#2_フォスノウス学園、入学前日
クレアは隣村に来ていた行商人の馬車に乗せてもらい、王都ライザースへ向かった。
王都へは馬車で一週間ほど。
基本的に野宿はせず、途中でいくつか町に寄って商業ギルドの宿泊施設を利用する。もちろん有料だが、一般的な宿屋に泊まるよりも安い。
誰でも利用できるわけではなく、クレアの場合は乗せてもらう際に施設の使用料を払っていたので利用できた。
そして一週間後、高くどこまでも続いていそうな塀が遠くに姿を現わした。
「嬢ちゃん、もうじき着くぜ。ほら、前に見えるあのでっかい門、あれを潜れば王都ライザースだ」
「え、どれどれ?……わあ、本当におっきい!」
クレアは荷台から顔を出し、門の威容に嘆息した。
大きく頑丈そうな門に高い塀は、もはや砦と言っても過言ではない。
そして王都を囲む塀には、所々に小さな穴が空いていた。戦闘になった際はあの穴から攻撃を仕掛けるのだろう。
外観を仰ぎ見ただけで胸が高鳴る。
「あー、わくわくしちゃうなぁ」
そんな話をしていると、ついにその門を潜る瞬間が訪れた。
「天井たっかっ!首が痛くなる」
「ほれ、見上げてないで通行証を用意しておけ。この門の中でチェックされるからよ」
「あっ、ごめん。そうだったね」
クレアは荷物の中からフォスノウス学園の合格通知書と一緒に送られてきた通行証を取り出した。
門番にそれを見せる。
「えーっと、フォスノウス学園への入学を保証する証明書である……。ああ、新入生か。入学おめでとう。王都へは初めて?」
「はいっ。カッシェル村っていうトコから来ました」
「えっ、ここからすごく遠いでしょあの村。長旅お疲れさま。ようこそ、王都ライザースへ」
笑顔と共に労いと歓迎の言葉を贈られ、クレアも嬉しくなった。
「ありがとうございますっ」
「それと、学園から君に通達があってね。学園に来たら、まずは事務室へ顔を出してくれだとさ。寮の場所とか説明がしたいって」
「わかりました。このあと行ってみます」
「ああ。良い学園生活を」
無事に王都へ入る事が出来た。
門を出てすぐの通りには様々な商店が建ち並び、いくつか露店も出ている。買い物をするならばここに来ることになりそうだ。
物珍しそうな顔を馬車から覗かせているうちに、馬車は広場に着いて止まった。
「到着だ。忘れモンないようにな」
「ありがとう、おじさん」
「ところで嬢ちゃん。学園の場所分かるか?」
「あ、いや……」
二人して苦笑い。
商人は広場から学園までの道をクレアに教えた。
「ありがとう、助かったよっ」
「気にすんな。困ってる時はお互い様さ。頑張れよ!」
商人はそう言って馬車を走らせた。
その後ろ姿にクレアは大声でもう一度礼を言い、荷物を背負い直して学園を目指す。
「うわー、一人になった途端すごく落ち着かなくなってきた。早く学園に行こう」
周りの風景を見渡しながら教えられた道を辿ると、馬車が何台もすれ違えるほどに道幅のある緩い上り坂が現れた。
坂の頂上には、大きな門と獅子の意匠が施された立派な門構え。その奥にはまさに、学園という言葉がピッタリの建物が見えた。
「うん、おじさんの教えてくれた通りだと、あれがこれから私が通う学園だ」
そう思った瞬間から、これから踏み出す一歩一歩は何だか特別な感じがしてきた。
門は開かれていて、坂を登り切った足でそのまま恐る恐る中に入る。まだ正式に学園に在籍していないので、入学証があっても本当に私が入っても良いのだろうかと不安になってしまう。そもそも合格通知の宛先が間違っていないだろうかとか、採点間違いじゃないだろうかとか。
そんな事を思うのは今更ではあるが、そう思ってしまうのだから仕方がない。
とにかく、合格が間違いではないと確かめるためにも、玄関に入って左右に伸びる廊下の先を見て事務室を探す。
「うーん、どこだろ。多分、一階のどこかだとは思うんだけど……」
丁度その時、廊下の向こうから一人の女教師が歩いて来た。
「あら、どうかしたの?今日は休み……ああ」
クレアの背負った大きな荷物を見て、得心したように微笑んだ。
「あなた新入生ね。名前は?」
「あ、クレア・シールズです。あの、事務室はどこに……」
「それなら、向かう必要はないわ」
その言葉が意味するところを瞬時に理解し、気落ちする。
「えっ?!っていうことは、やっぱり私の合格って何かの間違いだったんですね……」
女教師は首を傾げた。
「何を言っているの?」
「だって、事務室に顔を出しなさいって門番の人から聞いたけど、私の名前を聞いた後にその必要がないって。ってことは、私は本当は受かってないんじゃ……」
女教師はクレアの勘違いに、眉を八の字にして宥めるように言う。
「誤解よ。そういう意味で言ったんじゃないの。私が寮に案内してあげるからその必要がないって意味。安心しなさい、あなたはちゃんと入学試験に合格した本年度の新入生よ」
クレアは盛大に安堵の溜め息を吐いた。
「よ、良かったぁ。間違いじゃなくて良かったぁ」
「まったく、早とちりにも程があるわよ」
「すみません……」
「それじゃ、行きましょうか。あぁ、まだ私の自己紹介がまだだったわね。私はシェリー・コーウェル。主に歴史を担当しているわ。これから宜しくね」
「は、はいっ。よろしくお願いします、シェリー先生」
二人は校舎を出ると、敷地内に建てられた寮へ向かう。
寮までの道程が思ったより長く、学園の広大さに驚く。
「校舎から結構歩くんですね……なんだか五分くらい歩いてるような気がします」
「そうね、各学科の施設が個別で建っているから、敷地はそれなりに広いわね。この学園は通称・勇者学園と呼ばれているだけあって、文武の他に魔法やクリエイト関係も学ぶことが出来るわ。
何を重点的に学びたいかは学年が上がれば自由に選べるけれど、もちろん成績が揮わなければ学園には居続けられないから、初めの一年は自分が何を得意と出来るかを見極めながら励むと良いわね。
一応、入学式後にステータス査定があるけれど、数値が低くても本人のやる気次第でどうにでもなるから、あくまで参考程度ね」
「な、なるほど」
入試に合格して以来ずっと浮かれていたクレアに、今ようやく現実が突きつけられた。
学園に通うからには、楽しいだけじゃいられない。落第があるのだ。
ここは村にあったような生易しい学校ではないのだと肝に銘じた。
それから少しすると、シェリーが立ち止まった。
「はい、ここがあなたが今日から生活する場所よ。学年ごとに棟が違って、ここは一年生の寮よ」
「はえ~……」
クレアは真っ白で豪奢な外見の三階建ての寮を見て、またも嘆息する。
「校舎も門もだけど、ピッカピカ……」
「ふふっ、ありがとう。でも、綺麗なままでいられるかは、これから利用するあなたたち次第って事を忘れないでね」
「は、はいっ」
「じゃあ中に入りましょうか」
シェリーに促されるまま寮の門を跨ぎ、新築みたいに傷一つない扉を開けた。
「お、おお……」
視界に広がる気品ある内装。
赤い絨毯が敷き詰められ、階段の手すりまでも凝った意匠が施されている。天井には魔力に反応して明かりを灯すシャンデリア。
広々としたエントランスに掲示板があった。
「あの掲示板に部屋の割り振りが書かれてあるわ。確認してちょうだい」
「は、はい」
それによると、クレアの部屋は二階の一番左奥のようだ。
「私はここで待ってるから、まずは荷物を置いてらっしゃい。ここでの生活についての説明はそれからね。それと、はいこれ」
シェリーから部屋の鍵を受け取ってから、クレアは中央の階段を上って宛がわれた部屋に入った。
「お邪魔しまーす……」
誰かと相部屋というわけではないが、つい口を突いて出た。
そして、目に飛び込んできた内装に驚嘆の言葉が出た。
「……ご……ゴージャス」
寮の内装も豪華ならば、個室もそうでないはずはない。
ふかふかのベッド。椅子には、長時間座っていてもお尻が痛くならないように柔らかいクッションが敷いてある。
窓にはお洒落なローズピンクのカーテン。照明もデスク用と室内用に二つ。
収納はクローゼット。その中には魔法で鍵を掛けるタイプの金庫。
そして、個人部屋なのにトイレとお風呂がついていた。
「……本当に、田舎者の私なんかが使っても良いのだろうか」
クレアの村とは何もかもがかけ離れていて、無駄に堅苦しい言葉が出た。
そこで下で待ってくれているシェリーを思い出した。とりあえず言われた通りに荷物は床に置いて、部屋に鍵を掛けて戻った。
それからは寮内を案内された。といっても、食堂と談話室しかなかったが。
「基本的に朝食と夕食は指定された時間内で済ませるように。昼食は前日の朝食時に申請を出さないと用意されないから気を付けて。
学園にも食堂はあるけれど有料。町にある大衆店と同じくらいの値段がするわ」
「ちなみに、アルバイトとかは……」
「余程の事情がない限り原則禁止ね。だから学生がお金を得る方法は必然的に限られてくる。例えば、実家から受け取るとか、入学時にまとまったお金を学園に渡しておくとか、ね」
「私にはどれも無理だ……」
シェリーは苦笑を浮かべて念を押す。
「だから、くれぐれも前日の申請を忘れないように。空腹で午後の授業に身が入らなくなるのは困るでしょう」
それからシェリーは明日に控えた入学式の時間と場所を伝えると、案内はこれで以上だと言って去った。
一人ロビーに残ったクレアは、肩を震わせる。
「……ふっ、ふふふっ、ふっふっふっ、私、本当に勇者学園の生徒になったんだ」
ようやく実感がこみ上げてきて、喜びのあまり笑いを堪えきれなかった。
駆け足で自室に戻る。その落ち着かない様子は夜まで長引くのだった。




