#33_不信感を抱く貴族令嬢は出会う(1)
エスカティリーナの退院の日は、予定より四日遅れで訪れた。
重症だっただけに、では早速明日から学園へ、とは両親が許可しなかった。少なくとも三日は屋敷で安静にしているようにと言われ、親の心配を無下にするわけにもいかず大人しくする。
クレアの処遇が気になるが、学園に復帰してからFクラスを訪れてもいいだろうとこの時は思っていた。
そうして日は過ぎ、明日から学園に戻れるという日の夜。
食事を終えて明日の準備をしていた時、学園でも毎日付けていたお気に入りのアクセサリーがないことに気が付いた。
メイドなら何か知っているかと思い控室を尋ねると、彼女は机の抽斗からハンカチに包まれたペンダントを差し出し、返すのが遅れた事を謝罪した。
大事に保管していてくれたことに感謝を伝え、自室に戻る最中にリビングの少し開いた扉から深刻そうな両親の声が漏れ聞こえて来た。
「あなた、少し重すぎではないかしら?」
「私もそうは思うが、無理やりなこじつけをしてでも連中はこの決定を覆ようとはしない。どうにもできんのだよ……」
「あなたがそう仰るのなら……。それにしても、極刑なんて可哀そう過ぎですわね」
「ああ。エスカティリーナも明日からは学園生活を再開できるというのに、あまりにも……」
すぐに何の話か分かった。
このまま聞かなかった事には絶対にしてはならない。クレアが殺されてしまう。
「お父様、お母様っ、今の話はどういう事ですのっ?!」
「エ、エスカティリーナっ?」
「まさか、聞いていたのか?」
驚いた後で気まずそうに視線を逸らす両親の反応で確信した。
怒気を露わにして説明を求める。
「クレアさんが極刑とは……どういう事ですの?」
父親が頭の中で刺激しないような言葉を構築してから、落ち着いて話す。
「まずは、これは貴族会議で決定した事だと念頭に置いて聞いて欲しい」
貴族会議とはその名の如く、貴族だけ行われる会議の事。
国の規定では、ここでの決定は絶対的なものではないとされてはいるが、貴族の力が王族と対等かそれ以上の情勢ではこの規定はお飾りでしかなくなる。
今のファナリース王国は辛うじて国王の権威が僅かに上回ってはいるが、ちょっとした事で傾いてしまうほどに危うい情勢であった。
だから、クレアの極刑が確定してしまう可能性は高い。
「お前も十分に理解しているだろうが、貴族と言うのはプライドや体裁、格式や序列というものにひどく拘る。
仮に今回傷を負ったのが平民の子供であったのなら、処罰は重くて禁固数年、軽ければ情状酌量で無罪という事もあり得ただろう。だが、被害者が貴族の子ともなれば罪の重さは変わる」
「ええ、そこまではわたくしも理解できます」
「また仮の話にはなるが、刺されたのが私たちよりも格下の貴族だったなら、これもまた罪の重さは変わる。家の格が処罰の重さの基準になるということだ。そして、今回の被害者はお前だ。
四大英雄の子孫を害した罪は、現在のこの国において王族の次に重く見られる。だが今回の重罰は、単純にそれを基準にしただけのものではない。貴族というものを絶対的なものにしようとする者たちの思惑も絡んでいるのだ」
「……どういう事ですの?」
これから話すことは父親としても不本意なものであるようで、息を吐きながら続きを話す。
「この国の民たちに、貴族に歯向かう者へ容赦は一切しないと見せしめ、半服従精神を植え付ける。そうして国王よりも権力を持ち、貴族が国の主権を握ろうと画策しているのだ」
あまりにも身勝手で横暴。エスカティリーナは激しく憤る。
「何ですのそれはっ!クレアさんはそんな事の為にわざと極刑にされるというのですかっ!それをお父様は許容なさるおつもりなのですかっ?」
「仕方がないんだ。私以外の者のほとんどが乗り気なのだ。そんな中で少数派の私が反対すれば、いくら家格が高かろうと嵌められて潰される。それに、今の国王が宰相に頼り過ぎている現状があまり良くないというのは、私も同感なのだ」
「だからと言って、人の命を駒のように消費するのは許せませんわっ!」
ヒートアップしていくエスカティリーナを母親が宥める。
「落ち着いてリーナ。まだ、そうなると決まったわけではないわ。様子を見ましょう」
母親の言う事はもっともだ。まだ刑は確定していない。無罪は難しいかもしれないが、軽く済むかもしれない。
今の国情が危うい均衡だということを知らないエスカティリーナは渋々引き下がる。
「……分かりましたわ。でも、これから情報はわたくしにも教えていただきたいですわ。クレアさんに何の咎もないのは、このわたくしが一番知っていますもの」
父親は約束すると場は収まった。
そして翌日、エスカティリーナは午後から授業を受けた。復帰した彼女の周りには、大講堂での啖呵などなかったかのようにすぐに人だかりができ、心配の声が掛けられてそれを笑顔で受け取る。
その日の授業が終わり、そのまた次の日。騒ぎは落ち着いて普段通りの学園生活。学園生たちも、あんな事件など無かったようにいつもと変わらない。
昼休み。彼女は普段と同じく学食で食事を済ませ、女子学生ABCDと中庭で紅茶を嗜む。
「この日常が、かけがえのないものだと最近になって思い知りました」
「ええ、本当に。いつまでも平和であって欲しいです。ですよね、エスカティリーナさま」
まるで他人事のようにあの時の事を話してくる。そこに違和感を覚えずにはいられなかった。
それだけでなく、授業中に平民の姿を一人も見ていない。彼女が休んでいる最中に一体何があったのか。
「……それにしても、授業では平民の方々の姿が見えなかったようですけれど、あなたたちは何か知っていらして?」
「えっ……」
女子生徒A、B、Cの動きが止まった。それから視線を泳がせてしどろもどろに答える。
「え、っと、それは、その……。先生方の方針で、先週あたりから別々になって……」
「わ、私たちも急な事で驚きました……」
この歯切れの悪い態度は何なのか。まるで隠し事を問い詰められた時のような態度だ。詳しく聞き出したいが、彼女らは貴族の子供で、クレアを良く思っていない。そして、彼女の親たちはクレアを見せしめのために殺そうとしている。
それを止めたいエスカティリーナの動向が、彼女らを通じて貴族に伝わってしまうのはまずい。
やりきれない思いを必死に押し込んで、なるべく平静を装う。
「そう……」
「エスカティリーナさま、お聞きしても宜しいでしょうか」
普段物静かで自ら発言することがほとんどない女子学生Dが珍しく口を開いた。
三人は驚いたが、とりあえずエスカティリーナは快く答える。
「ええ、何かしら?」
「ご自宅で療養されていた間、あの事件に関して何かお聞きになりましたか?」
「っ」
瞬時にリビングでの会話が思い出され、息を呑んだ。
何故だか女子学生A、B、Cもエスカティリーナと同じ反応を見せ、僅かに女子学生Dを見る目がきつくなった気がした。
普通であれば話題に上がって至極当然のはずなのだが、無口な彼女が口にすることで意味深な質問に聞こえた。女子学生Dはクレアの件を知っているのではないかと思えてきた。
だが、貴族の子供の多い中庭で言うわけにはいかない。話したい衝動をぐっと抑え、今は知らないふりをする。
「残念ながら何も。何かあったとしても、お父様も簡単に口を開くわけにもいかないでしょう」
「そうですね。つまらぬ事を聞いてしまい、申し訳ありません」
「いえ、気になさらないで。というか、わたくしとしては普段からもう少しあなたの声が聞きたいのですけれどね?」
「……努力します」
「ふふっ」
この場は上手く誤魔化せたと思う。だが、さっきの彼女たちの女子学生Dを見る目が気になって仕方がない。これを放置して何かあってからでは遅い。
ここは先手を打っておく。
「そうね。あなた、今日の放課後わたくしに付き合ってくださらない?いろいろとお話ししたいことがありますの」
「それでしたら、是非私たちもご一緒に」
「ごめんなさい。ほら、普段はあなた方とお話しできてはいますけれど、二人きりの方が彼女も自分の意見を言いやすいと思いますの。どうか今日の所は……」
「そう仰るのであれば……」
女子学生A、B、Cは残念そうに引き下がり、改めて女子学生Dに訊く。
「それで、いかがかしら?ご予定がおありでしたら無理にとは申しませんけれど」
「いいえ、特に予定は入っておりません。エスカティリーナさまのお誘い、お受けいたします」
「そう。良かったですわ」
含む意味合いは違ったが本心からの言葉だった。クレアの状況を考えれば、色々な事は急いだ方が良い。
そして放課後、エスカティリーナは女子学生Dを人気のない空き教室に連れ込んだ。




