#7_アーシェスの嫌疑(1)
四十二年前。
エリクシア教総本山エイル教会で若き日のゼスト・クライスは、教皇より勇者の称号を拝命した。
「ゼスト・クライス。各地における功績を称え、其方を新たな勇者に任ずる。そこの神官と旅をし、仲間を集め、魔王出現に備えよ」
「はっ」
そうしてA級冒険者の中でも屈指の実力者だったゼストは勇者となり、神官と世界各地を巡って魔物退治しながら仲間を探すようになった。
その旅路にどんなことがあったかまで語られることはないが、一年ほどかけてようやく魔王と戦えるような人たちと出会い、お互いを高め合った。
仲間たちと旅をしている最中、町の人たちからついに魔王が現れたという噂話を聞き、早速噂の断崖の孤城へ向かった。
道中の魔物や魔族をなぎ倒して城へ入り、大広間で待ち受けていた魔王と戦った。
結果、彼以外の仲間全てを失った死闘の果てに、勇者は魔王に打ち勝った。
「そして、勇者は後に続く者を育てるために、このフォスノウス学園を創設した。その勇者が、今の理事長」
「はえ~。勇者とか魔王っておとぎ話に出てくるだけかと思ってました」
「そこまで知らないっていうのは、田舎だからで済むのかな……」
ここでもジャックは苦笑い。シェリーが今話した事は世界各地で語り草のような、いわば常識のようなものだからだ。
「先生。これが面白い話ですか?みんなが知ってるような話だと思うんですけど」
「そうね。でも、ここまででもクレアさんにとっては面白かったんじゃないかしら」
「はいっ。これがこうなりました、とか、この次にこうなりました、とかの授業よりも面白かったです。まるで本を読んでるような感じでしたっ」
「……まあ、君が少しずつでも僕らの知る『当たり前』を知っていけるのは良い事かな」
「あらジャックさん。話はまだ終わっていないわよ?」
「え?」
シェリーはいたずらっぽく微笑んでから、話を続けた。
「みんなに聞くけれど今の話、どこか違和感を覚えなかった箇所はないかしら?」
腕を組んだり天井を見上げてみたりと各々が思考を巡らせる。
アーシェスだけは寝ているのか目を瞑って興味なさげだが。
少ししてケイトが自信なさそうに声に出してみた。
「もしかして、この学園を創るという部分でしょうか?魔王を倒した話から学園を創るまでの繋がりが突拍子もないように感じました」
「ん~、まあ概ね正解よ。今や当時を知る人たちは寿命で亡くなって、理事長も学園創立に至った経緯を話したがらないから都市伝説の域を出ないのだけれど……」
三人はシェリーの言葉の続きに集中する。
「実は、魔王を倒したのは勇者ではなく、急に現れた旅人だという話もあるの」
「「えっ!?」」
世界を揺るがしかねない話に、三人は声を上げて驚いた。ジャックとケイトは口を開けたまま固まり、クレアは物語がまさかのどんでん返しに興味津々だ。
そして、アーシェスは薄眼を開けてシェリーを見た。
「その旅人が理事長に、後継を育てなさい、と言い残してこの学園が創られたという話。ただ、それを全部鵜呑みにするには説得力の欠ける部分もある」
驚いたままのケイトが思いついた問題点をあげた。
「どうして何処の誰とも分からないただの旅人が魔王を倒せたのか、という点ですか?」
「その通り。しかも勇者パーティでも苦戦を強いられた魔王相手に、よ。そして、その旅人も魔王を倒した後はすぐに行方をくらましたというのだから、この噂の信憑性は更に欠ける」
「ですが、何故そのような噂が出てきたのでしょうか」
「それは多分、勇者になったとはいえ、ギルドに所属していた冒険者が教育機関を立ち上げるというのが不自然だったからじゃないかしら。
冒険者っていうのは、人々を困らせる魔物や魔族を退治したり町の人たちの依頼を受けて生計を立てる人たちだし、そんな生活をしてきた人が教育と結びつかなくてそういう話が生まれるのは理解できなくもないわ」
「これは、ぜひ理事長に話を聞かなきゃ!」
「ばっ!勇者様が僕たちに易々とお会いしていただけるわけないだろうっ。それに先生も言ってたじゃないか、話したがらないって」
「むぅ、ケチ」
一体誰に向けた「ケチ」だったのか。
そこで授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
理事長室でゼストは今後の学園行事の資料に目を通していた。
集中していた脳に、ノックの音が混ざった。
「はい」
「ラウマールです」
「師匠?どうぞ、開いてます」
扉を開けて入ってきたのは、剣術の授業を担当していた老人だった。
ラウマールは書類の束に目を通していたゼストを見て気を遣った。
「邪魔したようですね。出直してきましょう」
「いえ大丈夫です。それより、師匠がここに来られるとは珍しいですね。何かありましたか?」
「ええ。今年の新入生に少し気になる子がいたので。彼のプロフィールを拝見したいと思いましてね」
新入生の経歴で、師匠である彼の気をここまで惹くような人物はいただろうか?
思い当たる節は全くなかったが、言われた新入生の資料を取り出そうと棚に手を伸ばす。
その時、またノックがした。
「はい」
「カザックです」
ゼストはラウマールを見ると首肯した。
「開いています、どうぞ」
「失礼します」
そうして入ってきたのは、魔法実技の授業を担当していた男性講師のカザック。手には鞄ほどの大きさの袋を持っていた。
カザックはラウマールの姿を認めると、遠慮がちに窺った。
「先客がいらっしゃったとは。申し訳ありません、また時間を置いて出直してきます」
「いや、こちらは問題ない。カザック先生さえ良ければラウマール先生の話の後に用件を伺おう」
「恐縮です」
ゼストはファイルから件の新入生の資料を探し、やがて一枚の紙を引き抜いてラウマールに差し出す。
「こちらの学生で間違いは?」
「……ええ、そうです。アーシェス・アルシェイド、彼です」
「アーシェス、ですか?実は私もその件で……」
出た名前にカザックは驚いた。
ラウマールは訝ってどういう事かと訊く。
「カザック先生も彼の事で?」
「ええ、少し気になる事がありまして」
「……お二方、どういう事か詳しく」
応接用のテーブルに移動し、アーシェスのプロフィールの前で話し出す。
「では、まずはラウマール先生から」
「ええ。私が彼の資料を求めたのは、剣を交えずとも伝わってくる強者のオーラを感じたからです。それだけなら勘違いの可能性もありましたが、立ち姿に全く隙がない。
あれほどの人物……もしかしたら、貴方以上の実力を秘めているやもしれません」
「私以上の……」
「ちょっと待ってください」
そんな新入生がいた事に衝撃を受けたゼストに、カザックは割り込んだ。
「彼がそのような人物だとすると、もしかするととんでもない逸材です」
「……まさか、魔法の授業でも何かあったというのか?」
頷いて見せ、説明する。
「そのまさかです。実力毎のクラス分けをしていたのですが」
「ああ、あの的に向って魔法を撃つアレか」
「そうです。これを見てもらった方が早いでしょう」
カザックは手に持っていた袋から取り出したのは、的の円の部分。
その中心を指して言う。
「ここに、小石程度の穴が空いているのが見えますでしょう」
「……まさか、これも彼がやったと?」
「ええ。ですが、単に的を撃ち貫くだけなら、相当な腕前の魔法士であれば可能です」
「では、アーシェスは若年にしてその域に至っていると?」
「物心ついた時から優れた師に付いて研鑽を重ね続けていれば或いは、といったところでしょうが、問題はそこではないのです。この穿たれた内側の縁の部分、何か気付きませんか」
二人はまじまじと見て、同時にとある事に気が付いた。
「そんな、ばかなっ……。こんな、こんな事が出来る人間がいるのか」
「これは驚きましたね……。私の知り合いの魔法士でも、こんな事が出来るとは聞いたことがありません」
「そうです。風が引き裂いた痕も、燃えた痕も、土の歪さも、水が触れた痕跡もないのです。しかし彼は確かに私の目の前で、目にも止まらぬ速さで何かを撃ち出したのです。それも、体を動かすこともなければ、詠唱もせずに」
「詠唱なしで、だとっ!」
「……信じられないですね」
強力な魔法を行使するには、どんなに優れた魔法士であっても神々の力を借り受けるプロセスである詠唱は欠かせない。
ただし、その魔法についての理解度が高ければ詠唱を短縮でき、魔法名だけを唱えれば撃ち出せる。その場合は魔法名が詠唱として認識される。もし理解度が足りなければ不発、もしくは半減した威力で発現する。そして、この法則は中級魔法以下に限定される。
そして、この的は上級までの魔法には耐えられる設計。防げるはずの上級魔法でも、魔法を一点に凝縮させて放てば的は破壊できるかもしれない。
つまりは、最低でも上級魔法以上が行使されたという証拠。詠唱省略のルール外である。
「学生でも上級魔法を扱えるものは少なくはないですが、無詠唱で発動できる無属性上級魔法というのは聞いたことがありません」
「そもそも、無属性魔法は基本的に初級魔法にしか存在しないはず。しかも、それは魔法というよりは魔力そのものだ。空気や熱のような魔力に、そんなことが出来るとは思えん」
「隠れた逸材か、手品師の類のどちらかということになりそうですね」
改めて三人はアーシェスのプロフィールを見る。
出身、性別、生年月日は読み飛ばし、入学式に行われたステータス査定の結果を見る。
「体力120、魔力値10……10っ?!では、何かを仕掛けたという事に――」
「いや、それは早計に過ぎるでしょう。体力は120だというのに、あの尋常ならざるオーラ。私にはこの数値が真実を語ってるとは思えません」
「それに、信仰心も1とは……。どういう理由で誤魔化しているのかは分かりませんが、というかあのアーティファクトを誤魔化せるとは思えませんが……。そういう事だと片付けたとしても、今度はどうやってアーティファクトの目を誤魔化したのか……」
「……やはりこれは一度、彼に話を聞いてみるしかなさそうですね」
カザックの言葉に二人は同意し、シェリーを捕まえて彼を放課後この理事長室に来るよう伝言を頼んだ。




