#45_旅人は金が無いッ!(2)
ザッツベルド宮殿ではその国の王と第二王子が対面していた。第二王子は今年で十八歳。順当にいけば次代の王は兄である第一王子ベルバーグとなるが、王の御前にいる弟のフェルツバーグはそれを良しとしていない。兄弟の対立は今に始またことではなかった。
対立の理由は、今からされる話にあった。
「父上、今年もまたあのような催しをされるのですかっ。命を見世物にするなど、あまりにも下劣だとずっと申し上げています。なぜやめてくださらないのですかっ」
若干語気を強めて国王を批難するフェルツバーグ。彼は命のやり取りを金に変えるバトルフェスティバルの存在を否定してきた。
その価値観は秩序が正常に機能している国では至って普通だが、秩序があってないようなこの島では異質。何十年と続いて来たバトルフェスティバルは恒例行事と化していた。
国王はこの国らしからぬ意見を持つ王子に、溜まった息を吐きながらうんざりした。
「またその話か。バトルフェスティバルを目的に、海の向こうから大勢の貴族や王族がこの島を訪れる。開催期間中に彼らが落とす莫大な金でこの島が潤っている。それ無くして国は成り立たぬ。
それとも、お前は僅かな資源を求めて再び戦争を始めたいというのか?」
「そうは申しておりませんっ。なぜゼロか百かで考えてしまうのですか。サウェスト、ノウェストと手を取り合い、商船貿易やバトルフェスティバル以外の平和的なイベントを目玉にして、観光客を誘致すれば――」
「で、それらは今以上に金が回るのか?王族や貴族を誘致できるのか?人々を刺激できるのか?」
「それは……」
つい勢いで言ってしまっただけで具体的なプランは何もない。国王もフェルツバーグがそこまで考えられるような器ではない事を知っている。だからこそ、容易く言い包められる。
そして、フェルツバーグ自身も理想を掲げているだけだという自覚はある。明確なプランも今の所思い付いていないが、それでもこの国の有り様を変えたいと思ってはいる。さりとて、殺伐としたこの国で彼に手を貸す物好きは誰もいない。
誰もが今の状態を問題なしと受け入れていて、むしろいらぬ波風を立てようとする王子を敬遠している風でもある。
「考えなしに要求するのは子供のする事だ。その王族にあるまじき浅慮、くれぐれも表に出すでないぞ。兄のベルバーグや私まで愚かに見られてしまうからな」
「くっ……」
言い返したかったが、国王の言う事を認めてしまいそうになる自分もいた。しかしそれでも、と納得ができないまま歯噛みして王の前を辞して廊下に出た。
扉の閉まる音を背中で聞いて、悔しくて拳を握り締める。
「遊び感覚で命を扱っていい理由など、あってたまるものか……」
彼の正面、廊下の奥から従者を連れた男が歩いてきた。嫌な笑みを浮かべながらフェルツバーグに声を掛ける。
「おや、景気の悪そうな顔をしているのは誰かと思えば、フェルツバーグじゃないか。この時期に父上に謁見とは、懲りずにまたあの話をしてきたのか?」
「兄上」
兄のベルバーグは、多分に漏れず現在の国を良しとしている。国王の座を継いでも国は今の状態を維持し続けるだろう。だからフェルツバーグは兄の王位継承に反対している。
躍起になっているフェルツバーグだが、兄の方はどこ吹く風。無駄な抵抗をする弟は、目の前を飛ぶ蠅の如く鬱陶しいだけの存在だった。
「どうして分からないかなぁ。参加者だって死ぬことは織り込み済みだ。そのどこに問題があるっていうんだ?一生かけても得られない大金を得ようとしたら、それなりのリスクを負うのが当然。
危険も何もなかったら、この島の全員がそれ目当ての自堕落な人生を送るに決まってる。謙虚に生き続けたいと思う者がいるから商売人や生産者がいて、大金に命を賭けられる者がいるからイベントは成功している。
みんな、やりたいことをやっているだけだろう?」
ベルバーグの言う事も国王と同じく反論できない程に正しく聞こえてしまう。フェルツバーグは自分の意志が徐々に塗り替えられていくような、非常に気持ちの悪い感覚に襲われる。
瘴気のように意志を浸食してくる感覚に抵抗しようにも、今のフェルツバーグには二人を説き伏せられるような強い根拠も代替案もない。
ただ、彼は感情に任せて自分の倫理観をぶつけているだけにすぎない。まさに国王の指摘した通りだった。
「だけど、それは何かおかしい気がするのです。それが何かは、まだはっきりとは分かりませんが……」
「話にならないな。どうせ父上との話だって、今と似たような事になって出て来た後じゃないのか?」
見透かされている。つまり、それだけ国王と兄は同じ考えということだ。
ベルバーグは、言葉に詰まる弟にかまけていられるほど暇ではない、と態度で示す。
「では、私もこれから父上と話をしなくてはならないから、これで失礼するよ」
俯くフェルツバーグの横を通り過ぎていく。まるで相手にされていない。己のあまりの子供さと愚かさ、無知に打ちひしがれる。
こんな事をバトルフェスティバルの話題が上がるたびに繰り返してきた。これまではその無力さを、時間が流れるままにうやむやにしてきた。が、今は違う。
今年から正式に王位継承権を所有する立場となった事が、フェルツバーグの心に火を付けた。
誰もいない廊下で己に言い聞かせる。
「私はあまりに無知でいて、周りに味方はいない。だからといって何もしなくていい理由にはならない。本当に父上や兄上の言葉通りなのか、この目で確かめよう」
若き王位継承者は、悔しさを行動力に変えるのだった。
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「では、ここに氏名、年齢、使用武器、これまでの経歴を軽くでいいのでご記入ください」
バトルフェスティバルの受付は、うらぶれたアパートの地下の一室に儲けられていた。旅人は申込用紙を前に考え込んでいた。
「(名前と武器はいいとして、年齢と経歴を素直に書くわけにもいかないし……ま、適当でいっか)」
動きが止まった旅人を訝った受付嬢。
「……どこか、問題でもありますか?」
「え?いや、大丈夫問題ないよ?ちょっと経歴の部分で悩んだけどね」
言葉通りに旅人はスラスラと記入して提出した。
「お預かりします。……はい、特に問題はありません。では、こちらの用紙に注意事項が記載されていますので、当日までにお読みいただき、最後のページにある署名欄にサインをお願いします。
署名後に出場を辞退、または開催期間中に棄権を申し出た場合、罰則金として十万バースが課されますのでご了承ください」
受付嬢から五枚ほどの紙束を渡された。
「罰金、結構な金額だねぇ。りょ~かい。ちなみに提出は今でもいいの?」
「勿論、問題ありません。先ほど申し上げた通り、署名提出後に出場を取りやめる事はできなくなってしまいますが、よろしいですか?」
「ああ、構わないよ。……ここで稼がなきゃあ、俺に未来はないからね……」
「は、はあ……」
切実な理由に脳内に声が反応した。
「(なんとも情けない経緯ではあるがな)」
うるさい、と危うく声が出そうになった。
紙束の一番後ろの一枚だけを取って署名を済ませて提出した。
受付嬢は一枚の手鏡を取り出した。
「これは映った人物の姿を記録する魔道具で、保存した画像は試合の際に使用します。ご準備が整いましたら、こちらの鏡を見てください」
「はいはーい、こんな感じでいい?」
「はい、結構です。それでは……」
カシャリ、という音がして魔道具は彼の姿を記録し、受付嬢が確認した。
「ありがとうございます。これで出場申し込み及び最終意思確認は終了です。最後に、出場者である証のこのプレートをお渡しします。バトルフェスティバルが終了するまで、くれぐれも紛失なさらぬようにお願いします。
では、当日お待ちしております」
細長い銀色のプレートを受け取り、建物を出た。
「(ところで、注意事項とやらは確認せんでも良いのか?)」
「そうだねぇ、大した事は書かれてないと思うけど一応見とくか」
試合中に毒物・薬物・暗器・身体強化魔法の使用は禁止。試合前のドーピングも禁止。発覚次第、即座に失格。
事前に申請した武器以外の使用を禁止。体術は武器に含まれない。
魔法は攻撃魔法に限定し、特大魔法以上を禁止。etc…。
「ま、こんなもんだよね。要約すれば、正々堂々、大魔法以下で戦いなさいってことだぁね」
「(見ておいてよかったではないか。これを知らねばおぬしは初戦で失格だったろうに)」
何とも言えぬ表情になる。
「……別に不正でもなんでもないんだけどね」




