#43_逃亡のクレア(2)
川辺で火を熾し、肉を炙り酒盛りする男たち。見るからに行商人や狩人のような身なりではなく、荒くれ者の類だ。
下品な笑い方をし、食べ方も汚い。見ているこっちまで気分が悪くなりそうだ。
その中の一人が気まぐれに鉄檻を小突くと、中から小さな悲鳴が上がった。それを見て下卑た笑い声を上げる。
「……まさか、あの中に人が?」
この光景から推測できるのはそう多くはない。
拉致した人たちをどこかへ売り飛ばそうとしているか、商品として売り飛ばされた奴隷の移送中。それくらいか。
どちらにしても、ロクな連中ではないのは確かだ。見つかってしまえばクレアも檻の中に仲間入り。捕まっている人たちには悪いが、ここから早く離れるのが正解だ。正解なのだ。
「……どうしよう」
そう理解していてはいるが、心が見捨てた後の罪悪感を前借してくる。結局、食堂でジャックに手を差し伸べた時のように、見捨てる事などクレアには出来ないのだった。
「全員が寝静まってから忍び込めばいけるかもしれない」
息を潜めて様子を窺うこと約半刻。酔いの回ったならず者たちは火を付けたままその場で横になり、いびきをかき始めた。
しかし、すぐに出ていくのは危険だ。それから少しだけ様子を窺い、全員が夢の中に入ったと確信してから忍び足で鉄檻に近づく。
腰をかがめながら馬車の後ろに着き、檻の中を覗く。
「(やっぱりだ)」
鉄檻の中には幼い少女からクレアくらいの年頃の少女たちが、十人程度詰め込まれていた。
扉を確認すると、当たり前だが南京錠で施錠されていた。当然、その辺に鍵など転がっているわけもなく、手持ちでどうにかするしかない。
「(ナイフで壊すと気付かれちゃうし、ピッキングなんて出来ないしそもそも針金がない……ん?針金?)」
一つだけ思い当たり、胸元に視線を移す。
「(……ブローチの留め具でどうにかなるかも。この際、出来ないとか言ってられない。ブローチ自体を傷付けるわけじゃないから、許してくれるよね?)」
制服からブローチを外し、裏の留め具の針を初級の火の魔法で熱してから鍵穴へ挿入し、すぐに引き抜いて再度熱し、また挿入する。
繰り返すこと数十回。留め具の針は鍵の形に変形した。それを鍵代わりにして使うと、錠が外れた。
「(やったっ!)」
錠の外れた音に少女たちが目を覚ます。クレアは身振り手振りで少女らに逃げろと示すと、物音を立てないよう中腰になって慎重に鉄檻から出る。
最後の少女が抜け出してクレアも去ろうと数歩進んだ時、少し先を歩いていた少女が枝を踏んで音を立ててしまった。
固まるクレアと少女たち。近くで寝ていた男がゆっくりと起き上がった。
「……なんだぁ……?動物でも来たか?」
寝ぼけ眼がこちらを見た。クレアは叫ぶ。
「走ってッ!」
「あっ!てめえ、待ちやがれコラっ!みんな起きろッ!商品が脱走しやがったぞっ」
脱兎のごとく逃げる少女たち見た男は一瞬で覚醒し、仲間の数人を乱暴に起こして回る。一方は仲間を起こし、一方はクレアたちを追う。
少女らはほとんど月明りの届かない森の中を必死に逃げる。だが、裸足で森の中を走るのはかなりの痛みが伴い、思うように走れない。一方で追いかける男たちは靴を履き、体力もある。
これではすぐに追いつかれてしまう。
殿を務めていたクレアは決心し、目の前を走る少女に言った。
「私があいつらを引き付けるっ。この先に私が乗って来た馬が一頭いるから、小さい子を乗せてそのまま逃げてっ!」
「えっ」
少女は一瞬だけ躊躇ったが、クレアの言うとおりにする。
クレアはその場に留まり、男たちを正面に迎えた。
「ここから先は行かせないよ」
「ほざくなガキがっ」
男たちは走る勢いを殺さずにクレアに襲い掛かって来た。
だが、男たちは無手だ。体格や力量の差はあるが、ナイフを隠し持っているクレアの方が強い。
後ろ腰に差した鞘からナイフを引き抜き、手を伸ばしてきた一人目の手を斬る。
「ぐあああっ!くっ、コイツ、武器持ってやがるっ」
「チイッ!メンドくせぇなっ」
男たちはクレアから距離を取って警戒する。クレアもナイフを構えたまま動かない。
武器のあるクレアが優勢とはいえ、大人の男数人を同時に、しかもそれなりに荒事は経験してきているであろう者たちには敵わない。
とはいえ、下手をすれば男たちも殺されてしまう危険があるので迂闊に手を出せない。
膠着状態に陥った。
そうなると、男たちとは違って増援が見込めないクレアは、時間経過と共に追い詰められてしまう。
少女たちに追手を向かわせられないので、クレアは逃げる事もできない。
「(……これ、詰んだかも……)」
一、二分睨み合っていると、案の定敵の援軍が続々と到着する。手には剣を持っている。クレアの優位は失われた。
だが、最後まで諦めるつもりはなく、活路がどこかに転がっていないかと目の前の敵から注意を逸らさずに、目だけで動かして周囲を観察する。
敵の中から一人の男が前に出て来た。
「よお、お前さんよくもやってくれたなあ。大事な商品がみんな逃げちまった。お前さんに足止めされたおかげで、回収もままならねえ。これじゃあ俺たちゃあ行き倒れだ。どうしてくれんだ?」
人を殺すことに何の躊躇いもない者が発する、底冷えするような声。
殺気とは縁のない者がこの声を浴びたら恐怖で竦んでしまうだろう。だが、クレアはこれに似た声を最近聞いていた。
「(ゴルドゲルズ、だっけ?あの人たちに似てる……)」
決して良い思い出などではないが、おかげで少しは耐性が付いていたようだ。しかし、ここにはあの時のように守ってくれる大人はおらず、クレア一人だけ。
なけなしの勇気を奮い立たせ、必要以上に臆することなく且つ慎重に言葉を選ぶ。
「あの子たちにも人生があるんだ。誰かが摘み取っちゃ駄目だよ」
「なら俺たちの人生はどうなっちまうんだ?商品が逃げて金も手に入らねぇ。飢え死にしちまうだろ?」
あからさまにクレアをからかっている。それを分かっている男の仲間たちは失笑していた。
「それとも、代わりにお優しいお嬢さんが慰めてくれるってのか?」
「そ、そんな事っ……」
男たちは下品な笑い声を上げる。冗談だったとしても、クレアには冗談として受け止められるほどの余裕はない。
「さて、この落とし前、どうしてくれようか」
笑いを止めて、男の雰囲気ががらりと変わる。これから出てくる言葉は冗談ではなく、本気の言葉だ。
クレアは固唾を呑んで、震える声で訊いた。
「……私を、殺す、の?」
「まあそれも良いかもしれねえ。けどそれじゃあ鬱憤は晴らせても金は入ってこねえ。奴隷や娼婦で売り出しても、逃げた商品代には全然届かねえし……。ん?いや待て、お前のその着てる服……」
男は何かを閃き、笑いを漏らす。
「くっくっくっ。いやあ、お前さんはツイてるぜ。この俺じゃなかったら見逃してたな。奴隷でも娼婦でもねえ、お前さんの使い道が決まった。それはなぁ――」
処遇を聞かされた後、クレアは男たちの馬が曳いてきた鉄檻に入れられたのだった。




