#3_入学式、そして能力検査(1)
入学式当日。
昨夜の興奮が夜中まで尾を引いたせいでなかなか寝付けなかったクレアは、寝ぼけ眼を擦りながら食堂に入ると、目の前に広がった未知の光景に眠気が一気に覚めた。
「す、すごい人の数……」
既に食堂では百人以上の学生たちが集まっていた。
村では見たことのない光景に気圧されながらも、シェリーから教えられた通りに食堂入口に積まれたトレイと食器を持って配膳の列に並ぶ。
列には三十人程が並んでいて、クレアのトレイに皿が乗るのはもう少し時間がかかりそうだ。
「これから毎日こんななのかな……。朝からかなりエネルギーが消費されそう」
今後の食事時間に微かな不安を抱いたその時、前の方でがしゃんと何かが落ちる音がした。
食堂内の喧騒が波が引くように静まり、皆が音の元に注目する。クレアも列に並んだまま上半身を傾けた。
すると、食器と共にスープやパンが無残に床に散らばっていた。
それを持っていたであろう男子学生は項垂れて床を見つめ、床に落ちた物をトレイに戻す。その背中は辛そうに見えた。その彼に声を掛ける三人の男子学生。
「分を弁えなかったお前は、汚れた飯でも食ってろ。それが嫌ならすぐに学園から消えるんだな」
「てっきり平民の学校に行くと思って清々してた俺の気持ちを返せよ」
「貴様が俺たちと轡を並べるなど虫酸が奔る。ここは英雄を輩出した貴族たちにこそ相応しい場所だ。ゴミは失せろ」
「くっ……」
悪し様に言われた男子学生は言い返さず、三人が去ってからも床に散らばった食べ物を片付け続けている。
クレアは見ていられず、列を離れて男子学生の片づけを手伝いに行った。
持っていたハンカチで床のスープを拭き取り始めると、男子学生はびっくりして顔を向けて来た。
「き、君は……?いや、そんなことより、僕に構っていると、君まで酷いことをされてしまうよ。早く離れて」
「こんなの放っておけないよ。いいから、早く片付けちゃおう。じゃないとご飯食べる時間なくなっちゃう」
「で、でも……」
クレアの親切を素直に受け取れないでいた彼の元に、三人が戻って来た。
「おい女。そいつから離れろ」
三人の中で一際高圧的な態度の学生がクレアに凄むが、無視してハンカチで吸い取ったスープをお椀に絞り出し、また吸い取る。
一向に反応しないクレアに三人は苛立った。
「やめろと言っている」
「言う事聞かないってことは、覚悟はできてるんだろうな?」
「すぐにやめるなら見逃してやる」
それでもクレアは手を止めない。代わりに理不尽な事をされた男子学生がクレアを諫める。
「も、もういいから。あとは僕でやるから、離れて」
クレアは一仕事終えた時のように息を吐いて立ち上がった。
床の片付けを止めたクレアに、三人は半ば呆れの表情を向ける。
「ふん。やっと分かったようだが、お前も己の分を知らぬ類のようだな」
「コイツを助けたのが運の尽き……っておい!」
クレアは無視して厨房に話しかけた。
「すみませーんっ。転んじゃってご飯が……。本当に、本当に申し訳ないんですけど、もう一度もらえたりしますかー?」
「無視するなっ!」
厨房の職員たちは顔を見合わせると、何故かバツが悪そうな顔になった。
「それは……私たちは別にいいけど……」
そう言って窺うように三人を見る。
どういう事だか分からないが、代わりを用意できるかどうかは三人次第ということらしい。
クレアはため息を吐いて、ここで初めて三人と向かい合う。
「新しいご飯、用意させてあげて」
「お前、誰に向ってそんな口を利いているか分かっているのか?」
高圧的な学生が睨んできた。だが、クレアは一歩も引かない。
「早くして。食べる時間がなくなっちゃうじゃない」
クレアがそう言った時、周囲の温度が一気に下がるのを感じた。
どういうことだろうか。
「……そうか、これだけ忠告しても聞かないか。くっくっ。まあ良いだろう。おいっ!こいつの飯を寄越してやれ」
高圧的な学生は厨房の職員に指図すると、代わりの朝食がすぐに受け渡しの台に置かれた。
嫌な笑みを浮かべながら顎で示す。いじめられていた男子学生は頭を低くしながら受け取ると、足早に隠れるように隅っこに移動した。
高圧的な学生は彼に一瞥もくれずに、クレアを見据えていた。
「なによ?」
「いや何も」
そう言い残し、下卑た笑みを浮かべながら三人は食堂から出て行った。
同時に、食堂の雰囲気も緩やかにだが戻り始めた。
「なんだったの、あれ」
いじめておきながら、少し粘ってお願いしただけで突然手のひらを返したように代わりの朝食を用意させた。
情緒不安定なのだろうか?
まあ、考えるのも時間の無駄だ。時間と言えば、クレア自身の朝食はまだだった。
「あ、早く並ばなきゃ」
朝食を受け取って空いているテーブルに向かうと、磁石に反発する砂鉄みたいに周りから人が離れて行く。
「ん?……まさか、あの三人が原因?」
誰かに聞こうにも誰も傍にいない。
「…………ふむ」
しかし、クレアは気付かなかった。一人の女子学生がクレアを遠目で見ていたことを。
とりあえずクレアは一旦忘れ、気を取り直して広々とした席で悠々と朝食を済ませた。
そして、入学式が執り行われる講堂へ向かう途中に気付く。
「っていうか、寮って男女一緒だったとは……」
正確には、食堂のみが共用。棟は左右で分断されている。クレアがそれを知るのは少し後の事だった。
入学式。
よく分からないお年寄りからの祝辞や高い地位にいそうな貴族たちの挨拶が終わると、理事長が登壇した。
瞬間、講堂内の雰囲気が湧いたのを肌に感じた。
「(え、なに?この理事長って有名人か何かなの?)」
「新入生諸君、入学おめでとう。私はこの学園の理事長、ゼスト・クライスという。本学園は魔力を持つ者はもちろん、学術や武芸に可能性のある若い人材を高みへ至らせんがための教育機関である。
ただそれぞれの高みを目指すのならば、自分に合った師の元で修行するのが一番だろう。無論、本学園にも優れた講師は多く存在する。しかし、私が何故この学園を創設したか。
それは、ここから新たな勇者を輩出するためである」
学生たちが息を呑む。
新たな勇者。
それは、魔王と渡り合える力。そして、人々から称賛を浴び憧憬の的となる存在。後世において、英雄の末席に加えられる可能性を秘めた存在。
登壇している男、ゼスト・クライスはその一人だった。
「学園で己を知り、鍛え、知見を広げ、成長する。諸君らがこの学園を卒業した後には、世界のどこかに存在するであろう自分に合った師を見つけて欲しい。一見、この学園で学ぶというプロセスは無駄に思う者もいるかもしれないが、私はそうは思わない。
なぜなら、弟子を取っている者に出来ない事が、ここでは出来るのだ。
それは入学と進級直後のステータス査定をはじめ、数多くの講師たちによる個々の生徒の見極めがあり、何より様々な分野に関わる事で諸君らの視野が広げられる。
ここでの経験は、戦いの場だけでなく人生において必ず役に立つ。
平民、貴族関係なく、お互いに切磋琢磨し、人々の剣となり盾となれ。私からは以上だ」
これまでの登壇者へは形だけの拍手だったのに、熱の籠った大きな拍手がゼストに送られた。
よく分からないけど、とりあえずクレアも大袈裟に拍手してみた。
「(弟子だとか貴族とかよく分からないけれど、やっぱり名門だけあってなんとなくだけど理事長の言葉は心にくるなぁ)」
そうして式は終わった。
その後、新入生だけが大講堂に残された。それから教師たちが壇上の机の上に一つの水晶を置き、その隣に立った男性教師が新入生全員に向けて話す。
「では、これからステータス査定を始めます。最前列の左端から順にステージに上がって、氏名を名乗ってからこの水晶に触れてください」
ステータス査定が始まると聞いた新入生たちは、途端に色めき立った。
「くぅ~っ、楽しみ過ぎるぜっ」
「私、どんな結果なんだろうっ」
「剣術の才能がありますように剣術の才能がありますように」
「大魔法士に、俺はなるっ!」
講堂内が湧く中、これから何が起こるのか知らないクレアはぽかんと口を開けた。
「えぇー……これ、どういう状況……?」
よく分からないまま壇上を見ていると、最初の一人目が水晶の前に立った。
「ナハム・ファンガーです」
教師は手に持った名簿を確認し、促す。
「確認しました。では、どうぞ」
学生は緊張の面持ちで水晶に触れた。
すると、水晶からステージの後ろの壁に投射されるように、人の大きさ程の五角形のグラフが出現した。
色めきどよめく新入生たち。
教師にとってそれは見慣れた光景で、何の反応もせずに淡々と数値を名簿に記入していく。
「えーっと、体力35、魔力値40、精神力信仰心探求心はオール20。はい、次」
「えっ、もう終わりですか?」
あっさりした終わり方で肩透かしを食らった学生に、教師は一言だけ。
「終わりです。次の生徒、どうぞ」
想像していたような心躍る展開にならず、学生はしょんぼりしてステージから降りた。
百数十人いる新入生のステータス査定は、このように学生たちが感慨に浸る暇も与えずに、黙々と資料にハンコを押すが如くさっさと進められた。
「ベルナルド・ガーランド」
そう名乗った彼は、食堂でのひと悶着起こした男子学生の一人、高圧的な学生だった。
彼の名を聞いた新入生たちからざわめきが起こった。
「ガーランドって、まさか、あの?」
「確かに顔つきが違うな」
「さすが四大英雄の末裔だけあるな……」
学生の中ではなかなかの有名人らしい。が、クレアは興味が無かった。というか、ただのイヤな奴としか思っていない。
ベルナルドは水晶に触れ、数値がグラフ化された。
ざわめきが大きくなる。
「体力78、魔力値330、精神力27、信仰心と探求心は12。はい次」
魔力値330。
この数値は今のところ新入生の中では頭一つ抜いていた。
次いで取り巻き二人の査定の数値も、彼には及ばないが中々の高い数値を叩きだしていた。
そして、クレアの順番が来た。
「クレア・シールズです。なんだかよく分からないままだけど、これに触ればいいんですよね?」
「そうです。触ってください」
既に百人以上の学生を捌いて来たので、毎年恒例とはいえ教師にも少し疲れが見えてきている。
クレアは心の中で「お疲れさまです」と呟いてから、水晶に触った。
壁に表示される五角形のグラフ。
その数値は……。




