#48_バトルフェスティバル(3)・クレアの試合
バトルフェスティバル第一回戦の第一試合開始時、旅人は森で薬草を摘んでいた。背中の小ぶりな籠の中は豊富な種類の薬草が入っている。
薬草を採取して早一時間、痺れを切らしたような声が脳内に響く。
「(よいのか?対戦相手になるやもしれぬ者の戦いを見なくても)」
「おいおい。俺の今の状況分かって言って欲しいな。こうして薬草集めて売り捌かないと日銭が稼げないのは知ってるだろ?」
「(……なにゆえそんなに偉そうなのだろう?)」
「偉そうも何も事実だからな。言いつくろった所で金なんか湧いてこないし。ただまあ、森の生態系を考えれば、薬草を摘みすぎるのも確かに良くないな。
巨大な猛獣でも出てきてくれれば助かるんだけど」
「(そんな都合よく――)」
「ギャオオオオオオーンッ!」
熊の倍ほどありそうな巨大イノシシが、木々をなぎ倒しながら一目散に突っ込んできた。
旅人は拳を掲げて喜びを表現する。
「よっしゃあーっ!」
「(なんと都合の良い……)」
「これを売れば一週間は飯に困らなくて済むぞーっ」
「ギャオオオオオーン!」
大木をなぎ倒しながら迫り来る猛獣の目が、旅人を轢き殺さんと捉え続ける。
突進は地面を揺るがし、あっという間に巨大イノシシは旅人の目前まで迫っていた。
もう躱す間もない。だというのに、旅人は意気揚々としていた。
「今夜はごちそうだーっ!」
衝突する直前、巨大イノシシの顔の高さまで飛び上がって鼻っ柱に拳を叩きつけた。
突進の地響きよりも大きな衝撃を生んだ拳をもろに受け、悲鳴をあげることなく地面に臥せ息絶えた。
旅人は腰に差した剣を引き抜き、豪勢な夕食を思い描きながら嬉々として鼻歌を歌って獲物の解体に取り掛かった
――――――――――――――――――――――――――――――
バトルフェスティバル会場。
場内では進行役の男が実況も兼ねていた。その拡声魔道具が声を会場全体に伝える。
「ついに始まりました今年一発目の試合。対戦カードは大男と少女という、非常に対照的な組み合わせです。
資料によりますと、サルザーの武器はグローブ。内部に鉄板を仕込んだ特注品で、多少重量が嵩張る代わりに攻撃力と防御力が増しています。
対するクレアの武器はナイフ。特に何の変哲もないただのナイフです」
バトルフィールドにいた時とは違い、かなり落ち着いた口調だ。
「両者、戦闘態勢のまま睨み合っています。先に仕掛けるのはどちらか。サルザーは巨体を感じさせない軽やかなステップを踏み、クレアは静かに様子を窺っています」
そんな実況を無理やり聞かせられているクレアは迷惑そうに眉を顰めた。
「(集中したいんだけどなぁ)」
「会場もあったまってるみてえだ。でも悪いが、すぐに終わらせてやる、よっ!」
「わっ、と!」
ずっとサルザーの足元を見ていたクレアは、彼の声がした直後に地面に着いた片足が動くのを見た。両者の間合いの外から飛び込まれ、彼の間合いに入った足が地面に着いた瞬間に右へ飛んだ。
飛び退くと同時に、三メートルの距離をワンステップで詰めたサルザーの右フックがクレアのいた場所の空を斬る。
余裕をもって攻撃を躱されたサルザーは、訝りながらも感心した。
「ほほう。なかなかいい動きじゃないか。これはギアを上げていくか」
「お、お手柔らかにお願いしたいです……」
「目にも止まらぬ速さで繰り出されたパンチでしたが、偶然かまぐれか、僅かながらの余裕を持って避けましたっ。サルザーは追撃せず、仕切り直しを図るようです」
攻撃、わかりやすいなぁ。
思っても決して口にはしない。
サルザーは再び足を交互にステップを踏み始め、クレアはやはり足元だけに注意を向ける。
二人の距離は殆ど変わっていない。先ほどの一撃を躱されてもサルザーはクレアとの距離を詰めようとはしない。あくまでも中距離からの奇襲の一撃を狙うつもりだ。
これに似た状況にクレアは心当たりがあった。
「(まだ狩りを始めて間もない頃、緋色オオカミを相手したときと似てるなぁ……。あ、そういうことか)」
クレアが持つナイフ。これがサルザーが距離を詰められない理由だ。いくら弱き者でも、刃物を持っただけで脅威度は恐ろしいほどに跳ね上がる。
例えば十歳前後の子供がナイフを持っていたとする。素手の大人が子供を取り押さえようとしたら、達人でない限りは双方無傷で成し遂げるのは非常に難しい。武器を持った子ども相手でも、相応の装備と人手が必要になるのだ。
武器というのは、思う以上に心体に影響を与える。
つまり、ナイフを持つだけでなく初撃を躱したクレアを、それなりに危険視しているということ。
「(一手遅かったかな……。油断していた間にどうにか出来たら良かったんだけど。でも、目で追えないほどじゃない。学園でとんでもない人たちの動きを見て来たからかな、そんなに怖くないや)」
学園の授業は約二か月ほどしか受けられなかったが、毎日のようにとんでもない人たちの動きを見たり相手をしたりの経験が糧となっていた。
何より、個々に合わせたレベルでのカリキュラムを受けられたのが大きい。学年ごとに一律の指導をする一般的な学舎であれば、この短期間でここまで成長できなかっただろう。
それでも剣術の型や心得などは初心者もいいところだが、観察眼と動体視力、反応速度は入学当初よりも各段に向上していた。
「(まだこの人が本気になってない今のうちに終わらせなきゃ。逆上させちゃったら手に負えなくなるかもだし)」
実況の声がバトルフィールドにもうるさく響く。
「さて、再び睨み合っておりますが、先に動くのはどちらか。やはり体格的にアドバンテージのあるサルザーが攻勢に出やすいと思われ、この試合はクレアにとって非常に厳しいものになるかと予想されます」
「だってよ。今のうちに降参しとくか?」
クレアが先手を打たないと決めつけている余裕の笑み。
そんな声は、足の動きに集中するクレアの耳に入っていなかった。そして、絶好のタイミングはそのすぐ後に来た。
「(タン、タン、タン、タン……今っ!)」
サルザーの左足が地面から浮き、右足もまだわずかに宙に浮いているその瞬間、つまり体が完全に宙に浮いている瞬間を狙って、クレアは鋭く全力で飛び出した。
「なにっ!?」
終始受け身に徹すると思い込んでいたサルザーは、意表を突かれて反応が遅れた。いや、遅らされたと言った方が正確だろう。
胴を狙うクレアのナイフを避けようにも、肝心の足が地面から離れている。
予備動作が許される間もないので迎撃は不可能。グローブでガードするしか選択肢はない。
「くっ!」
腹部に拳を寄せる。まだナイフは届いておらず、ガードは間に合ったようだ。
だが、クレアの目にはそれも見えていた。そして、まだナイフを突き出してもいなかった。
「よしっ」
サルザーは来るべき斬撃を待ち構えていたが、その目が映し出したのは思いも寄らないものだった。
「なっ!」
クレアはグローブを斬りつけはしなかった。ガードを予測していたクレアは、腹部に置かれた拳に左手を置いてサルザーの頭上まで飛び上がり、宙で体を横回転させて背後からサルザーの肩に飛び乗った。
そしてサルザーの首に突きつけられるナイフ。
「降参、してくれないかな?」
サルザーは一瞬何が起きたのか理解できなかった。ただ、首筋に添えられている冷たい感触が命の危機を報せる。
この少女に人を殺せる覚悟や胆力はあるのか?それとも、出来ないから降参を促しているのか?どっちだ?
冷や汗を流しながら答えを考えていると、ナイフの切っ先が皮膚を突き破って血が一筋流れた。
「っ!……参った。俺の負けだ」
その瞬間、審判の声が会場全体に轟いた。
「勝負ありっ!勝者、クレア・シールズッ!」




