#10_昼食がないッ!(1)
「約束もなしですまないが、教皇様はおられるか?」
ゼストはアーティファクトの水晶を木の箱に入れて教会を訪れていた。
訊ねられた神官は申し訳なさそうに頭を下げる。
「申し訳ありません。猊下は現在、国王よりお呼びが掛かって王城へ出向いております」
「そうか。いつ頃戻られるかは?」
「未定です。使いに来られた兵士の方が相当慌てておりましたので、重要な用事かと思われます。
泊まり込みになる事も考えられますので、もしゼスト様の用件が急ぎであれば、王城へ直接お訪ねになってみてはいかがでしょう」
「いや、そこまでする程ではない。日を改めよう」
ゼストは教会を出てから考えた。
「陛下が教皇様に火急の用件というのは、何事だろうか」
王城・会議の間。
ここに教皇を始め有力貴族たち、近衛兵隊長に将軍クラスの人物、ギルドに所属するA級冒険者たちが集められていた。
「いったい何だ、こんなに仰々しいなんて」
「俺ら冒険者がここにいるのは何かの間違いじゃねえのか?」
「……どうにも、居心地が悪いな」
会議室の壁際で貴族たちを見据えながら、冒険者たちは訝っていた。
その視線を受けている貴族たちも、テーブルに付きながら冒険者たちを蔑んだ目で見る。
「なぜ下賤の輩がこの場にいるのか」
「陛下は伝令に行先を間違って教えたのではないか?」
「汗臭さがここまで来るようだ。いやだいやだ」
その光景を呆れ顔で見る教皇と近衛兵隊長ら。
だが、貴族の中でも真っ当な人物は何人かはいた。
「ここには猊下もおられるのだぞ、少しは静かにできないのか」
「ガーランド公爵……」
椅子に座りながら両者を睨み一喝。
貴族中最上位に位置する一人の彼に逆らえるものは、貴族にも冒険者にもいなかった。
静まる会議室に数人の安堵の息が漏れ聞こえた後、扉が開いて中年の国王が宰相を伴って姿を見せた。
「遅くなって済まない。早速だが本題に入らせてもらう。宰相、皆に説明を」
「はっ」
ひょろりと背の高い、眼鏡をかけたいかにもインテリっぽい中年男性が一歩前に出て会議室を見渡してから言う。
「今朝方、隣国のビステクト王国の間者から報告がありました。移動民族蛮族国ゴルドゲルズが四日前、その隣のサラーシュ王国に突如攻め入ったと」
椅子に座って悠然と構えていた貴族たちは騒然とし、冒険者たちは興味深そうな目をした。
「サラーシュ王国は突然の侵略になすすべもなく、二日で陥落しました」
すでに落ちたと聞いた貴族と冒険者たちの反応は同じだった。
「マジかよっ。あまりにも早すぎやしないか?」
「それほどゴルドゲルズの侵攻が凄まじかったということだろう」
宰相は続ける。
「問題はここからです。サラーシュに保管されていたアーティファクトが、覚醒の心鍵だという事です」
「無理やり人の凶暴性を引き出して狂戦士に仕立て上げると言われている、アレか」
「はい。ゴルドゲルズの王がそれを知っていれば、サラーシュの民を次々と狂戦士に変えて尖兵とするでしょう」
「胸糞の悪い話だぜ」
「サラーシュが占領されてまだ二日なので目立った動きは今の所ないようですが、ゴルドゲルズの者たちはこれで終わるような輩ではありません」
会議の間は重苦しい雰囲気に呑まれた。この場限りかもしれないが、貴族だとか冒険者だとかの確執は失われていた。
近衛兵隊長がそこで初めて口を開いた。
「幸い、我が国は南から南東にかけてラインハルト帝国があり、さらにビステクト王国にも守られている。ゴルドゲルズが動いたとしても、準備を整える時間くらいはあるだろう。
いま打てる手は、サラーシュ方面の守りを固めておくくらいだ」
そこで言葉を切ると、国王が後を引き継いだ。
「今日、皆に集まってもらったのはこの事を頭に入れておいてもらうため。何事も起きぬうちは他言せぬように。いたずらに民の心を惑わしてはならん。
それと、いざ奴らが目前に迫った時の対処を考えてもらいたい。
貴族らの家系には優秀な者は多くいるだろう。そして冒険者たちには積み重ねてきた経験と知識が。
有事の際は両者共に王国軍に加わり、その手腕を存分に発揮してもらいたい」
貴族たちは立ち上がって礼をして受け入れる。
一方の冒険者たちは顔を見合わせて困惑していた。
「って言われてもよ、正規軍や貴族の私兵と俺らじゃ戦い方も人の動かし方も全然違うからな。足を引っ張り合うだけだと思うけど……」
「お互いに不満を抱えながらの戦いになるのは目に見えてるな」
その言葉を聞いた近衛兵隊長が少し考え、提案を申し出た。
「ならば、冒険者の方々は独立部隊のような扱いではどうだろうか?王国軍の作戦内容は共有してもらうが、その上で状況を判断して動いてもらう。無論、原則として動く際は伝令を走らせてからにしてもらいたいが」
「ふむ……」
冒険者たちは暫し考え、そして頷いた。
「ああ、お互いにとってそれが良いだろうな。あと、もちろん作戦中に起きた事はすぐに報告させてもらうぜ」
「よし、決まりだな。陛下、このようなもので如何でしょうか」
「うむ、良きに計らってくれて助かった。余はそういう事には疎くてな。冒険者らも、不愉快な思いをさせてしまったようだな」
国王から謝罪を受けるとは畏れ多く、礼節に疎い彼らでも慌てた。
「い、いやそんなっ、別に不愉快だとかそんな事はっ」
「そこまで深く考えなくても大丈夫ですからっ」
無作法に慌てふためく冒険者を、貴族たちは呆れた目で見る。
「これだから下賤の者は……」
「おい、思ってても口に出すな。また咎められてしまう」
その光景も長くは続かず、宰相が残りの話をする。
「それと教皇様。貴方のお力をお貸しください」
「ええ、それは構いませんが、戦いは専門外ですので……」
「まさか。猊下にそんな事をお頼みいたしません。お貸しして欲しいのは、勇者の力です」
勇者。その一言が出た瞬間、貴族と冒険者たちは動きが止まった。
「勇者ゼスト……彼が出てくれれば狂戦士が何百人来ようと怖くはないっ」
「あの学園の卒業生で冒険者になったヤツを何人も知ってるが、かなりやる。そいつらも集めれば守備が盤石になるのは間違いない」
室内の声は期待一色。
しかし教皇はその空気感に流されずに、きちんと釘を刺しておいた。
「勇者は教会預かりの身とはいえ、私に戦いを強制する権利はありません。話だけは通しておきます。どうするかは彼次第という事をお忘れなきよう」
「それで充分です」
それからの会議は勇者の参戦が決まったかのような雰囲気で進んでいった。
フォスノウス学園・昼休みの食堂。
またもクレアは職員の前で昼食の半券を手にしたまま戸惑っていた。
「え……また今日も、ですか?」
「俺にもどうして二日続けてこんなことになってるのか……きちんと注意したはずなのに、申し訳ない」
「そんなぁ……」
立ち尽くすクレア。
ここに立っていてもランチボックスが渡されることは無いと分かってはいるが、完全には諦めきれない心が足を重くさせていた。
そこへ昨日と同じく二人が声を掛けるが、振り向くクレアの様子からまさかという予感がした。
「クレア、そんなトコに突っ立ったままでどうし……まさか」
「今日もお昼、無いんですか?」
クレアは項垂れながら振り返り、力なく頷く。
「うん……」
その答えに二人もショックを受ける。
「嘘だろ……」
「そんな。こんな立て続けにクレアさんだけ忘れられるなんて……」
ケイトの批判めいた言葉に、職員はもう一度クレアに頭を下げた。
「申し開きようもない。二度と無いようきちんと管理するよう、徹底させる……」
「はあ……」
クレアは生返事をして、受け取り口から離れる。
二人は急いで追い、昨日と同じ様に昼食を分け合った。




