#36_友の為(2)
「原告、ボードルフ伯爵は被告、クレア・シールズに対して公開処刑を求刑。相違はありませんか?」
とうとう法廷でクレアの裁判が行われた。
裁判官を担当する貴族は原告側に向って確認を取ると、予定通りの進行に満足して鷹揚に頷いた。
それは傍聴人席でなり行きを見守っていた貴族たちも同じで、口元に笑みを浮かべる。
台本通り。裁判官も被告人の弁護人も買収済み。求刑は確実に通る。
「ええ、相違ありません」
「では、弁護側に確認します。異議はありますか?」
クレアは縋る目つきで弁護人を見る。傍聴人席にいた学園の教師たちやジャック、そして両親と村長も祈る目で見つめる。
弁護人は毅然として立ち上がり、答えた。
「異議ありません」
「っ!」
祈りは届かなかった。母親は口元に手を当てて嗚咽を漏らし、父親は弁護人の言葉を受け入れられず目の焦点が合わない。
ゼストやシェリーは血が滲むほど拳を握りしめ、クレアは……。
「…………ははっ……」
心が完全に折れ、ただ乾いた笑いを一回漏らした。
思い返せば、あの弁護人はクレアの言葉を最後まで聞いた試しがなかった。クレアの話がほんの少しでも長くなると、強引に話を打ち切って事務的な質問を繰り返していくだけだった。
つまりは、最初から本気で弁護する気などなく、ただ「話を聞いた」という証拠だけを積んでいただけにすぎなかったのだ。
ほんの少しでも期待したクレアは己を嘲った。
「最初から結果は決まってたんだね……」
「では、被告人クレア・シールズに判決を言い渡します。原告の求刑通り、公開処刑を――」
「異議ありですわっ!」
裁判長の言葉を力強い声が打ち消した。
なんだ?誰だ?と、ぼそぼそとした呟きが法廷に満ちる。
「今は裁判中です。静粛に――」
それは傍聴人席の最後方から聞こえ、声の主は傍聴人席の一番前まで歩いて姿を見せた。
「こんなの裁判でも何でもありませんわ。原告?彼が?どんな被害を被ったというんですの?聞けばロクに調査も聴取もしていないというではありませんか。それで死刑?あなたたち、道理というものをご存知?」
「……ベルナルドの、お姉さん?」
エスカティリーナはクレアへ力強く頷く。
裁判の邪魔をされた裁判官たちが注意する。
「今は裁判中です。無関係の者は発言を控えてください。もし聞き入れられないようであれば、退廷してもらいます」
「本当に、ロクに調査してないですわね。わたくしはエスカティリーナ・ガーランド、今死刑を言い渡されそうになったそこの方に刺された当人。立派な関係者ですわっ」
貴族連中は揃って面倒そうに口を歪める。彼女の登場は貴族たちにとって想定外で、非常に厄介だった。
しかし裁判長の表情は変わらなかった。
「問題はそこではありません。ここで発言権を所有しているのは、事前に申告し許可された者のみです。控えてください」
「こんな被害者無視の裁判、納得できるわけがないでしょう。それに殺人でもなければ国を危険に晒したわけでもないのに公開処刑は、どう考えても不当ですわ」
「あなたと問答するつもりはありません。警備の方、この女性を外に――」
「この裁判、正規の手続きを踏んでいますか?」
裁判長の言葉に割って入るエスカティリーナ以外の声。傍聴人席にいたケイトが立ち上がってエスカティリーナの隣に並ぶ。
裁判長はうんざりして目頭をつまむ。
クレアはまた驚いた。
「ケイトまでっ……」
「今度は誰ですか。誰がどう言おうと無駄です。警備兵、二人を摘まみだして――」
「黙りなさい」
ケイトがぴしゃりと言い放つ。いつもの大人しいケイトからは想像もできない威厳溢れる姿に、クレアだけでなくジャックは度肝を抜かれた。
裁判長もそこまで強く言われるとは思わなかったようで、一瞬だけ言葉に詰まったがすぐに持ち直す。
「いい加減にしないと、今度はあなた方が起訴されてしまいますよ」
「このような茶番劇で起訴出来るものならしてごらんなさい」
クレアはケイトがそんな目に遭うのが嫌だった。
「ケイトっ。私の事はもういいからっ」
裁判長に向けるキツイ口調とは打って変わり、優しく答える。
「よくありません。たった一ヶ月と少しですが、クレアさんが素晴らしい方というのはその短い時間でも十分に分かります。貴女はこんなところで終わって良い人ではありません」
「え?」
「最初は、ジャックさんが食堂で嫌がらせをされていたところに手を差し伸べましたね。嫌がらせをされても正面から立ち向かい、昼食を用意されなかった時も激昂したりせずに対策させ、職員の方を広い心で許しました。
貴族の学園生と言い合った時も、どれだけヒートアップしても彼自身を否定することはありませんでしたね」
裁判長は困ったように割って入る。
「いったい何の話をしているんですか?すぐに出て行きなさい」
ケイトは言葉の向ける先を裁判長や裁判官たちに戻し、射抜くような目をする。
「それに比べ、人々の模範となるべきはずの貴方がたがそのような体たらくとは。過去の英雄の方々もさぞ頭を抱えているでしょうね」
裁判長は警備兵に目を向けて告げる。
「もういい、つまみ出せ」
警備兵が二人に詰め寄り手を伸ばしてきた時、エスカティリーナが毅然たる声と手で制止する。
「控えなさいっ!このお方に無礼を働こうなど、それこそ死をもって贖うことになりますわよっ」
この口上、はったりや脅しではない。この場の全員が「このお方」と指すケイトと言う人物が何者なのかと気になった時、その彼女は瓶底メガネと髪を解いて名乗りを上げた。
「この裁判の原告が被害者のエスカティリーナ嬢ではなく、無関係のボードルフ卿となっているその理由、国王の名代であるこのティファリス・イル・ケイティア・ファナリースには確認する権利と義務があります。お聞かせいただけますね?」
「なっ?!」
この場の全員がケイトの正体に口を開け、声が出なかった。
どうして王族がここにいる?国王に知られぬよう進めてきたはず。裁判の仕組みなどよく知りもしない子供が、今回のやり方が他の裁判と違うなど気付けるはずもない。それに、王女と被害者が同時にこの場に居合わせるとはどういうことだ?
この場の大半を占める貴族連中の頭に数々の疑問が浮かんだ。
ジャックはケイトが何を言っているのか理解するまでかなり時間がかかった。
ゼストやシェリーは特段驚いた様子はない。なぜなら、彼女がフォスノウス学園を受験するのは国王から知らされていたからだ。教師たちはケイトの正体を知っていた。
事情を知る教師たちは、裁判の行く末を彼女に賭ける。
そして、ぽかんと口を開けたクレア。
「……ケイトって、ケイトじゃなかった?どういうこと?」
渦中の少女は話を全く理解していなかった。




