#46_バトルフェスティバル(1)
フェルツバーグは王宮の資料室でメモとペンを片手に、数字や文字と睨み合っていた。
まずは手始めに、件のイベントがどの程度国益に影響を与えているかを知ろうと思った。戦中と戦後、そして現在までの収支報告書に目を通す。
半世紀ほどの間蓄積されてきた報告書は、積み重ねると百科事典十冊分を優に超えている。すべてを確認して計算し、差を比較するのは現実的ではなかったと早々に思い知った。
「もっと期間を限定すべきか」
戦後直後から五年刻みでピックアップし、直近の十年だけは全て確認する方針に変更。それだけでも大分紙の束は減った。
これなら一週間くらいあれば終わるだろう。バトルフェスティバル開催まであと二週間はある。金の流れの歪みを見つけたとて何が出来るかはまだ分からないが、それまでには終わらせておきたい。
確認した結果、もしバトルフェスティバルの収入に頼らずともどうにか出来るようであれば、それが一番良い。
果たして国王や兄が言っていたように、かのイベント抜きでこの島は成り立たないのだろうか。
フェルツバーグが資料室に籠って丁度一週間。全てに目を通し終え、気になった点をまとめたメモを見て疑問が生まれた。
「……確かにかなりの収入であるのは間違いない。が、どういう事だ?元々我が国はバトルフェスティバルに依存しなくてもやっていける体力がある……?では、他の二カ国と足並みを合わせるために戦後企画したということなのか?
だめだ、それでは辻褄が合わない。サウェストとノウェストに気を使えるほどの余裕があったのなら、今頃この島はザッツベルドが支配しているはず。何が目的なのか見当がつかない……」
国王とベルバーグがバトルフェスティバルにあそこまで固執する理由はなんだ?この資料を見れば分かるように、よもや本気でイベント抜きではやっていけないなどとは考えてはいまい。であれば、私腹を肥やすためか?他の国のトップも同じ考えなのだろうか。
分からない。そして、疑問はまだある。
「そもそも、第一回の優勝賞金はどこから捻出したんだ?この企画が戦時中に発案されたのは、終戦合意の理由から見ても間違いない。終戦間際で疲弊している国庫のどこに、そんな余力があったというのか……。
もしかしたら、私が思っていたよりも根が深い問題なのかもしれない。企画発案当初の資料を調べるか」
それから終戦合意に関する資料やバトルフェスティバルに関する資料を探し回ること三日。関係しそうな書類は一つも見つからなかった。
「おかしい。毎年のイベント収支の資料はあるのに、発案者や当時の実行委員に関するものがどこにもない。保管されているのは別の場所……のはずはないか。ここ以外に資料室と呼ばれる場所はこの国にはない。
……まさか、処分されてしまったのか?」
バトルフェスティバルは広く巷間に知れ渡って入るが、建前ではそのようなイベントは存在しない事になっている。裏の行事であるなら、証拠は消されていてもおかしくはない。
悔しいが、ここで調べられる事はもうなさそうだ。
「行き詰ってしまった……。気乗りはしないが、バトルフェスティバルをこの目で見て何かを掴み取るしかないか」
十日近く資料を読み漁っても、真相に辿り着くピースはほとんど見つからなかった。しかし、ゼロではなかったことが小さな力となり、机にかじりついて疲弊していたフェルツバーグの背中を押す。
そして迎えたバトルフェスティバル当日。
民衆に紛れるために比較的質素な服を着たフェルツバーグは町に出て、会場へ通じる地下への隠し階段を下りる大勢の大衆の中にいた。
隠し階段とは言うが、これでは何を隠しているのか分からない。
歩幅を小刻みに、人の波は地下へ流れていく。
「こ、この全員がバトルフェスティバルを観に……?」
資料では金額しか目にしなかったので、実際の人の動きがここまでのものとは想像できなかった。
転ばないように階段を下りると、宮殿の大広間の五倍ほどあるホールに出た。
これだけ広い場所に出れば人の密度も緩和され、歩き辛さは解消された。
「地下にこんな広い空間が作られていたなんて……」
観客専用に作られた大ホールの壁際には、いくつかの出店があった。その中でも、ひと際異様な賑わいを見せている場所があった。
人垣のせいで、ここからは何が売られているのか全然見えない。
「そんなに人気の店があるのか?」
興味を惹かれ、近づく。だが、他の出店と何か様子が違う。違うのは店ではなく、集まった人の方だった。
「三番に二万っ」「五番に七万だっ!」「二番に三万」
これは何の話なのかとさらに近づいて観察すると、出店と思われた場所の後ろの壁には、魔道具により人の顔の画像が投影されていた。
「十二番に十万だ」
様々な声の後に、数字の打たれた番号の下にある数字が変動する。
そこまで見れば、箱入り育ちのフェルツバーグでもすぐに分かった。
「賭け、か」
呟くと、後ろから肩を叩かれた。振り返ると少し体格の良い中年男性が口の端を吊り上げていた。
「兄ちゃんは誰に賭けるんだ?」
少し馴れ馴れしい感じがするが、これが庶民の中では普通なのだろうと思う事にする。
「え、私か?」
「当たり前だろう。ほら、もうすぐ空くから今のうちに決めといた方が良いぜ。ちなみにトーナメント表はほれ、隣だ」
男の言葉に釣られてそちらを向くと、壁に顔画像付きのトーナメント表が映し出されていた。
「あれを参考にすんのもアリだし、勘を信じてもいい。それと、別に一人に絞らなきゃいけねえってわけじゃねえから、リスク分散するのも手だな。ま、年に一度の祭りだ。楽しもうや」
男は豪快に顔を綻ばせながら去った。賭博初心者のフェルツバーグに助言しにきただけの、ただの親切な人だったようだ。
だが、今はその優しさが不気味でしかない。
祭りと言って笑いながら命の懸かったギャンブルを人に教える。それが今のこの国では普通の感覚なのだろうか。
無論、国民全員がそうだというわけではないが、ここに来た何万もの人々は多分に漏れないだろう。
国民の感覚が狂っているのか、フェルツバーグの感覚がおかしいのか分からなくなる。
「この島はこれが正常だとでも言うのか……?」
男の背中を追っていた目をトーナメント表に戻す。
一つのブロックが十二人構成。それが四つの合計四十八人と、出場者はかなり多い。
これに出れば死ぬかもしれないのに、そこまでして出る理由とは何なのだろうか。
貧困から抜け出すため?非現実的なまでの大金に目がくらんだ?己の強さを証明するついでに賞金を狙う?ただ戦いたいだけの戦闘狂?人を殺したいだけの狂人?
出場者全員を一括りにできないのは理解している。画像からは、その人がどのような理由で出場しているかまでは読み取れない。
だが、明らかにその中に異質な存在が紛れていた。
「こんな……こんな私とほとんど変わらない年の少女まで……」
長い金髪、齢は十六、経歴はフォスノウス学園在籍。名前は……。
「クレア・シールズ」




