#37_友の為(3)
「な、なぜ殿下が……いや、国王の名代とはどういうですか」
動揺していても裁判長はボロを出さぬよう慎重に言葉を選んだ。
本心では、内密に開かれたこの裁判をどうやって嗅ぎ付けたのか問い詰めたかっただろうが、それを訊いてしまえばこの裁判が出来レースだと白状したも同然。
ケイトはさらりと答える。
「多忙の身の国王に代わり、この裁判の妥当性を判断するために私が遣わされただけの事です。貴方の質問に答えましたので、今度は私の質問に答える番です。
何故、原告がボードルフ卿なのか、それをお答えください」
ケイトは裁判長だけでなく、原告側や弁護人に向けて問うた。
それぞれが忌々しいような、困惑したような複雑な表情で互いを見、最初の言葉を譲り合う。
少し待っても答えが返ってこないので、ケイトは話を詰める。
「どうして誰も答えられないのですか?そもそも、この裁判の争点は何としているのですか?」
それには裁判長が答えた。
「この裁判の争点は、被告が高位の貴族の命を脅かしたその罪の重さです。国の基盤を担う貴族を害した罪は重くあるのが妥当ということです」
「では、それをボードルフ卿が起訴したということですか?」
「ええ、ええ、その通りです。ご理解いただけたようで。それでは」
「どうして当事者でないボードルフ卿が起訴できるのですか?」
答えが用意できず戸惑った裁判長は、追及から逃れようとした。
「……そ、それは……原告側からご説明をお願いします」
「さ、裁判長っ!?」
まさかの裏切りにボードルフ卿は信じられなかった。
裏切りというには大袈裟過ぎたが、彼にはそれほどの衝撃だった。何せ、ボードルフ卿はこの裁判においてはただのイエスマンにしか過ぎず、台本を読まされていただけだったのだから。
当然、筋の通った説明など出来るわけがない。
「ボードルフ卿、お答えいただけますか?」
「そ、それは……」
言い淀む原告。そんな彼に助け舟を出す人物が原告側の席の後ろから出てきた。
「それは私がお答えしましょう」
「貴方は……確か四大英雄の次代に活躍された英雄の」
ケイトはその中年男性を見た事があった。
眼光鋭く髭を伸ばした顔は獅子を彷彿とさせ、衣装で覆っていても鍛えぬかれた体は隠しきれない。剣技においてはゼストに比肩するとも囁かれている。
「ロガール卿……」
「お久しぶりでございます、殿下。五年前のカイン殿下の婚礼の儀に一度お目通りさせていただいた以来ですが、覚えていただけていたとは恐縮です」
実際に会った事があるのは彼が言った通りの一回きりだったが、国王や兄からは警戒するようにと言われてきた。
その理由がこうして相対して肌身に沁みた。こちらが追い詰めているはずなのに、軽やかな笑みを携えて前に出るこの男には、底知れない不気味さがあった。
ボードルフ卿はロガール卿に後を任せる。
「原告をボードルフ卿としたのは、床の臥していたそこの御令嬢の代わりに此度の騒動における罪の所在を明らかにするため。必ずしもボードルフ卿である必要はなく、貴族であれば誰でも良かったのです」
「おかしなことを仰りますね。すべての元凶がゴルドゲルズのみにあるのは明白。彼女を裁判にかけるのであれば、エスカティリーナ嬢に話を通した上で国王に起訴状を提出するのがルールでしょう。国王だけでなく宰相にも確認を取りましたが、起訴状など届いていないと申していました」
ロガール卿は顎に指を添えて、わざとらしく困惑した仕草を見せる。
「ふむ、おかしいですな。きちんと起訴状は兵士に預けたはずなのですが……。まあ、兵士も人間。ミスをすることもあるでしょう。とにかくルールに則ってこの裁判は行われていると、我々はそう自信を持っていたのですがね。
この場合はどうなるのでしょうな?」
見え見えな嘘に呆れ果てるが、これでは起訴状が実際にあったかどうかの立証は不可能。
子供みたいな屁理屈だが、この上なく強力な手法だった。
「……国王の元に起訴状が届かず、把握していなかったのは紛れもない事実。此度のクレア・シールズを被告とする裁判は中止とすべきではないですか?
もし不服であれば、今度は確実に国王へ起訴状を提出し、それからもう一度裁判を起こせばいいでしょう」
「それは困りましたね」
ロガール卿の目が獲物を捕捉した獣のような強さを帯び、気丈に振る舞っていたケイトは不覚にも息を呑んだ。
「世間にはこの裁判、貴族主導として認知されています。それが貴族が裁判に詳しくないおかげで不手際が生じ、王家に尻拭いをされた挙句に取りやめたと周知されれば、貴族全体の威厳が損なわれてしまいます。
そうなってしまえば、困るのは我々だけではないかと。国民の反発というのは、道理を越えて予期せぬところへ及ぶこともありますからな」
今回の裁判の事例で言えば、国王への報告を怠ったのが本当であるとすれば、責任は明らかに貴族側の怠慢によるところが大きい。
しかし、起きた事のあらまししか聞かない国民は、愚直にも起訴状が兵士に預けられたと疑わない。過失を犯した兵士や、彼を採用した王宮を親の仇のように罵るだろう。
そこに悪意はなく、本人たちはただ表面上だけで善悪を判断し、怒りのままに「悪者を責めて何が悪い」と安全地帯から石を投げつけてくる。
これはただの妄想ではなく、このような現象はどの国でも見られる。
ロガール卿は、この裁判を潰せば国民らは王宮を悪と見做すぞ、そう暗に示したのだ。
言葉の意味を理解したケイトは歯噛みするしかなかった。
「ロガール卿、貴方はそこまで考えて……」
「さて、一人の少女の一時の延命を代償に国民の信を失うか、涙を呑んで王家の安定を取るか。王族であれば迷う事はありますまい?」
この時になってやっと、ロガール卿を警戒しろと言う意味が真に理解できた。だが、もう時は遅い。二択を突きつけられているが、選択の自由はなかった。
「ですが、死罪は明らかに過度です。再審を要求します」
「これは異なことを」
ロガール卿はつい嘲ってしまいそうになるのを堪えたように息を漏らした。
「正当な手続きを踏んでいない殿下に発言は許されておりません。どうやら、この場を学園のホームルームと勘違いされておられる様子」
傍聴席の貴族たちは静かに嘲笑した。
「勤勉な殿下であれば、既に理解されておられるかと」
勢いだけでルールは曲げられぬ。
目を伏せ拳を握りしめ、口を歪めて無念の言葉を吐露するしかなかった。
「……すみません、クレアさん。私では何も変えられませんでした……」
「ケイト、謝らないで。その気持ちだけでもすごく嬉しいからさ」
儚い笑みを向けられたケイトは、己の無力さに打ちひしがれて今にも泣き出しそうだった。
隣のエスカティリーナはロガール卿を睨みつけるのが精一杯で、何も言い返せなかった。
両親と村長は滂沱し、ゼストらは失意に項垂れた。
ケイトの降参を聞き、ロガール卿は場を仕切り直す。
「皆さま、お騒がせして大変申し訳ありませんでした。では裁判長、続きをお願いします」
「う、うむ。それでは、被告人クレア・シールズに判決を言い渡す」
もう止められる者は誰もいない。
勝利を確信した貴族たちは、ほくそ笑みながら裁判長の言葉を聞いた。
「本件の高貴なる身分の者に対する非道卑劣な行為は、度し難い悪行である。被告人クレア・シールズには、極刑及び公開処刑をここに言い渡すっ」




