#31_落着
「アーシェスっ!」
カザックが叫ぶ。
リーダー格の男は醜悪な笑みを浮かべ、覚醒の心鍵を突き刺した胸元から視線を上げていき、これから狂気に歪むであろうアーシェスの顔を見る。
「くっくっくっ、どんだけてめえが強かろうが、これからは俺の操り人形だーっ!」
「……」
覚醒の心鍵は確かにアーシェスの胸元に溶けるように埋まっている。
が、クレアの時みたいな光が発せられる事もなければ狂う予兆も見えず、相変わらずの無表情がリーダー格の男を見下ろしている。
効果が発揮されているのか不安になったリーダー格の男は、鍵を抜き差ししたり捻ったりするが特に変化はない。
「ああ?反応が遅えな。これで間違ってねえはずだ。アイツらにもこのガキにもこうやって……」
「アーティファクトをたかが魔王もどきが使いこなせる道理はない」
「は?」
アーシェスは鍵を持つ腕を強く握ると、リーダー格の男は痛みに耐えきれず鍵を体に差したまま手放してしまう。
「いてえええええっ!放せ、放しやがれーっ!」
掴まれた腕を掴んでアーシェスの手から逃れるために体を引く。
殴るなり蹴るなり急所を狙うなりすれば良いものの、突然の事にそこまでの想像力は働かなかった。
身を捩って逃げようとする男を、アーシェスはあっさり解放する。
「くっ、くそがっ!どうして効かないっ」
手首を押さえながら後退りして睨む。
覚醒の心鍵はフードの男が使っても効果があり、リーダー格の男が使っても効果があるのはクレアで実証済み。
フードの男はここに攻め込む前に言っていた。「どんな人間でも私の魔力を注いだコレには抗えない」と。
事実、これまで数百人に使ってきたが、問題はなかった。どうしてこの男には効かないのかが分からなかった。
そんな彼の疑問を持つ彼をアーシェスは無視して大講堂内を見渡す。
「クレア・シールズは二人に任せても良さそうだな。刺された女子は……まあ大丈夫か」
「アーシェス、あなたその胸……大丈夫なの?」
ラウマールを始め、腕に覚えのある教師たちがリーダー格の男を取り押さえ、魔法を専門とする教師たちが覚醒の心鍵によって正気を奪われている人々を拘束。混乱から解放されつつある大講堂内。シェリーは依然として覚醒の心鍵が刺さったままのアーシェスを心配した。
「ああ、問題ないです」
ポケットから鍵を取り出すかのように何事もなく胸に刺さったそれを引き抜く。
シェリーはぎょっと目を剥く。
「いっ、痛くは無いの?」
「体を貫いているわけではないからな、です。クレア・シールズにも外傷はないはずだ、です」
「そ、そう、なの?」
「それよりも、こいつらは何なんだ?」
外の森から駆け付けたアーシェスは、どうしてこんな状況になっていたのか知らない。
それは教師や学園生たちも同じで、どうして学園が襲撃されたのか心当たりがまったくない。
「それは私たちも知りたいところよ。ここを襲っても、せいぜいが貴族の子を人質に身代金を要求する程度しか……。まさか、本当にそれだったのかしら?」
「それにしては妙なところがありますね」
リーダー格の男を縛り終えたラウマールが会話に加わる。
「妙なところ、ですか?」
「アラートが響き渡ってからこの者たちが学園を襲って来た。ということは、王都の外から攻めてきたということでしょう。
ここの子供達を人質に取ろうというのなら、わざわざ警戒されるような真似はせずに忍び込んで誘拐でもした方が確実です」
「確かに、そうですね」
「いや、人質にするかどうかは断言できないが、恐らくはそうしようとしていたと思う、です」
大人二人に異を唱えるアーシェス。
興味深く二人は彼の意見を聞く。
「ふむ、どういうことか教えてください」
「俺は外からここまで様子を見ながら戻ってきたが、町の門の攻防では敵兵が姿を消して戦っていた、です。
恐らく、予定では姿を消したままここまで移動するはずだったが、王都に入る前にアラートが作動したのだと思う、です」
「ちょっと待ってください」
ラウマールは作戦云々よりも重要な話に飛びつく。
「王都の門で戦闘があったと言いましたか?」
「ああ」
「それで、攻めてきた者たちは全員こちらに流れて?」
「いや、中央広場から二手に分かれた、です。こっちと門から真っ直ぐに伸びる道を向かう集団に」
ラウマールはそれが何を意味するかを、信じたくなくても受け入れざるを得なかった。
「門から真っ直ぐ……これはまずいですね」
「お城、ですね……」
「こうしてはいられません。ここからいなくなったフード姿の男も気になります。ここはもう安全でしょうから、数名の教師のみ残して王城へ――」
「フード姿の男、魔王もどきなら殺しておいた、です」
体を翻して駆けだそうとしたラウマールの足が止まった。
「……魔王、”ご”とき?」
聞き間違いだろうか。ラウマールの耳には、アーシェスが「魔王ごとき」と言ったように聞こえた。
現れては世界を震撼させ、人間の中でも選ばれた強き者のみが太刀打ちできる魔王。その存在を「ごとき」と言い退ける。そして、これは魔王が現れていたという話でもある。
さすがに情報量が多すぎる。まあ聞き間違いなのだが。
「……つまり、あれが魔王だったと?そして魔王を君が?……すみません、少し落ち着く時間をください」
「ゆっくりしていていいのか?その、城とやらに向かわなくていいのか?です」
「そ、そうですね。まずは王都の混乱を治めましょう。念のため、君はここの守りとして待機していてください」
「わかったです」
「シェリー先生、私は一足先に向かいますので他の先生方を集めたら追って来てください」
「は、はい」
その後、王城に向かったラウマールと教師たちは敗走するゴルドゲルズ兵とすれ違ったが、向こうから仕掛けてくるどころか一目散に逃げているようだったので、遅まきながら応援に駆け付けたファナリースの兵たちに任せた。
王城から逃げ去る蛮族を見た教師陣は安堵しながらも気を緩めず、城門を抜けて城内の長い廊下をひた走る。
すると、途中で体が上下に分断された大男の死体を見つけて足を止めた。
「うっ……。これは、ひどい……」
シェリーが口元を押さえてこみ上げる吐き気を我慢する。
ラウマールがしゃがんで切断面を一瞥すると、すぐに腰を上げて教師たちに教えた。
「この彼が先ほどすれ違った者たちの親玉で間違いないでしょう。ボスが殺されたから逃げ帰った。そんなところではないでしょうか」
「そう、だと良いのですが……」
いまいち不安を拭えない数人の教師たちへ向けて、ラウマールが決め手となる言葉を発した。
「十中八九、間違いはありませんよ。コレをやったのは、理事長ですからね」
「っ!?」
その鮮やかな切断面に覚えがあり、それは紛れもなくラウマールが彼につけた修行の成果なのだから。
それが分かれば不安は何もない。それから教師たちは城の者たちにゼストの居場所を聞き合流すると、互いの持つ情報を伝え合ったのだった。




