台で顔を洗い軽く身支度を済ませるとパジャマのまま、恐る恐る階段を降りる。どうやら声はキッチンから聞こえている。
「アア〜、だから言ったではないデスカ、もっと手早く巻かないと!」
「うるさいねキミ、この完全有機体の身体は何をするにもいちいち修練が必要なんだよ。キミみたいな無機質な個体にはこの苦労はわからないだろうね」
AIロボットのマルコと、AIヒューマノイドのレイが2体・・・2人でクッキングヒーターに向かい何やらツンケンとした様子で言い合っている姿が目に入る。
「マッタク!せっかく親切にフォローしてあげたのにコレですか」宙に浮かんだマルコはプイッとその身を翻して、階段から降りてきたカヲリに気がつく。
「カヲリ、おはようございマス!」
「おはよう、マルコ、ねえ、あれって・・」カヲリはクッキングヒーターに体を向けてぎこちなく動いているレイを指差してマルコに問う。
「レイがカヲリとケンの朝ごはんを作っていマス」
「えっ」おどろいたカヲリの声を聞いてレイが振り向いた。
「おはようございます、カヲリさん、昨夜から居候の身となりましたのでせめて家事くらいは私もお手伝いしましょう」
そう言いながらレイはフライパンから皿に卵を焼いた"何か"を盛り付けた。
「卵焼きならぬスクランブルエッグですね、モハヤ」マルコが言う。
「うるさいな、形は何だっていいでしょう、きっと味はご満足いただけるでしょう」
そういう例の手元の皿には崩れかけた卵焼きの出来損ないが二つと、焼いた食パン2枚、バター、トマトのサラダが並んでいた。
「・・・えっと、あ、ありがとう」
レイに向かって戸惑いながら言うカヲリにすかさずマルコが割って入る。
「大丈夫ですカヲリ、変なものは入れてなかったデスから。ワタクシが監視している限り悪さはできないデショウとも」
「本当に失礼だな、キミは、僕がそんなつまらないことする意味がないことわかって言ってるでしょうに」
憮然として言いながらレイは食事をテーブルの上に並べ始めたのをみてカヲリも残った皿を持って手伝う。
「二人分なのね」
「そうです。私の体はほぼ完全な有機化合物でできていますが、食事は不要です」
カヲリとレイのやりとりに挟んでマルコが解説を加える。
「皮膚細胞に光合成に似た有機光変換器官が組み込まれており、光や熱から直接エネルギー生成できるようです」
「もうひとつ、ナノスケールのバイオ燃料電池を血流中に配置し、環境中の化学物質からエネルギーを生成できる」レイも淡々と自分の仕組みについてさらに補足した。
「何だかよくわからないけどすごいのね、完全型のヒューマノイドって」
カヲリがレイの話に目を丸くしているとすかさずマルコが言う。
「それなのに卵焼きひとつまともに作れないのデスから、完全型とはイヤハヤ・・・」
「だからさ、キミと違って筋組織と神経伝達系は人間のほぼそれだから練習が必要なんだよ、まったく。さっさとキミもお仕事してきたら、お掃除ロボットさん」
「ムキーーー!お掃除ロボットって言うナーー!」
「ちょっとAI同士で朝から喧嘩しないでよ」カヲリもたまらず言う。
「・・ずいぶんと騒がしいな、あ、いい匂い」
ケンが寝癖をつけたまま起きて来た。レイの居候に伴い監視役としてケンも昨夜からカヲリとマルコの家にやって来て、これまた居候として2階の個室をあてがわれていた。
レイは1階の小さな4畳半ほどの和室を自ら希望してそこを個室としている。マルコは1階も2階も行き来する監視役を嬉々として担っていた。
ーーー「いただきます」
カヲリとケンは声を揃えてレイが作った朝食を食べた。
「おいしいね」と言いながら食べる二人。それを見て満足そうに頷き、マルコを見るレイ。マルコは静かに中でクルリと一回転する。
「ごちそうさま、ありがとう」食べ終えた二人はまだちょっと戸惑いながらもレイにお礼を言い、食器を片付け、それぞれ身支度をしていると普段の村での仕事の開始時間が近づいていた。
ケンは基本的には監視役をとなっているので仕事については免除されており、レイの行動を見張りながら何かやることがあれば村からの指示で家のなかでできる内職をするという話になっていた。
「わたしも何か村での仕事を手伝いたいのですが」
レイにそう言われたケンは、思いがけない要望にどうしたものかとカヲリとともに困惑し、答えあぐね、マルコを通じて柊博士に問い合わせると、博士は何やら面白がり「ではラボの片付けを一緒に来て手伝ってくれ」というのでそうすることにした。
昨夜まで降っていた雪はすっかりやみ、冬晴れの青空から澄んだ朝の日差しが地上へ降り注いでいる。奇妙な共同生活の初日は、思いのほか村に馴染むように、のどかにスタートしていた。
「クワイエット・ワールド」は、シリーズ作品「 ファントムシティ」の続編小説です。
主題歌:Quiet World / music by うたのほし
https://youtu.be/k3BW2gk8aOw




