#41_友の為(7)
「風の息吹よ、我が足となり疾風の如く駆け抜けよ――ウィンド・ダッシュ!」
街中でクレアを追う兵士たちは、足に中級風魔法を纏わせて加速した。ケイトたちもその補助魔法は使えるが、こちらには魔法を碌に使えないクレアがいる。
いかにクレアの身体能力が優れていても、魔法で強化された者には敵わない。見る見るうちに距離は縮まっていく。
そしてまずいことに、街中を警備していた兵士たちが次々と警笛に誘い出されて姿を現してきた。
「っ!挟まれてしまいましたわっ」
前も後ろも逃げ道はなく、足を止めそうになったケイトたち。
その時、正面の兵士の更に後ろからよく知った男子の声が聞こえた。
「そのまま走ってっ!」
と言われても、正面には兵士たちが待ち受けている。クレアは迷いから足の動きを鈍くしたが、両隣で一緒に走っている二人が力強い声と共にクレアを引っ張る。
「大丈夫、こちらの読み通りですわねっ」
「ふふっ、ジャックさんも変わりましたね」
「え?」
正面の兵士まであと十メートルもない。もう止まるしかないと思った瞬間、兵士たちが竜巻に巻き上げられたかのように浮き上がった。
「「う、うわああああっ、な、なんだこれはっ!」」
「うええっ?!」
何事かとクレアは驚いた。
顔を真っ直ぐに向けると、見晴らしの良くなった道の先でジャックが両手を突き出していた。兵士たちは宙に浮いたままだ。
「なんとかタイミングを読み違えずに済んだみたいだね」
「ジャック!」
「僕に構わず行って!外に馬を用意してある。全部ってわけにはいかなかったけど、クレアの荷物も乗せてあるよっ」
「でも、私に手を貸したらジャックだって――」
駆け続けるクレアは、ジャックとすれ違う時に足を止めそうになった。ケイトたちは無理やり引っ張ってジャックから引き剥がす。
でもっ!と後ろ髪を引かれる思いをしているクレアに、ジャックは困った笑みを向けた。
「この戦いはもうクレアだけのものじゃない。僕たちみんなの戦いだ。君が捕まってしまえば全部終わりなんだ。さあ、早く行ってっ!」
「ジャックっ!」
「この国が平和になったら戻って来てよね」
「でもっ…………っ!ジャック、後ろっ!」
クレアの正面はジャックが空けてくれたが、後方から追いすがる兵士がジャックに迫ろうとしていた。
寸前、静かな女性の声が上から聞こえた。
「ここは通行止めです」
直後、ジャックと兵士を分断する巨大な石壁が道路を塞いだ。
色々と訳が分からないことが立て続けに起こったことで、クレアの脳はショート寸前だ。
ケイトは声のした方へ向かって一言だけ声を掛けた。
「さすがですね」
「恐縮です。それよりも、そこの男子学生は長く持ちそうもありませんので、お早く」
素早くエスカティリーナがクレアの手を取り、走り出す。
「ま、待ってお姉さんっ!」
「何が起こっているか分からないでしょうけれど、皆さん、貴女を逃がすために体を張っていますわっ。皆さんを心配する気持ちは分かりますけれど、途中でやめたらどうなるか、貴女もお判りでしょう?
皆さんのためにも、貴女は絶ッ対に逃げ果せなくちゃならないんですの。いいですわねっ!」
何も言い返せなかった。心は否定しがっていたけれど、頭では理解できてしまっていたから。
やらなきゃいけない事と感情がちぐはぐだ。
クレアの心情を察したケイトが少しだけフォローを入れる。
「ジャックさんやアーシェスさんの事の心配はご無用です。なにも私たちは無策で飛び出したわけではありません。この一週間できちんと手は打ってありますから大丈夫です。
……と言っても、裁判の時に失態を見せてしまっているので説得力はイマイチかもしれませんけれど」
そう言って苦笑い。みんなの気持ちを感じたクレアはきっぱりと言った。
「そんなことない。私なんかの為にここまでしてくれて……この気持ちをどう言葉にしたらいいかわからない。すごく、嬉しいよ。ごめん、もう立ち止まらないよ」
クレアの動かす足に迷いはなくなった。
そして南門が遠くに見えた。
「あれを抜ければっ!」
自然とエスカティリーナの声が弾む。だが、嘲笑うかのように前方の左右の路地から続々と兵士たち雪崩れ込んで立ち塞がる。
「あの女を逃がすなッ!」
「っ!ここまで来てっ……」
エスカティリーナが悔しさに顔を歪ませ、クレアの顔にも諦めの色が見え始めた。
が、次の瞬間。
「なんて言うとでも思ったら大間違いですわっ!」
「えっ?」
手前の路地からとてつもない剣戟の音が聞こえて来た。
そして、それはすぐに姿を見せる。
「はっはっはっ、さすがですね師匠ッ!」
「一線からから退いてもさすがは勇者。腕は衰えていないようですね」
ゼストとラウマールが凄まじい戦いを繰り広げながら正面に現れ、剣圧で彼らの周囲には暴風が渦巻いている。これではクレアたちも兵士たちも近寄れない。
「ええっ、理事長さん?!」
驚くクレア。真横にあった路地から、今度はシェリーが静かに姿を見せた。
「クレアさん、無事で本当によかったわ……」
「せ、先生まで?」
「話している暇はないわ。さあ、これを着て」
手渡されたのはオリエンテーリングでアーシェスが使った飛行魔法具。
ケイトとエスカティリーナにも行き渡る。
「これで理事長たちを飛び越えるのよ」
なるほど、とは思ったが飛び越えた先にも兵士がいるではないか、と思い直す。
「でも、門の近くにはまだ兵士の人が……」
不安そうなクレアに、シェリーはウィンクした。
「大丈夫よ。そろそろかしら」
およそ人間同士とは思えない戦いを繰り広げているゼストたちの向こうにいる兵士たちの更に背後、王都を囲う門の内側にまたもや巨大な壁が出現した。
「あれはさっきも見た……」
だが、先ほどの壁を作った人物はジャックと一緒にいるはずでは?じゃあ、これをやったのは一体?
壁を見たシェリーがクレアたちを急かす。
「今よっ。カザック先生が足止めしているうちに、早く門の外へっ!」
「はいっ!」
「では先生、また後ほど」
二人は手早く外套を纏い、クレアにも着せる。そして有無を言わさず二人はクレアを両脇から抱えて空を飛んだ。
「せ、先生ーっ!」
「休学扱いにしておくから、落ち着いたら帰って来なさいっ!」
空高く飛び上がり、そのまま門の外へ着地した。
近くの木には馬が一頭繋がれていて、鞍の両サイドに荷物の入った麻袋が括りつけられていた。
「クレアさん、ここからは貴女一人ですわ。あの馬でこの国から出なさい」
「……国から」
「混乱が収まるその時が来るまで、この国には近寄らない方が良いでしょう。それと、身を寄せた先でも目立った事はしない方が安全ですね」
「……二人は一緒に来てくれないの?」
二人は顔を見合わせてから頭を振る。
「出来ません。私はこの国の王女ですから。この国の歪みを捨て置くわけにはいきません」
「わたくしもですわ。己の責任とけじめを付けられなくて何が貴族ですか。わたくしの野望はまだ始まったばかりですもの」
二人の意志は固い。
クレアはこれからの一人旅に一抹の心細さと不安を覚えたが、皆の事を考えると止まるわけにはいかない。
「二人とも、やらなきゃいけない事があるんだね。わかった」
馬に跨った時、門の方からカザックが歩いて来た。
「クレア・シールズ、伝えておくことがある」
「カザック先生?」
「このまま真っ直ぐ進んだ森に湖がある。そこで一旦馬を休ませ、その間に荷物の中を確認しろ。次の行先を示した地図と、理事長からの手紙が入っているはずだ」
逃げろと言われてもどこへ逃げればいいのかも見当が付かなかったので、これは非常に有難かった。
ここまでお膳立てしてくれて感謝しかない。
「ありがとうございますっ」
「どうやら、少しは元気を取り戻したようですね」
「貴女はそうでなくてはいけませんわ」
「……えへへ」
みんながここまでしてくれたんだ。その気持ちに応えないわけにはいかない。
クレアは腹を括った。
「それじゃあ、そろそろ行くよ」
「ええ、気を付けて。そして、またお会いしましょうね」
「絶対に帰ってくるんですのよ?それから……」
エスカティリーナは左胸に付けていたブローチを外してクレアに渡した。
「これは?」
「私のお気に入りですわ。これをお持ちになって。路銀が尽きた時、これを売ればそれなりの額になるはずですから、その時はポーンッとお金に換えてくださいまし。
ですけど、できたら次に会った時に返していただけると嬉しいですわね」
これはクレアと皆とを繋ぎ止める品。そして、再会を望んでいる証。そんなものが無くても皆の事を忘れはしないが、形として近くにあれば勇気づけられることもあるだろう。
売っても構わないと言われたが、勿論そんなことをする気はない。
「……ありがとうございます。大切にしますね」
「壁が破壊されるのも時間の問題だ。早く行け」
「はいっ。それじゃあ、またねっ!」
クレアは手綱をしならせ、馬を走らせた。




