#28_ライザース襲撃(8)
城門を突破した二十人余りのゴルドゲルズ軍はガーヴを先頭にして、謁見の間を目指して広い通路を走っていた。
「貴族兵がいなきゃこんなもんか。サラーシュに続いてファナリースもあっけなく落とせちまうと、逆につまんねえな……ん?」
物足りなさを感じていたガーヴたちの前に、立ち塞がるように一人の初老の男、ゼストが剣を片手に立っていた。
距離を開けたところで足を止めると、訝し気に威嚇する。
「んだてめぇは。邪魔だ、さっさと退きな。じゃねえと殺すぜ?」
「わざわざ警告するとはお優しいことだ。だが気遣いは無用。ここから先は一歩も通さん」
「はっ!まさかジジイが俺たちの相手をするってか?年寄りの冷や水ってえのにも限度があんだろう。こちとら干からびたジジイを殺すのには慣れてんだ、死んで後悔しな」
「人間相手は初めてだが、悪党に掛ける情けは無用。覚悟しろ」
ゼストは自分に言い聞かせて両手で剣を構え、集中する。
ガーヴはただならぬ圧をかけてくる目を見て、にやりと口角を上げた。
「良い気迫だ。だがてめえの相手は俺じゃねえ。おい、全員で掛かって始末しろ。俺は先に行く」
配下の兵士をけしかけ、自分はその横を素通りしていくつもりのようだ。
二十人の兵士は雄叫びを上げながらゼストへ剣を振りかざして突撃していく。
その後ろを悠然と歩き始めたガーヴに、ゼストは釘を刺す。
「一歩も通さんと言ったはずだ」
ゼストは間合いの外から兵士たちに向けて横薙ぎ一閃。
凄まじい剣圧により暴風が生じ、兵士たちはボロ雑巾のように来た道を飛んで戻った。
「「ぐあああああっ」」
それを見たガーヴの足は自然と止まった。
目の前で仰向けに倒れる仲間たちに目もくれず、その目にはゼストしか入っていない。
「てめえ、何モンだ?」
「それを言えば引き返してくれるのか?」
ガーヴは鼻で笑う。
「まさか。ここまで来てハイ止めますなんて、つまらな過ぎるだろ。ただ気になっただけだ。答えたくねえってんなら構わねえ。殺すには変わりねえしな」
ガーヴは転がる配下を一瞥し、持っていた戦斧の先をゼストに向ける。
「こいつらじゃあ話にならんみてぇだ。いいぜ。俺が直々に相手をしてやる。すぐに殺されるんじゃねえぞ?」
ガーヴは目を光らせ、戦斧を振り上げて突進した。力強い突進にゼストは先ほどの一閃ではあしらえないと見るや、振り下ろされた戦斧を剣で受け止めた。
重たくも甲高い金属音が響く。
体格はガーヴが上、年もガーヴの方が一回り以上若い。
というのに、ゼストの剣はガーヴの戦斧に圧されるどころか弾き返した。
「っ!とんでもねえジジイだなあオイッ!」
ガーヴは二度、三度と斬りかかるが、それをゼストは完全に見切って弾き返す。
これほどの強者と死合えることに悦びを感じ始めたガーヴは不気味な笑み浮かべた。
戦斧の片手持ちで返されるのなら、両手持ちで押し切る。
「らああああッ!」
当たれば頭部を真っ二つにするその斬撃は、ゼストの弧を描くような剣の動きに捉えられていなされ、床を破壊した。
無防備な半身を晒したガーヴは、こんな隙を見せられるか、と咄嗟にゼストの横っ腹に横蹴りを放つ。
ゼストは退きながら向かってくる足裏を剣の柄で受けて凌ぐ。
「奇術師みてえな剣の使い方しやがって。さっきのてめえのセリフがハッタリじゃねえってのはよくわかったぜ。だがぁよぉ……イマイチ人を殺す踏ん切りってのがついてねえみてえだなあっ!」
ガーヴは再び斬りかかる。
連撃に次ぐ連撃をゼストは全て弾き返す。それでもガーヴは戦斧を振り続ける。
「てめえを殺そうってヤツ相手になに躊躇ってやがんだよぉ!とんだ甘ちゃんだなあ!どんだけ強かろうが、最後は生きてるヤツが勝ちなんだよっ!俺を殺せねぇてめえは俺には勝てねえんだよおっ!」
戦斧を弾き返しながらゼストは静かに答えた。
「……その通りだ。だから、私は守るべきものの為に立ち続ける!」
戦斧を大きく弾き返して仰け反ったガーヴの顔面に拳を打ち付けた。
「ぶふっ!」
よろめいて後退りし、鼻と口元を押さえてゼストを睨む。
遠巻きに戦いを見ていたゴルドゲルズの兵士たちがどよめく。
「てめえ……やりやがったな」
押さえた鼻から血が垂れ、赤い絨毯に赤黒い染みをいくつも作っていく。
強者と戦えることに悦んでいたガーヴだったが、それは自分が余裕で勝てると確信していたから。反撃を受けて余裕は霞み、嘲るような笑みが消えて怒りの眼差しを向ける。
「俺はなぁ……これまで、メンツを潰されたら十倍にして返してきたんだ。だからよぉ、分かってんだろうなぁ?」
「一発殴られただけで潰れるメンツなど大したことは無い。そんな考えを持っているのは温室育ちの貴族の子供くらいだ。甘ちゃんはそちらではないか?」
「……ぶっ殺す」
その言葉の直後に斬りかかって来るかと思いきや、肩で大きく息を数回吸った後に飛び掛かって来た。
ゼストはタイミングをずらして反応を鈍らせる思惑かと思ったが、ガーヴの動きはこれまでの斬り合いと大差ない。
妙な違和感を覚えたが、ガーヴの動きはすでに見切っている。集中を途切れさせなければ、どんな攻撃だろうと防げる確信はあった。
しかしそれは、ガーヴが目の前で掲げた戦斧を振り下ろさんとする間際までの話だった。
「ブッ!」
ガーヴが口から血の毒霧を吹いて、ゼストの視界を潰す。
「くっ」
「はあっ!死ねええっ!」
血が目に入って反射的に瞼を閉じてしまう。
その隙を作ったガーヴは、残虐な笑みを浮かべながらゼストの頭部をかち割らんと渾身の一撃を振り下ろした。
ゼストはこれまで培ってきた戦いの勘に従い、すかさずバックステップ。
しかし、完全には避けきれず、顔面に斜めの傷が作られた。
「つっ!」
「ちっ!しぶてえ野郎だ。だが目は使えねえ!今ぶっ殺してやるからなあ!」
確かに先ほどガーヴが指摘した通り、ゼストは人間を殺すことに躊躇していた。だからこれまで防戦一方だったのだ。
そして相手は勝つために手段を選らばない凶賊だ。生け捕りなどという甘ったれた考えのままでは殺されるだろう。
「悪党に掛ける情けは無用」という言葉はただの見栄だったのか?それを見透かされたから、目の前の相手は好き放題斬りかかってきているのではないのか?
これでは守れるものも守れない。仮にも勇者の肩書を持たせられた者が、己の意気地の弱さを守るべき者が存在しないあの世で言い訳するのか?相手も人間だったのだ、と。
そうだ、「仮にも」私は勇者なのだ。
罪のない人々を苦しめる悪に屈してはならない。たとえ張りぼてでも、今を生きる人々の希望たらねばならない。勇者が悪に敗れるなど、あってはならない!
「死にさらせええっ!」
「断るっ!」
ガーヴのフルスイングがゼストの胴を切り裂こうとした時、目を閉じたままのゼストの神速の横薙ぎが凶暴な風圧を伴って放たれた。
戦斧は風圧により服一枚傷付けられず押し返され、同時にガーヴの体は腰を境に分かたれた。
「……は?」
上半身が斜めにずれる中で言えた一言が、それだった。ガーヴはそれきり二度と声を出すこともなく、赤い絨毯の上に盛大に血をまき散らしながら分断された体は倒れた。
絶命したゴルドゲルズの首領。彼の強さに惹かれて集った蛮族の兵士たちは、彼が一騎討ちで負けて殺された現実を受け入れるのに少し時間がかかった。
ゼストはその間に目に入った血を拭ってどうにか視界を取り戻すと、それから呆然としている兵士たちに告げる。
「君たちのボスは死んだ。それでもまだ向かってくるというのなら、もう容赦はできない」
「「っ!」」
兵士たちはその言葉がハッタリでも何でもないのをよく知っていた。なぜなら、人間と言うのは一人殺せば二人目を殺すのに躊躇はなくなるというのを、その身でもって知っているからだ。
ガーヴが卑怯な手段を用いても勝てなかった相手に、その彼よりも劣る兵士たちが勝てる見込みなど一つもない。
何より、彼らは蛮族。強い者に惹かれていただけの烏合の衆。忠誠心はなく、見限るのに躊躇はない。自分の命を一番大事にする彼らに、仇討ちという殊勝な感情は縁遠い。
「さあ、どうする。まだ戦うか?」
兵士たちは我先にと、脱兎のごとく王城から逃げて行った。




