#32_事後処理
あの後、ゼストはラウマール達と共に学園に戻り、大講堂に待機させていた教師と学園生たちに事の顛末を伝えるのだった。
「この国を襲撃してきたのはゴルドゲルズの者たちだ」
彼の蛮族兵たちは王城に向かう部隊と学園に向かう部隊に分かれて侵攻したが、ファナリース側は防衛に成功。ファナリースの兵士たちは無視できない程の被害を受けたが、国民への被害がほとんどなかったのは不幸中の幸いと言えよう。
被害が皆無、と言えないのは、エスカティリーナが負傷したからだ。
ゼストがそういった説明をしていると、学園を襲ったゴルドゲルズ兵を連行する為に衛兵たちがやってきた。
カザックが連行させる者たちをひとまとめにしていたので、彼らの仕事は早く済みそうだった。
「これで全員でよろしいですか?まさかとは思いますが、匿っては……いませんよね?」
「悪い冗談はやめて欲しい。早く連れて行ってくれ。……ああ、この私服の者たちは催眠術のようなもので操られていただけで、ゴルドゲルズとは無関係なはずだ。特に我々も傷付けられてはいない。配慮を頼む」
「伝えておきましょう。では……おや?」
踵を返そうとした衛兵が、大講堂の隅で腹部を押さえて苦悶の表情で気を失っているエスカティリーナを見つけてしまった。
「……彼女は怪我をしているようですが?」
「ああ、それは――」
カザックがクレアを庇う為に、ゴルドゲルズにやられたと言う前に、女子学生がヒステリックに叫んだ。
「あの子よっ!あの平民の子がエスカティリーナ様をナイフで刺したのよっ」
「あの子?」
「分からないの?!こんな状況なのにあそこで平然と寝ているアイツよっ」
衛兵が、エスカティリーナを介抱しているケイトの向こうを覗き込むように回り込むと、気を失って寝かせられているクレアとそれを介抱するジャックがいた。
彼女の右手は確かに血で濡れていた。
「先生、彼女の言葉は本当ですか?」
「……それは……」
言い淀むカザックを見て衛兵は確信し、近くにいた者に容赦せず命令する。
「おい、その女子学生も連行しろ」
「はっ」
カザックやシェリーは慌てて止めに入る。傷付けたのは絶対に彼女の意志ではない。
「待てっ。彼女は操られていただけだっ。体と意識の自由が利かなかったんだっ」
「この子も被害者なんですっ。連れて行かないでくださいっ」
命令された衛兵は聞く耳を持たずにクレアの元へ行き、寄り添っていたジャックとケイトを強引に退かして肩に担ぐ。
ジャックが非難の声を上げる。
「ちょ、ちょっと、クレアをどうするのさっ!」
衛兵は無視してクレアを確保した。
三人の懇願も衛兵たちには届かず、冷たく突き放されてしまう。
「それを決めるのは我々ではありません。ただ現場の状況と事実のみを持ち帰るのが職務。無実というなら法廷で示してください。それでは失礼。……撤収だっ!」
「そんな……」
「くっ」
ジャックとシェリーは途方に暮れ、カザックは歯噛みした。
ケイトは、何かを考えているように見えた。
それから二日後には学園は授業を再開した。そこにクレアの姿はない。
エスカティリーナもカザックの回復魔法で一命をとりとめはしたが、失った血までは元には戻らないので今は病院で療養中。退院できるのは早くても一週間後らしい。
エスカティリーナを欠いた学園は以前ほどの活気を失い、貴族の子供たちはクレアへ憎悪を向けるようになった。
そして、その憎しみの対象は一年Fクラスそのものへと膨れ上がった。
授業のほとんどが実力でクラス分けされているので、ジャックとケイトは毎時間口撃されるようになってしまった。
「犯罪者の仲間だってのに、よくまだ学園にいられるな。早く消えろよ」
「本当は敵と繋がってたんだろ?平民にしては出しゃばるし、怪しいと思ってたんだよな」
言葉の攻撃だけではなかった。
「痛っ!」
「おっと、ごめんよ。余所見してたぜ」
「邪魔なんだよ、どけよ」
剣術の対戦形式の練習中では、近くでやっていた組が事故を装って木剣を打ち付けてきたり、魔法実技では誤射を装って魔法で威嚇したり、時には休み時間の貴族同士のボール遊びでわざと外した素振りで狙って来たりと、小さな怪我をさせられたりした。
もちろん、教師たちも目に入った時はその都度注意してはいるのだが、四大英雄の家系で学園トップ、それでいて品行で嫌味が全くないエスカティリーナを害した事は思いのほか学園生たちの心に影響を与えていたようで、教師にも悪態をつくようになった。
「いやいや、だって犯罪者の仲間ですよ?この学園から追い出そうとして何が悪いんですか?」
「このままじゃあ、いつか俺たちだって殺されるかもしれない。そうなったら先生たちは責任が取れるんですか?」
ゴルドゲルズの仲間という証拠もなければ、倉庫から教師たちに木剣を渡して援護したではないかと状況証拠を並べるが、聞く耳を持たずに教師の前からいなくなる。
そんな日々が続き、たった数日でフォスノウス学園の風紀は完全に乱れた。
「……困りましたね」
教務室でラウマールは嘆いた。
その声は小さいにも関わらず教員室全体に広がり、聞いた教師全員が溜め息を吐いた。
「どうしてこうなってしまったんでしょう……」
「エスカティリーナ君のカリスマ性がここまで大きかったとは……」
「それもあるでしょうが、彼女を傷付けてしまったのが平民出身の子であったのも大きな要因でしょうね」
「ここは特権意識の高い子供が大半ですから……。自分は貴族だからどれだけ攻撃しても構わないと思っているんでしょう。加えて、この学園が運営できているのも、貴族の方々の援助によるところが大きいのも事実ですし」
「本来この学園は、身分に関係なく魔王と戦えるような人材を育成するために設立されたのですけどね。寄付の打ち切りをちらつかせて子供を特別扱いさせたい親が多すぎるのも問題です」
教師たちはもう一度大きな溜め息を吐いた。
教員室にゼストが入って来た。
「みんな、浮かない顔をして……いや、何でもない」
言いかけて察し、すぐに言葉を止めた。
カザックが出迎えた。
「どうしたのですか?何か伝達事項でも?」
「いや……」
全員の浮かない顔を見渡して言った。
「一つ、提案がある。しばらくの間、一年Fクラスの授業を単独に切り替えたい」
それは教師全員にとって願ってもない提案だったので、諸手を上げて賛成した。
早速翌日からジャックたちは全ての授業を三人、もしくは二人だけで受けるようになった。
そうして二週間あまりの時間が過ぎる。
その間もクレアは鉄の檻に閉じ込められ続け、来る日も来る日も事情聴取されていた。
クレアが逮捕されたという報せはカッシェル村に伝わり、村長と育ての両親がその日のうちに村を出発し、それから更に二週間が経った頃、三人はクレアと面会した。
「一体どうしてこんな事になったんじゃ……?」
「ああ、こんなに痩せてしまって……なんてひどい……」
「大まかな話は聞いた。けど、違うんだろう?お前はそんなようなことが出来る子じゃない」
「お父さん、お母さん……」
木製の手錠が嵌められたまま、クレアは悲しそうに笑った。
「私、その時のこと本当に何も覚えてないんだよ。毎日ここの人たちにも言ってるけど、全然信じてくれなくて……私、どうすればいいの?これからどうなっちゃうの?」
笑顔なのに今にも泣き出しそうな十六の娘。大人たちはかける言葉が見つからず、村長は無力な己を悔やみ、両親は涙を浮かべて名前を呼ぶしか出来なかった。




