#9_隠された歴史
「先生に勝っちゃうなんてすごいじゃん!」
「僕はてっきり補習か何かなんじゃないかって思ってたけど、どうしてそんなに強いのさ!」
「学園で一番強いかもしれませんねっ」
クレアたちは突然正体を現したヒーローに駆け寄り、心からの称賛を浴びせた。
アーシェスが反応するよりも早く、ゼストがこの場の全員に釘を刺す。
「今見た事は口外禁止とする。破った者は退学もあり得ると心しておくように」
その言葉で興奮は一気に冷まされ、クレアたちだけでなくシェリーやカザックも動揺した。
「彼の強さは常識外れですが、でもっ、緘口令を敷くほどではないと思いますけど」
「教師が学生たちに侮られるのを懸念しての事ですか?」
ゼストは頭を振る。
「それもあるが、それでは済まない可能性を私は懸念している。とにかく、彼の強さへの言及も禁止とする。以上だ」
そう言ってゼストは謎ばかりを残して立ち去った。
皆は呆気にとられたが、理事長の決定に従わないわけにはいかない。それに、勇者であるゼストが言う事でもある。何か理由があるはずだ。
教師たちは勇者としての言葉、ケイトたちは理事長としての言葉として受け取った。
シェリーがゼストの命令を繰り返す。
「……それぞれ言いたい事はあるかもしれないけれど、今後は詮索する事も口に出すことも禁止よ。ただあの子は強い、ただそれだけの事として見るように」
「はぁい……」
ジャックは貴族たちをぎゃふんと言わせてやれるかもしれない期待を失くして一番落ち込んだが、根は良い子で聞き分けも良い。素直に返事をしてこの場は解散となった。
――――――――――――四十年前――――――――――――――――
「どうしてですか、教皇様っ!彼の魔王を倒したのは紛れもなくその旅人ですっ。それを私が成した事として公表するなど、聖職者にも勇者にもあるまじき行為。ただの詐欺師ではありませんかっ」
魔王城から戻ったゼストは、魔王との戦いを教会の執務室で教皇に報告していた。
それを聞いた教皇の口から出た言葉は、ゼストには到底受け入れがたいものだった。
「落ち着きなさい」
「これが落ち着いていられるものですかっ。そんな嘘を吐いては先に逝った彼らに顔向けできませんっ。もういい、教会から出た話は私自身が悉く修正して民たちに伝えて回ります」
大股で出口に向かうゼストを教皇は大声で一言叫び、引き留める。
「これは、その民たちの為でもあるのです!」
扉に掛けかけた手を止めて振り返る。
「……どういう事でしょう」
訝りながら、とりあえず話を聞く。
「いずれまた、世界のどこかで魔王が現れるのは貴方もご存知でしょう。その時、教会は貴方ほどに実力の備わった者を勇者として送り出せますが、果たして魔王を倒しきれなかった貴方と同等の存在を、人々は勇者として受け入れ、希望を託せるのでしょうか?そして、貴方の話にあった彼も行方が知れない。
教会が民たちの心の拠り所になれはすれど、勇者以外の何に希望を見出せるというのでしょう」
「それはっ……」
「その者は貴方に言ったのでしょう、勇者に匹敵する者を育てなさいと。彼の言葉を現実にするには、貴方は勇者のままでいるべきではないですか?」
教皇の言葉の意味を考える。
ゼストが意地を張って世界中の人々に真実を伝えて偽勇者と知れ渡ったならば、弟子を取ると言っても一体誰が偽勇者の門弟に入ろうと思うだろうか。
偽物だろうと民たちの希望を失くしてはならない事も含め、教皇の提案は理に適っていた。
「……納得はできません。が、理解はしました」
「有り難う」
そういう話になるのであれば、ゼストとしてももはや遠慮をするつもりはない。
「そういう事であれば、共犯者の教皇様には私の手伝いをしていただきます」
「ふむ、何をすれば?」
「主に、金銭面と物資の援助をお願いします。多くの人に戦いのいろはを教えるには良い環境は必須。ただの冒険者に、それを整えられる資金はありませんので」
教皇は破顔して快く承諾した。
「良いでしょう。まずはこの教会に保管されている、エリクシア様より賜ったと伝えられるアーティファクトを貸し与えましょうか」
教皇はゼストを執務室に待たせ、宝物庫から水晶を持って来た。
「これは触れた者の能力値を計るアーティファクト。門弟が何を得意としているか早く知る事が出来るので、これからやろうとしている事に必ずや役に立つでしょう」
「っ!いや、協力していただきたいとは申しましたが、そんな貴重な物、恐れ多くてさすがに受け取れませんっ」
「構いません。私たち教会の者が持っていても宝の持ち腐れでしたからね。道具は使ってこそ意味がある。どうか、使ってやってください」
「……そういう事であれば、預からせていただきます」
ゼストは両手で慎重に受け取った。
この水晶こそが、後の入学式のステータス査定で使用された水晶だった。
――――――――――――現在――――――――――――――――
ゼストは理事長室へ続く廊下を歩きながら、アーティファクトへ疑いを持った。
「(これまで何万人と計って来たが、今回みたいな的外れな計測結果は皆無だった。私が酷使し過ぎたせいで壊れかけているのか、それともアーシェスに何か秘密があるのか。
どちらにせよ一度、教皇に視てもらった方がいいだろう。それよりも、問題は彼だ。
魔法実技・剣術、どのクラスに加えるべきか……いや、そもそも参加させる事自体がまずいな。彼には他の学生とは別のカリキュラムを用意してやる必要があるか)」
翌日のFクラスのホームルーム。
「……と、みんなへの伝達事項は以上よ。あとはアーシェス、あなた宛てね」
「なんだ?」
「今日から始まる魔法実技と剣術の授業、あなたは参加しなくて良いわ。代わりに、私が個人レッスンすることになったから」
個人レッスン。何でもない単語のはずなのに、妙に悩ましい響きなのは何故だろう。
「一対一か。悪いが、それほど戦闘向きとは思えないが」
「誰が実技をやるって言ったかしら?」
「では、何をすると?」
「そう!その言葉遣いよっ。確かあなたの保護者は世間を教わって来いと言って送り出したんだったわよね?なら、その世間を学ばせてあげる」
「「おおっ!」」
啖呵を切るようなシェリーの姿勢に、クレアたちは感嘆の声を上げた。
「先生っ、思いっ切りしごいてやって!」
「アーシェスに悪意はないのは分かってるんだけど、上下関係のある場所でこのままなのは良くないよね」
「礼節を身に付けるのは、アーシェスさんにとってもプラスになるはずです。頑張ってくださいね」
そんなこんなで魔法実技の授業が始まる。
ケイトとジャックはテストで共にD判定だったので、F判定だったクレアとは別の場所で授業を受けている。
「Fランクを担当するメリッサ・ライオネルです。これからよろしくね、クレアさん」
「よろしくお願いしますっ!」
卒業生含め学園の学生となった者は最低でも魔力値15を下回った事はなく、最低でも野球ボール大の攻撃魔法が使えて当然だった。そこにクレアやアーシェスのように魔力値が1や10しかない者が入るのは前代未聞。
学園側も一度受け入れてしまった以上は面倒を見るしかない。
悪い意味で他の学生とレベルの違うクレアの為に、彼女専門のクラスが新たに設けられたのだった。
「話には聞いていましたけど、元気が良いですね。その調子でどんどん上達していきましょう」
「はいっ」
「ではまず、体の中の魔力をすぐに感じ取れる訓練をしていきます。意識を体の内側に集中してください」
「はい。むむむっ」
そんな風にして授業が行われ、昼休み。
食堂に入ったクレアは受け取り口にいた職員に半券を渡した。
「お願いしまーす」
「はいよ、ちょっと待っててね」
後ろにずらりと積まれたランチボックスの中からクレアの名前を探す。
一通り確認し終わったようだが、もう一度探し始めた。
「なんか、嫌な予感がするんだけど……」
二回確認し終えた職員は、困り顔でクレアに問う。
「申し訳ない、見つからないんだ。君、確かに昨日の朝に申請したのかい?」
「もちろんです。この半券が証拠だと思うんですけど」
「ふむ、確かに今日の日付になっているな……。すまない、どうやらこちらのミスだったようだ」
「うぇ~っ、じゃあ、どうするんですかぁ」
「本当に申し訳ない……」
「……お昼、なし?」
職員は心から申し訳なさそうに頭を下げた。
そこにケイトとジャックが来る。
「何かあったの?」
「その様子……。まさか、クレアさんのお昼は……」
「うん、おあずけみたいだね、ははっ……」
空虚な笑いに二人は顔を見合わせ、とりあえずそれぞれのランチボックスを受け取る。
そして、ケイトが言った。
「では、とりあえずテーブルに行きましょうか。お昼は私とクレアさんで半分こしましょう」
「ええっ!だ、だめだよっ、気持ちは嬉しいけどそれじゃあケイトが途中でお腹すいちゃうよっ」
その言葉を待っていたようなジャックが得意げに口を出す。
「じゃあ僕のも含めれば……これで本来の量の三分の二だ。少し少ないけど、これで午後の授業は凌げるよね」
ランチボックスの蓋の上に料理を乗せ、柔らかい笑みを向けて来た。
「ジャックまで……」
ケイトとジャックは微笑んでクレアを見る。
優しいクラスメイトに感謝し、元気を取り戻した。
「二人とも、ありがとう~っ!」




