#35_友の為(1)
二人から話を聞いたケイトは流麗な眉を歪めた。
「お母上様の言う事は、申し上げにくいですが当てになりません。今の貴族勢力は国王の権力を上まろうとしています。その貴族会議で決定された事を覆すのは容易ではありません」
「で、では、クレアさんはこのままでは……」
ケイトは視線を逸らして答えなかった。
エスカティリーナは途方に暮れそうになりながら縋りつく。
「何か、何か助けられる方法はございませんのっ?わたくしはこうして元通りになったというのに、あまりにも行き過ぎた罰ではないですかっ!」
「私もそう思います。貴族勢力がこの国の主権を握る絶好の機会に仕立て上げるためにクレアさんを、一国民を利用するなど言語道断。貴族の礎たる英雄の高潔なる魂は、時間と共に薄まり消え失せてしまったようですね」
「では、それを諭して改心させれば」
ケイトは頭を振った。
「その程度で心を入れ替えるのであれば、元よりこのような横暴に行きつかないでしょう」
「では他にどうやってっ」
エスカティリーナは興奮して答えを急ぎすぎ、思考がまとまらない様子。その最中にもケイトは色々と思考を巡らせて、一つの案を提示する。
「エスカティリーナさん、少し落ち着いてください。かなり強引な手法ですが、案はあります」
「ほ、本当ですのっ?!」
「はい。ですが、貴女も私も、終わった後に全てを失う可能性があります。それでも、やりますか?」
「全て……?」
全て失うと言われると、流石に尻込みしてしまう。しかし、失うのは何をどの程度なのだろうか。
「まさか、わたくしの命も、ですの?」
「……事の運びによっては。その場合は私の命も、でしょう。思惑通りに上手くいっても、その後は逃亡生活になりますけれど」
懸けるのは命以外の全てだという。フォスノウス学園の学生という身分も、貴族令嬢と言う地位も、そして名前も。
つまりは、指名手配犯。この王女様は何を企んでいるのだろうか。
「最終手段を用いる前に、まずはガーランド卿の説得や懐柔を試みましょう。手応えが無ければ、どうにか法廷に入って異議を訴え、それでも覆らなければ……」
いきなり指名手配犯になるわけではなく、その前にいくつか方法を試すと聞いて安堵した。
考えてみれば、確かに正攻法で訴えていくのが普通だ。それをすっ飛ばして初めから茨の道を歩こうというのは短慮に過ぎるか。
そんな事にも気付けないとは、かなり動揺している証拠だ。今更ながらケイトの言った、落ち着けと言う言葉が効いてきた。
「分かりましたわ。早速この後お父様と話します」
ケイトは、お願いします、と頷く。
「成功率を上げるためには下準備が欠かせません。こちらでも最終手段に出なければならない場合の備えを万端にしておきます」
それからエスカティリーナが屋敷に着くと、時刻は夕飯時だった。
ちょうど父親もその直後に帰宅し、父・母・娘で食卓を囲み、人心地着いた頃にエスカティリーナが切り出した。
「お父様、クレアさんの刑を減刑してください」
「……お前が戻っていると言った時に、その話になるだろうと思っていた。この前も言った通り、私一人が反対してどうなるものでもない。気の毒だが、どうしようもないんだよ」
「そもそも、当の被害者であるわたくしを無視して話を進めるのは筋が通りませんわ。その貴族会議とやらに、わたくしを出させてください」
父親は困り顔で宥める。
「お前が出て訴えたところで、上手く言い包められるのがオチだ。我欲の強い貴族たちと張り合うには、お前はまだ真っ直ぐ過ぎる。私がこれから少しずつ教えて……」
「それでは遅いではないですかっ!その時、もうクレアさんはいないではないですかっ!」
娘の切実な叫びに父親は何も言えなかった。
彼とて此度の裁定は納得していない。しかし、この国の貴族の大半を敵に回すのはあまりにも危険すぎるのだ。
四大英雄の子孫で、貴族の中で最上位の階級だとしても、数の暴力には敵わない。
貴族主導の世を実現する邪魔者は、文字通り物理的に潰される。家族の命を守るためには、娘の恨みを買う事になっても呑み込むしかなかった。
父親の言う通り、この現実を受け入れるにはまだエスカティリーナは若すぎた。
「……こんな……こんな世界、おかしいですわ。間違っていますわ……」
そう呟いてエスカティリーナは屋敷を出て行った。
「やはりと言いますか……わたくしの気の短さが呪わしいです。面目次第もございませんわ……」
報告は早い方が良いと、その日のうちに再びケイトの部屋を訪ねていた。
ノックした時にはサリアも中にいてケイトは学園の格好に戻っていた。話は結界の中で安全に進められる。
「いいえ、お父上様の事情もある程度は理解していますので、致し方ないと思います。ガーランド卿であればそれでも少しは、と思っていましたが……。
どうやら私が思っていた以上に、この国の情勢は後戻りできないところまできてしまったようですね」
「父をご存知で?」
「直接の面識はありませんが、父や宰相から噂程度には。貴族という立場に横着せず、芯の通った素晴らしい貴族だ、と」
「……私の目には、長いものに巻かれようとしているとしか見えませんけれど」
「それは今回の相手が悪いからでしょう。ガーランド卿が声を上げれば賛同する貴族も多少はいるかもしれませんが、大多数は敵に回ってしまいます。
貴族は敵対した者には容赦はしません。ご家族の身まで累が及ぶのを危惧しているのでしょう」
「……まだ完全には納得できませんが、理解はして差し上げてもいいかもしれませんわね」
ガーランド卿の言葉の裏にある意図を教えてもらい、ばつが悪いのを隠すみたいにそっぽを向いて少し口を尖らせた。
ケイトは微笑ましくその横顔を見てから話を戻す。
「ガーランド卿が動けないとなれば、次は法廷で減刑を求めましょう。と言っても、私たちが素直に出廷を申告したところで門前払いでしょうけれど」
「で、ではどうやって……?」
「そこは私にお任せください」
ケイトは可愛らしく人差し指を顔の横に立てて、お茶目に言ったのだった。
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ゼストとシェリーはクレアと面会していた。
大人二人は沈痛な面持ちで、見ているクレアの方が申し訳なく思うくらいだった。実際、二人に何の責もない。
「すまない。私もシェリー教諭も、貴族連中に君の無罪や情状酌量を何度も訴えているのだが、未だに……」
「あなたが何も悪くないのは教師全員が知っているわ。他の先生方もいろいろと動いてくれているから、どうかもう少しだけ私たちを信じて?」
「先生……。大丈夫、私、諦めないよっ」
いつもの元気な姿を見せようと無理をする姿に、シェリーは堪らず口元を押さえて小さな嗚咽を漏らした。
だがシェリーたちの活動が実を結ぶことはなく、一週間後にクレアの裁判が行われるのだった。




