#49_バトルフェスティバル(4)・クレアの試合
サルザーの勝利を誰もが疑わなかった。それが、一分もかからない内にひらりと覆った。
歓声はなく、困惑えどよめく会場。観客席からまばらに聞こえ始めて来た「八百長だ」というブーイング。観衆たちは容易くそれを信じ、バトルフィールドにゴミが投げ入れられる。
「っざけんなっ!こっちはサルザーに大金賭けてんだよっ。こんな出来レース認められっか!」
「胴元が損するからってこれはねえだろ!無効だ、こんな試合無効だろっ」
「金返せバカヤローッ!」
八百長でないことは本人たちがよく知っている。だが証明する手段がない。荒れに荒れる会場。
見かねた主催者の一人であるザッツベルドの国王が貴賓席から腰を上げた。
「静粛に。私がこれから説明しよう」
たったその一言で次第に会場は静まり、国王の言葉を聞く準備が整った。
「この試合、傍目から見ても体格差や年齢で劣るクレア・シールズが勝てる見込みがないように思えたのは私も同じだ。
だが、主催者たる私とノウェスト、サウェストの国王の元には全ての出場者の情報が回ってきている。クレア・シールズの情報も、だ。結論から先に言えば、不正は無いだろう」
その口ぶり、パンフレットの情報以外のものを仕入れていると言っているようなものだ。基本的に出場者全員の個人情報は、受付時に記入した登録用紙の中にしかないはず。
間諜のような存在がファナリースの出来事を掴んだとするならば、クレアが指名手配犯だという情報も入手しているだろう。
だが、国王はクレアの状況を省いて説明する。
「詳細は伏せるが、彼女が本イベントに参加した背景には、本人ではない第三者の意向のみが働いている。彼らは彼女の勝敗に拘りはないと申していて、その理由についても確かに納得のいくものだった。
彼らがサルザーに金を握らせる必要性は皆無。それから、皆も考えてみてくれ。もし本当にクレア・シールズに実力が無いのであれば、初戦から対戦相手に金を握らせ、優勝するまでそれを続けていったらどうなる?
一戦勝つ毎に賄賂の金額は跳ね上がり、例え優勝したとしても大損は目に見えている。そんな愚かなことをすると思うか?」
会場内から反論の声は上がらない。それは国王が相手だからという理由もあるだろうが、大半の者が確かに、と冷静に思い直したからだった。
国王はゆっくりと会場の反応を窺い、話を締めくくった。
「理解してくれたようで何より。それでは審判、あらためてジャッジを頼む」
「は、畏まりました。……この試合、勝者っクレア・シールズっ!」
すぐには拍手や歓声は上がらなかったが、ぽつぽつと音が出始めれば徐々に大きくなり、クレアの勝利は観客に認められた。
クレアは安堵の吐息を零してからサルザーの肩から降りた。
サルザーは振り返り、どこか申し訳なさそうに眉を八の字に曲げて言う。
「なんていうか……すまなかったな、お嬢ちゃん。なんか色々と事情があるみてえなのに、変な事言ってよ」
「えっ」
大男でゴツイ見た目からは想像できない気弱な顔を見せられて、クレアは驚いた。
素直なその表情にサルザーは苦笑する。
「ははっ、まあこの後も頑張れよ。だけど、次の試合も俺みたいにぬるいヤツとは限んないから、気を引き締めてかかるといい。
今のでこの会場に来ている出場者はお嬢ちゃんの境遇を知っただろうが、それで手を抜いてくれるようなヤツらじゃないからな。それに、次にやるのは仮にも初戦を突破した強者だ。
生き延びたければ、棄権という手もあるのを忘れるなよ」
「おじさん、意外と優しいんだね。ありがとうっ」
「おじっ!?まあいいや、ともかく初戦突破おめでとう」
サルザーはグローブを外して握手を求め、クレアは笑顔で応じた。
気持ち程度会場内の拍手が大きくなったように聞こえたのは気のせいだろうか。
会場の大ホールの壁に掛けられた魔道巨大モニター。そこに映し出されていた試合風景を見ていたならず者数名。クレアを捕えてこのイベントに参加させた一味の構成員である。
試合がクレアの勝利で終わったところを見届け、一人がこの国のアジトにいるまとめ役へ報告に戻る。
「ま、初戦くらいは勝てて当たり前だろう。じゃなきゃあ天下の勇者学園の名が泣くってもんだ」
陽の光が届かない地下の一室。ランプの灯りに照らされるリーダーの男、スネイルが報告を受けて答えた。森の中でクレアの処遇を決めた男である。
彼は話を切り上げるように立ち上がって廊下へ向かうが、思い出したように言葉を付け加える。
「ああ、そうだ。次の試合は俺も観に行く。ウチの商品がどんだけのモンなのか本気で分かんのは、二回戦からだろうしな」
頭を下げて見送る部下を一瞥もせず、彼はとある植物園に向かった。
園長が出迎え、挨拶もそこそこにして話しながら園内の奥へと進んで行く。
「まさか、ウチの顔が殺られるたぁ俺も予想外だったよ」
「私も顛末を耳にした時は悪い夢かと思いました」
「バケモンたちの世界はとんでもねえわ。まあそんなだからよ、以降は俺が仕切るからよろしく頼むわ」
「はい、こちらこそ今後とも御贔屓に宜しくお願いします」
園長は両手をすり合わせ、目を三日月のようにして笑顔を見せた。
スネイルも馬鹿ではなく、その笑顔の裏に何を考えているのかは理解しているので全く気にならない。
良い金蔓。
だがそれはお互い様というやつである。
「それで、出来はどうよ?」
「上々です。きっとご満足いただけるかと。すぐにお試しになりますか?」
「おうよ、そのためにここまで来たんだからな」
話しているうちに、関係者以外立ち入り禁止の別館の前に来ていた。
園長はポケットから鍵を取り出して扉を開けた。スネイルが中に入ると、内側から鍵を閉める。
別館の中は広大で、畑四反はありそうだ。その中には整然と一種類の植物だけが栽培されていた。
タマリア草。
外科手術にて用いられる麻酔薬の原材料となる植物。
麻酔薬、すなわち麻薬。
この草は表では麻酔薬に、裏では麻薬に加工されていて、その原材料が見渡す限りに植わっている。
麻酔薬として加工するなら、葉から抽出された汁適量と様々な薬品とを調合する。
麻薬として使うなら、葉っぱそのものをそのまま口に含むだけでも効果はあるが、一番キクのはすり潰して乾燥させたものを炙ってそ煙を吸引する方法だ。
人を拉致するような人間たちが医療に関心を向けるわけもないので、彼の目的は一つしかない。
「どうぞ」
園長は手ごろな葉を一枚スネイルに渡し、彼は躊躇いなく三分の一を口に含んで汁を吸う。
数秒すると、スネイルの目がぎらついた。
「これなら多少高くしても欲しがる奴はごまんといるな」
「お気に召されたようで良かったです」
「で、いつ頃から流せるよ?」
「実は既に既存の物と混ぜて流してあります」
「仕事が早えな。じゃあ、去年よりは儲かりそうだな」
タマリア草の出来を確認したスネイルは、園長室で今後の打ち合わせをするのだった。




