#8_アーシェスの嫌疑(2)
終業のチャイムが鳴る。
シェリーがアーシェスに理事長から呼び出されている事を伝えた。
「じゃあ、このあと向かってちょうだい」
「いいだろう」
「ほんと、相変わらず偉そうな口調……」
「あはは……」
シェリーが教室を出ると、早々にその後を追うようにアーシェスも理事長室へ向かうべく出て行った。
残った三人は顔を見合わせて、興味津々と言った風に頷き合う。
「理事長からの呼び出し……。何をしでかしたのか、これはクラスメイトとしてとても心配だよね。これは放ってはおけないよね」
「当然。このままじゃ夕ご飯が喉を通らないよ」
「なんだか面白そうですものね」
悪ノリする若者三人。
せっかくクレアとジャックが濁していたのに、ケイトがぶちまけた。
ひとつ笑い合ってから、アーシェスに気付かれないように三人は追いかけた。
アーシェスは理事長室の扉をノックした。
「アーシェス・アルシェイドだ」
「入りなさい」
「失礼する」
アーシェスは理事長室に入り、扉を閉めた。
すかさずクレアたちは扉に駆け寄って耳をそばだてた。
「呼び出して申し訳ない。とりあえず、そこに掛けなさい」
「ああ」
促された応接用のテーブルの方を向くと、既にラウマールとカザックが座っていた。
彼らに気にすることなく空いているソファへ座ると、続いてゼストがアーシェスの正面へ座った。
「それで、用件は?」
何故かアーシェスが上司みたいになっている。
ゼストは二人の講師に目配せしてから言った。
「単刀直入に訊こう。まず、先日の魔法実技の授業で君がやってみせたのは、どういう代物か答えてくれるか?」
「……あの的に中てるやつか」
「そうだ。君は私の目の前で何かを放った。それは何だ?」
学園に来てから常に堂々とし落ち着いていたアーシェスが、沈黙した。
そして、何かを考えるかのように目を伏せる。
「……何故、そんなことを訊く」
どうやら彼は嘘が付けない性格のようだ。悪い学園生ではないのだろうが、不正を働くかどうかは別の話だ。
カザックが例の的を取り出して説明する。
「これは君が中てた的だ。穿たれた箇所に魔法の痕跡が見当たらない。暗器のような物理的手段でやっていなのであれば、どうやってこの穴を開けたのか説明して欲しい」
「つまり、騙したと疑われているわけか」
「……包み隠さずに言えば、そういう事になる。もし不正を働いたのであれば、相応の罰則を科さなくてはならない。正直に話してくれないか」
ここで答えなかったら、恐らく退学になるだろう。
そこまでして隠すような話なのかどうか、アーシェスには判断が付かなかった。
だが、これから世話になるであろう目の前の大人たちには、少し事情を説明しても良いだろう。
「……捨て子だった俺はある人に拾われ、世界中を旅する中でその人から色々な事を教わった。そんな中で俺を拾った人は言った。世間を学んで来い、と。そして、この学園を受験させた」
「(あ、捨て子って私とおんなじだったんだ)」
クレアはほんの僅かに親近感を覚えた。
アーシェスの答えは話の本筋から外れていたが、ゼストは敢えてアーシェスの話に乗る。
「では、ここにある遊牧民の出身というのは」
「作り話だ。捨て子で家を持たない人間は怪しまれると聞いた。だからあの人と相談して決めた」
「確かに身分のはっきりしない者は受け入れ難いが……。世間を学ぶというのであれば、何もこの学園を選ばなくても良かったのではないか?」
「他の学園では、魔法と武術の両方を教えてはいないだろう?」
「その通りだが、どうしてそこまでこの学園にこだわったのだ?」
「……ついでに己の実力がどの程度か知るには良い場所だと、そう言われた」
「ついで、か……。その保護者に?」
学園の理念がおまけ程度で片付けられて苦笑したゼストへ、アーシェスは首肯で返した。
カザックが話を戻す。
「君の出自や入学を志望した理由も分かった。では、あらためて聞くが、この的はどうやって?」
「……それは、答えられない」
「それは何故だ?」
「俺を拾った人が、誰にも話すなと言っていた」
「ふむ……だが、これだけは答えてくれないか。魔力を用いたものか、そうでないか。これを聞くことができなければ、君をこの学園に置いておくことができない」
アーシェスは少しの間逡巡してから言った。
「魔力を使った」
「わかった。私の用件はもう終わりだ」
カザックは息を吐き、二人へ目配せした。
少し間を置き、今度はラウマールが切り出す。
「では、次は私の質問に答えてください。貴方のその強さ、どこで誰から教わったものですか?」
「拾ってくれた人だ」
聞いたゼストはカザックと目を合わせた。
「という事は、君のその魔力の使い方や剣も、その保護者から?」
「ああ」
ゼストは目を見開いて、カザックは大仰に頭を振った。
ラウマールは椅子から立ち上がり、アーシェスに着いて来るように言った。
「師匠、どこへ?」
「これからこの者の真の実力を見定めるのです。結局、授業では剣を交えずに終わらせてしまいましたから、そのやり直しですよ。さあ、グラウンドへ行きましょう」
一同は席を立ちあがり、ラウマールは理事長室の扉を開けた。クレアたちがおかしな恰好でそこにいた。
「あ」
「えっと」
「ご機嫌、よう?」
「貴方たちは、確かFクラスの……」
アーシェスは無表情で疑問をぶつけた。
「何をやっている」
「あはは……大丈夫?」
「何がだ?」
気まずそうにしているFクラスの面々の前に立ったゼストは、思いがけない言葉を掛けて来た。
「丁度いい。今後の事を考えれば、クラスメイトのステータスを把握して置いて損はない。君たちも一緒に来なさい」
「えっ、良いんですか……?」
「やったっ!」
「ありがとうございます、理事長」
そうしてFクラスの面々を連れだって、途中でシェリーも拾ってグラウンドへ。
ゼストやシェリー、クレアたちが見守る中、アーシェスとラウマールは木剣を手に向かい合う。
そして、ラウマールは確信した。
「(この闘気、やはり勘違いなどではありませんでしたね)」
かつて対峙した事のある魔王の幹部と戦った時の緊張感が蘇った。
まさかの、学生相手に本気を出さざるを得なくなるかもしれないという予感がする。
「では、早速始めましょうか。貴方としても、長引いて観衆が集まってきては都合は良くないでしょう」
「ああ。では、行くぞ」
碌に構えていないアーシェスだったが、言い終えた瞬間に彼から物凄い威圧感が放たれ、離れていたクレアたちにも伝わった。
「うぅわっ、なんだかぞくぞくする……」
「奇遇だね……僕もだよ」
「このプレッシャー、まさかアーシェスさんが?」
ラウマールはいよいよもって彼を子供として見るのを止めた。
「(これ程とは……。彼をここまでの境地に押し上げた御仁に興味が湧きますね)」
そして、アーシェスは動く。いや、消えた。
一瞬でラウマールの横に立ち、二の腕に向けて片手で握った木剣を水平に薙ぐ。
「なんとっ!」
どうにか寸前で反応できたラウマールは飛び退くが、完全に回避しきれない。寸でのところで木剣でのガードが間に合った。
「くぅ」
土の上を滑る身体。どうにか立ったまま足裏で地面を擦って勢いを殺し、体勢を整える。
それを待ってから、アーシェスはもう一撃入れるために消えた。
ラウマールが再び彼を捉えられたのは、真下から掬い上げるように迫る木剣越しだった。
動けない。動く暇がない。
「(予想以上です……。この者は、この世の誰よりも強い)」
アーシェスの木剣はラウマールの顎下数ミリのところで止まった。
見守っていた全員が有り得ない光景に言葉を失っていた。
「まだ続けるか?」
「いや結構。私の気のせいではなかった」
ラウマールは額に薄く脂汗を滲ませて、木剣を下げるとアーシェスも剣を下ろした。
「しかし、やはり分からない。これだけの強さをすでに持っているというのに、どうして貴方の保護者はこの学園を選ばれたのでしょうか。魔法や剣を学ぶのであれば他にもあるというのに……」
「俺はただここを勧められたから来ただけだ」
外野が呆然としているその中で、ゼストの様子だけが少し違った。
「あの動き、あの速さ……彼を拾った人とというのは、まさか……」
推測が合っていれば、ゼストの人生を変えたあの人に違いない。
それを確認すべく、アーシェスへ詰め寄った。
「アーシェス。君を拾った人というのは、昔に魔王を倒してはいないか?」
「何ですと?」
先に反応したのはラウマールで、耳を疑っていた。
「いきなり何を言い出すのですか。魔王を倒していたというのであれば、誰もがその名前を知っているはず。そして、今の世に名を馳せているのは貴方だけなのですよ」
「……申し訳ありません。これは亡き前教皇様との間で交わした約束で、いくら師匠といえど話すわけには……。それでアーシェス、どうなんだ?」
遠くにいるカザックやクレアたちには、この会話は聞こえていない。むしろ、こうなるようにゼストが誰よりも早く詰め寄ったのだろう。
予想される答えを誰にも聞かれないように。
そして、アーシェスは口を開いた。
「さあ、どうだろう。あの人はどうでもいいことはすぐに忘れる人だからな。もしかしたら倒してるかもしれないし、倒していないかもしれない」
「……では、今どこに?」
「それも知らない。俺は学園に通う為にあの人と別れて一人でここに来た。今は山を越えているのか海を渡っているのか」
「そうか……。いや、それでは君はもうその人と会えないということにならないか?」
「その辺りは抜かりない。というより、あの人は俺が何処にいても、何故かすぐに探し当ててくる。ここから追放されてもすぐに見つけるだろう」
驚きが止まらない。
「……それも本当なら、規格外なんてものじゃないな」
「神々にも迫ろう御仁を想像してしまいますね」
「ええ……。師匠、この話は時機が来るまでここだけの話にしておくべきかと」
「無論です。が、例えこの話が漏れたところで信じる者は一人もいないでしょうが」
「それもそうですね」
何やら話が纏まりそうだったが、アーシェスとしてはそれでは終われない。
「それで、俺は学園に残れるのか?」
「ああ、そうでした。すみません、とんでもない話だったもので、つい失念してしまいました」
「君の疑いは晴れた。というか、魔法実技の時の件に関しては君の都合で立証しようもないが、ここまでの君を見ていてよく分かったよ。嘘は吐いていない、とね。
ただ、そこまでの実力を持っている君が授業を受ける意味があるのか甚だ疑問ではあるのだが」
「俺も全てを教わったわけではない。あの人が見落としていたものを学べるかもしれない」
「そうか、なら良い。あとは、君をどのランクのクラスに割り振るかだが……追ってシェリー先生経由で伝えよう」
「分かった」
そうしてアーシェスの嫌疑は晴れたのだった。




