#40_友の為(6)
クレアは断頭台の後ろに立たせられ、断頭台に上がったロガール卿が民衆へ演説をする。
「これから裁かれるのは、国を支えている貴族の殺害を企てた極悪人であるっ!その幼き姿を見た者は衝撃を受けたかもしれぬが、見た目に惑わされてはいけないっ。
心は醜悪で、少女の皮を被ったバケモノ。柔な手にナイフを持ち、凶行に及んだ事実が何よりの証拠。更生など望むべくもない。
我々貴族同士で話し合った結果、この狂人の非道な行いは到底我慢できず、公正な裁判の結果、このような処罰と相成った。
生かしておいても隙あらば牙を剥くともしれぬ。国民の皆にも安心させる意味で、公開処刑という……」
長ったらしい高説をクレアはぼうっとした頭で聞き流していた。
こちらの言い分に全く聞く耳を貸さず、一方的に有罪、極刑になるよう誘導した者の言葉を聞けるほど聖人君子ではない。
世の中全てが敵に回ったように感じ、もう生死などどうでもよくなってきていた。
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花屋を見張っていた男は焦っていた。死刑執行の時間が迫っているというのに、ケイトたちは店から出てこない。
まさか、土壇場になって友人の首が落とされる様を見たくなくなったというのだろうか。
あり得ない話ではないが、時間も迫っているため男は花屋に踏み込んで姿を探す。店内はやけに静かだ。店員の声も花を手入れするような物音も聞こえない。
外から奥が見えないように配置された商品棚を越え、とうとう店の一番奥まで辿り着いた時、男は思わず声を上げた。
「くそっ、やられたっ!」
一番奥に最近作られたと思しき扉を見るや否や、男は報告の為に店を飛び出した。
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花屋の店主と共謀していたケイトたちは店を抜け出した後、中央広場をよく見渡せる家屋の屋根の上で身を伏せて断頭台付近の様子を窺っていた。
「ここまでは上手くいきました。あとはあちらの準備が整えば――」
続きを言いかけた時、民衆の中から二人の少女がロガール卿の前に出た。
それを見たジャックは彼女の言葉を引き継ぐ。
「それじゃあアーシェス、任せたよ」
「ああ」
ジャックとケイトはその場にアーシェスを残して別行動を取った。
断頭台の前ではエスカティリーナと、なんと今さっきまでここにいたはずのケイトがロガール卿と対峙していた。そんな彼女たちの手には、老婆の顔の皮があった。なるほど、それはサリアが施した変装道具だった。
二人はマスクを手放し、ロガール卿を睨みつける。
「え、ケイト?どうして……」
希望を捨てかけていたクレアの心に、明日を求める心が刺激された。
警戒していた人物の登場だが、こうなることも予想していたロガール卿の相好は崩れない。
「これはこれは殿下、それとガーランド卿の御令嬢。このような時にいかがなされましたか?」
「勿論、クレアさんを助け出すためです」
「わたくしたち、あんなので諦めるほど弱くはありませんわよ?」
「なるほど。しかし、私の部下が殿下を警戒していたはず。どんな手品を使って潜り込んだのですか?」
「さあ?ご自分でお考えになったらいかが?聞けば何でも答えて差し上げるほど、世の中甘くありませんわ」
「ごもっとも。それは良いとして、今ここであの時の続きをしようというのではありますまい?
既に正義はこちらにあるのは民衆の知るところとなり、そこの彼女の味方をするお二方は正義の敵と映っていることでしょう。今ならまだ間に合いますよ?」
ロガール卿は見えている結末に軽く鼻を鳴らし、二人の退場を促す。
だが、二人は退かない。
「あなた達貴族のやり方が正義だというのなら、私たちは喜んで敵となりましょう」
「ほう、なかなかに潔いですな。であれば、多少の手荒な真似は目を瞑っていただけますな」
今度はエスカティリーナが鼻で笑う。
「多少の、ですって?舐めてもらっては困りますわ。小娘だからと全力で来なかった事を後悔させて差し上げますわよっ!」
エスカティリーナがポケットから手鏡を取り出して頭上に掲げた。
光が反射し、それが合図だった。
アーシェスは屋根の上から断頭台のクレアの元まで一直線に飛んだ。
「邪魔だ」
クレアの両脇に控えていた兵士が、アーシェスの目にも止まらぬ速さの蹴りと突きで壇上から強制退場させられた。
そのままクレアに掛けられた枷を魔力を込めて破壊する。
「貴様、何者だっ」
不意打ちにさすがのロガール卿も僅かに狼狽えていた。
ケイトやエスカティリーナに続いて、アーシェスまで駆けつけてくれた。
クレアは泣き出しそうになる。
「アーシェスまで……っ、みんな、どうして……こんなことしちゃ捕まっちゃうよ」
優雅に階段を上りながらケイトは優しく微笑む。
「言ったではないですか。あなたのような素晴らしい人をこんな所で終わらせるわけにはいかない、と。それに実は私、クレアさんのファンなんですよ?」
「ふぁ、ファン?」
ケイトに次いで壇上に上がったエスカティリーナも、何故か威張るように言う。
「あら?ファンは殿下だけじゃなくってよ?でなければ、ここまで体を張ったりはしませんもの」
「お姉さんまで……でも、少ししか話してないですよね」
「中庭でのお話と大講堂での啖呵で十分ですわ!」
処刑台の周りが途端に騒がしくなった。五十人は下らない兵士たちが周囲を取り囲んだのだ。襲撃したは良いが、敵陣ど真ん中で悠長に話し込んでいればそうなるのは必然。
ロガール卿は先ほどの不敵な笑みから一変、射抜くような目を向けた。
「殿下、これはいささか遊びが過ぎますな。自身のしたことは御分かりですか?只では済みませんぞ」
「無論、承知の上です。そして、この後に訪れるであろう混乱も。貴族の驕りを肯定するあなた方とこれ以上言葉を交わしても、お互いに時間の無駄でしょう。この辺で失礼させていただきます」
「これだけの兵士に囲まれて逃げられるとお思いですか?殿下らしくない虚言で――」
ロガール卿の言葉を無視してアーシェスが広場の南側出口へ向けて手を翳すと、人を容易く吹き飛ばす暴風が一直線に吹き荒れた。
「「うわあああああっ!」」
兵士観客問わずに餌食となり、外への道が作られた。
無詠唱の大魔法クラスを見て、さすがにロガール卿は現実を疑った。
「なんだ、これは……。貴様、どういう絡繰りを」
「さあ、クレアさん。行きますわよっ!」
「えっ、あ、う、うん」
ロガール卿の疑問に答えてやる義理はない。アーシェスの作った道を駆け抜けるべくクレア、ケイト、エスカティリーナ、アーシェスは処刑台から飛び下りる。
しかし、それを黙って見過ごすロガール卿ではない。近くにいた兵士から強引に剣を取り上げて、体格に見合わず素早い動きでクレアたちの前に回り込んだ。
行く手を阻まれ、立ち止まる。
「くっ、そこをお退きなさいっ。ホント、邪魔ですわっ!」
ロガール卿は両手で持った剣を顔の横で構え、殺意を込めた気迫を放つ。
「っ」
「大人しくその娘をこちらに渡せば、今なら命までは取りません。尚も脱走を試みるようであれば、殿下だろうとお覚悟していただきます」
「ロ、ガール、卿……」
ケイトとエスカティリーナは殺意に呑まれ、やっと出せた声がそれだった。
二人の命を心配したクレア。毅然とした態度で足を前に踏み出しかけた時、それよりも早くアーシェスがクレアの前に出ていた。
「予定通り、ここは俺が引き受けた。二人はクレア・シールズを」
呪縛が解けたように二人は頷き、ケイトがクレアの手を取って走り出した。
「では、お願しますっ!どうか、くれぐれも――」
「問題ない」
「信じていますわよっ!」
「ああ」
「ちょ、アーシェス?!」
道はロガール卿の脇。無策で行けば簡単に捕まえられてしまう。ロガール卿は呆れ果てた顔で彼女らを拘束せんと一歩踏み出した。
「みすみす逃すと思って――」
「相手は俺だ」
正面に立っていた男がいつの間にかロガール卿の行く手を遮っていた。
「また貴様か。そこを退け。退かぬなら斬る」
本気で殺すつもりだ。
アーシェスを挟んでロガールの横を通り過ぎようとした時、クレアは心配になって名前を呼ぶ。
「アーシェスっ!」
「クレア・シールズ、餞別だ」
「え?わっ、と」
走るクレアにアーシェスが鞘に入ったナイフを投げて寄越した。
その隙にロガール卿はアーシェスに斬りかかる。
「下手な意地を張った己を悔めっ!」
ラウマールの剣に迫るほどの豪速の剣を、素手で掴んだ。
ゼストやロガールですら会得出来なかった白羽取りを、目の前の少年はやってのけた。しかも片手だ。
アーシェスに強敵の気配を感じ取り、一度仕切り直そうと剣を引き抜こうとするがびくともしない。
「なんだとっ……」
驚愕するロガール卿を無視して、アーシェスはクレアに言った。
「これから必要になるだろうからな。長剣よりもそれの扱いの方が慣れているだろう」
「あ、うん、ありがとうっ、アーシェス!」
警笛が吹かれ、その音色は風魔法により王都中に鳴り響いた。
兵士たちはクレアたちを追い始める。
そんなクレアの背中に悲痛な叫び声たちがぶつかってきた。
「「「クレアっ!」」」
「父さん、母さん。それに村長までっ」
本人でも知らないうちに溜まっていた心の涙が一気に溢れ出す。
「私っ!」
「どうか無事でっ!」
「お前の帰る場所はずっとここにあるからなっ!」
父親は自らの胸を叩きつけて力強く示す。
「ご学友、クレアをお頼みしましたぞっ!」
「お任せくださいですわっ!」
クレアたちの背中が小さくなっていく。
アーシェスは追いかけられながらも中央広場を出て行った仲間たちを見送ると、掴んでいた剣を離してやっとロガール卿に顔を向けた。
「待たせた。では始めるか」
ロガール卿は底の見えない強さを持つ目の前の男に、わずかにたじろいだ。




