#34_不信感を抱く貴族令嬢は出会う(2)
窓から夕陽差す空き教室。外の喧騒が遠くで聞こえる。
教壇の前で向かい合うエスカティリーナと女子学生D。
これからの展開を思うと、エスカティリーナの鼓動は緊張で早鐘を打つ。決して百合の花は関係ない。
「まずは……いえ、その、本当に失礼で申し訳ないのですけれど、今更なのですが、わたくし、あなたのお名前が記憶になくて……」
去年の冬あたりから、いつの間にか溶け込むようにごく自然とエスカティリーナの近くにいた女子学生D。
特に彼女は自分から話題を振るでもなく、かと言えば会話に参加する事もほとんどない。彼女の口から聞いたことがあるのは、お茶のお代わりを聞くとか雑用を請け負うといった、よく躾けられたメイドのような言葉。
どうして今まで彼女の名前を聞かなかったのかと問われれば、エスカティリーナ自身にも分からない。入れ替わりの激しい当番制のメイドの名前を覚えていられない、そんな感覚だとしか言えなかった。
だとしても今まで名前を聞かなかった失礼は消えず、心から申し訳なく思っていた。
女子学生Dはそんな彼女の気持ちを汲み取る気もないのか、いつも通りの感情の籠っていない声で答える。
「申し遅れました、サリア・ローグライツと申します」
「サリア、本当にごめんなさい。こんな無礼、貴族として……いえ、人として恥ずべきこと。それでもどうか、許していただけますか?」
「お気になさらず。それで、お話とはどのようなものでしょう?」
ここまで平静でいられると調子が狂ってしまう。サリアは率直に言って、個というものを全く感じさせない子だ。同じ学園生と話している気にまったくならない。
だが不思議と彼女の言い方は、相手を苛立たせない妙な抑揚がある。
本当に不思議な子。
サリアも話を進めたがっているので、いきなり本題に入る。
「サリアさん。あなたはお昼の時にわたくしに、あの事件の情報は聞いていないのかと尋ねましたわね?」
「はい」
「どうしてそのような質問を?」
「………………それにお答えする前に、この質問に答えていただけませんか?」
「……訊いているのはわたくしの方なのですけれど?」
「承知しています。ですが、私と一対一でその話をするということは、エスカティリーナ様も今からする話がどのような危険を孕むものか薄々感づいていらっしゃるのでは?」
つまりは、サリアもエスカティリーナ同様に何かを知っていると白状したも同然だが、これ以上の情報を聞き出すには彼女の質問に答えるしかないようだ。
いつの間にかサリアが会話の主導権を握っていた。
「いいでしょう。何を答えればよろしいんですの?」
「今のこの国を、どうお考えですか?」
「……なんですって?それはどういう意味で、ですの?」
あまりに抽象的過ぎて何をどう答えればいいのか困る。もう少し具体的な内容を設定してもらわなければ。
サリアもすぐそれに気が付き、言葉を付け足す。
「身分制度を絶対とするこの国を、です」
サリアの無感情な言い方では、彼女の欲する答えが肯定か否定かを窺う隙が無い。
答えを間違えれば、話を引き出せずに終わってしまう。本心を言うべきか、嘘を言うべきか。
迷った末、彼女は嘘を嫌った。
「肯定か否定かと問われているのであれば、場合によりますわとしか。平民が何かを決断しようという時に足踏みしているようであれば、貴族が強引に事を進めて上手くいくケースもあるでしょう。
反対に、貴族が権力を振りかざして好き勝手するのは傲慢に過ぎます。
貴族とは、民の模範となるべき人間を指すものだと、わたくしは思っていますわ。その点で言えば、この国は貴族が幅を利かせすぎている、と感じますわね。それも、随分と自分の事しか考えていない貴族が」
答えになっていないかもしれないが、これが彼女の精一杯の答えだった。
言葉を重ねるうちに彼女の意に沿うかどうかはもう忘れていた。既に取り繕うにも無理があり、そんな気もなかったが。事の流れ次第では、貴族会議に乗り込む腹積もりを固めて良いかもしれない、とも。
数秒、サリアは目を閉じて沈黙。そして再び目を開けた。
「……及第点、といったところでしょうか」
なるようになれ、とエスカティリーナは思っていたが、合格点をもらえるとやはり安堵する。というか、どうして値踏みされていたのだろう。彼女の目的は何なのだろう。
とにかく、これで話が先に進められる。
「では、あなたの知っている事を――」
「申し訳ありませんが、私は何も知りません」
「……は?」
「私は、とある方へエスカティリーナ様の持つ情報をお渡しするため、この状況になるよう誘導しただけです」
「……誘、導?」
ここまでの事がサリアの掌の上だった?昼間、彼女の質問を聞いたエスカティリーナが、サリアを呼び出すに違いないと確信があったというのだろうか。
サリアが言う。
「もしエスカティリーナ様が何も知らなかったのであれば私を呼び出すことはなく、逆に何かを掴んでいたのであれば、あの私の質問はエスカティリーナさまの関心を惹く。たったそれだけのことです」
たったそれだけ。言われてみれば、なるほどその通りだ。エスカティリーナはこれまで経験したことが無かったが、これが言葉の駆け引きというものなのだろう。
本当にこの子は何者なのだろうか。凄く気になったが、それよりも気になる事が出てきた。
「とある方というのは、誰か教えていただけるのかしら?」
「まずは私に情報を。その内容でそのお方が判断いたします」
話を聞き出すはずが、聞き出される立場になるとは。もやもやするが、事によってはこの不思議な子が味方になってくれるかもしれないと思うと、なんだか心強い。ほぼ情報を持ち得ていないエスカティリーナとしては断る手はない。
それからエスカティリーナの持つクレア処刑についての話をした。
クレアの命運を聞いたサリアの決断は早かった。
「それが本当であれば急を要します。付いてきてください」
サリアは返事も聞かずに扉へ向かう。
慌ててエスカティリーナは後を追った。
「ちょ、ちょっとお待ちなさいなっ」
夕暮れの学び舎を早足で行き、昇降口を出て辿り着いたのは一年の女子寮。
学園関係者の中にサリアを従わせる者がいたとしても同じ二年の誰かか教師と思っていたのだが、一年とは訳が分からない。
寮に入り、階段を上ってとある部屋の前に来た。
サリアは一回ノックした後に今度は二回、その後に一回ノックした。あまりにも不自然なノックの仕方。もしかしたら合図なのかもしれない。
部屋の中から声がした。
「お入りください」
その声はつい最近どこかで聞いたような気がするが、思い出すよりも早くサリアがドアを開けてエスカティリーナを室内へ促す。
廊下から覗いた部屋の中には、あの日限定で一緒にパーティを組もうとした一年の女子学生がいた。
「ご足労いただき、申し訳ございません。どうか、こちらにお掛けになってください」
ケイトは廊下に突っ立っていたエスカティリーナを部屋に招き入れ、椅子に腰掛けてもらった。
サリアも中に入り、ドアに鍵を掛けた。すかさずケイトはこの部屋の四方と上下に何かの魔法を這わせた。
それを見届けたサリアは、ケイトに向って片膝を着いて首を垂れて応えた。
その異様な光景に呆気にとられて固まっていると、ケイトが微笑んだまま話し出す。
「サリアが報告なくお連れになったと言う事は、余程のことなのでしょう」
「はい。信用に値するお方であると思い、お連れ致しました」
ケイトはエスカティリーナの目を見て、何か納得した様子で頷く。
「今の魔法で、この部屋の中の会話は外には聞こえません。どんな内緒話をしても、私たちが外で漏らさない限り秘密は守られます」
そんな魔法は聞いたことがない。無意識に疑いの眼差しをしていたらしく、ケイトが詳細を明かす。
「これは特別な魔法で、とある一族に関係する者にしか教えてられていません。信じられないのは当然かと」
「とある一族?」
「自己紹介、しますね。私はケイト・ランシス。本当の名前は……」
ケイトは瓶底メガネを外し、結われた長い髪を解く。すると、全くの別人が現れたようだった。
「ティファリス・イル・ケイティア・ファナリース。この国の王、グエン・アル・モーゼス・ファナリースの娘です」
「………………………でっ殿下ああああーーっ?!」
およそ貴族令嬢らしくない叫び声を出してしまうほどの驚愕だった。




