#27_ライザース襲撃(7)
「あんたからはこれ以上話を聞けそうもないな、です」
アーシェスは軌道を変えたような音がした方へ神速の拳を放つ。鬼の攻撃が届くよりも先にヒットした。
「ぐふううっ!」
アーシェスの拳は顔面にヒットし、鬼が吹き飛んだのが砂の様子で分かった。
ダメージを受けた鬼は姿を消したまま体勢を戻し、鋭い呼吸を吐いてすぐにまた飛び掛かる。
放たれた拳は横に避けられ、腕を両手で掴まれた。
「なに?」
避けるならまだしも、見えない腕を掴むなどもう見えているとしか思えない。
が、それを考える間もなく、アーシェスに背負い投げを掛けられて強かに地面に背中を打ち付ける。
「かはっ!」
グラウンドに小さなクレーターが作られた。
透明化が解け、苦悶に歪む鬼の顔が見えた。
「き、貴様、本当に人間か……?」
「この程度で人間を疑われるとは心外だ、です。そもそも、あんたは魔王もどきの中では最弱なんじゃないか?です」
プライドを傷つけられた鬼は、正に鬼の形相でアーシェスを見た。
「貴様、言わせておけばっ」
腕を掴まれたままの鬼は体をバネのようにして跳ね上げ、逆再生のようにアーシェスの頭上まで覆いかぶさるように飛び上がる。
このまま腕を掴んでいたままでは潰される、と咄嗟に両手を離して飛び退いた。
着地した鬼は四つん這いでアーシェスの方を向くと、獣のようにひっかこうと腕を振り上げながら襲う。
「前言を、撤回してもらおうかっ」
振り下ろされた爪は不意に鉤爪のように長く伸び、アーシェスの目測を誤らせ僅かに回避が遅れた。爪が頬を浅く抉り、三本の線が入った。
「つっ」
間合いに入った鬼は、続けて伸ばした爪で攻撃する。
しかし、得物の尺が見えてしまえばそのアドバンテージはすでに無きに等しい。アーシェスは間合いを開けるのではなく、逆に懐に入って腹部に拳を打ち付けた。
「ぐっ」
うずくまって腹部を押さえてよろめく巨体。下がった顎に天へ向かって強烈な掌打が打たれ、足が地面から浮いて倒れた。
「その強さ、どこで手に入れた……」
鬼を見下ろすアーシェスは追撃せず律儀に答える。
「俺を育ててくれた人からだ、です」
「……そいつはとんだバケモノだな。魔王様にでも育てられたか?」
「当たらずといえども遠からずだな、です。あの人に比べれば、俺など赤ん坊みたいなものだです」
鬼は上体を起こしながら言う。
「恐ろしいな。だが、私もこんなところで死ぬわけにはいかなくてね。たかが人間相手に業腹だが、奥の手を使わせてもらう」
鬼は全身に力を漲らせた。肩甲骨の辺りからコウモリのような翼が生え、鋭く飛び上がって中空からアーシェスを見下ろす。
「貴様は危険すぎる。アーティファクトも失う事になるだろうが、この際致し方なし。この町と共に塵も残さず消えるがいい」
鬼は両手を頭上に持ち上げ、魔力をその先に集中させる。その先に漆黒の球体が出現した。
魔力を込める度に球体は膨れ上がり、数秒もしないうちにその大きさは一軒家を包み込めるほどに肥大した。
「これは触れたものを飲み込んで成長し続ける。今からこれを貴様に放つ。避ければ貴様は助かるかもしれんが、この町は消滅する。さて、どうする?」
「そのやり口は実に魔王もどきらしいな、です」
どちらを選んでも最悪の結果となる選択を突きつけられたが、アーシェスは顔色一つ変えない。鬼は、それを余裕と捉えた。
人間如きに警戒するのは癪ではあったが、早々に決着を付けなければ危険だと感じた鬼は、強引に会話を打ち切って死を宣告した。
「では、さらばだ」
上げた両手が振り下ろされ、巨大な魔力球がグラウンドに立つアーシェスに投げつけられた。
アーシェスは一歩も動かず魔力球を見続けている。
「どうした?抵抗するなり逃げるなりしないと、死ぬぞ」
ずっと劣勢だった鬼にようやく訪れた確約された勝利。
これで突如現れたバケモノじみた人間を屠れるのだ、愉悦に口が歪むのも当然といえよう。
アーシェスは言葉を返さず、じっと動かない。
ついに魔力球がアーシェスに触れるか触れないかのところで、鬼はつまらなそうに呟く。
「なんの抵抗も見せないとは、興が冷め――」
「こけおどしか、です」
アーシェスはほんのわずかに落胆したような声を出すと、虫を払う仕草で巨大な魔力球を打ち消した。
鬼の時間が止まった。
「……な」
「周囲のものを飲み込むとか言っていたが、詰めが甘かったな、です」
「どういう、ことだ?貴様が触れた瞬間、消滅していたはずだっ」
「確かに物体は消えるだろうが、同じ魔力はそれに含まれていなかった。それだけだ、です」
魔力球を生み出した鬼ですら把握していなかった事を、目の前の人間は短時間で見抜いていた。
正確に言うなら、放たれる前には気付いていた。故に、その場を動く必要もなかったということだ。
底知れぬ相手に鬼は、ここは一旦退くべきかと考えた。
アーシェスから僅かに注意を背けたその一瞬が悪かった。
「今度はこちらから行くです」
アーシェスの姿が消えた。そう鬼が認識した次の瞬間、脳天を砕くほどの衝撃と痛みが走り、地面に仰向けに叩きつけられた。
「ぐがっ!」
グラウンドに人の背丈ほどの穴が作られ、その中に縫い付けられている鬼に向けて告げる。
「お前たち魔王もどきが殴っただけで殺せないのは知っているです。これからお前を倒すのは地獄の壁」
「地獄の、壁……だと?」
聞いたこともない魔法に想像を巡らせるが、イメージすら湧かない。それはそうだろう。何せ、それは物の例えなのだから。
鬼はそれを理解する前にその身で経験することになる。
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ファナリース王国・城門前。
ファナリースの兵士たちの奮戦虚しく、戦線は中央広場からどんどん押されて容易く最終防衛ラインである城門まで追い詰められた。
その最悪の報は、ほとんどタイムロスなく国王やゼストのいる王の間まで届けられた。
「兵の数が足りませんっ!このままでは押し切られてしまいますっ!」
「よもや、ここまで簡単にしてやられるとは……」
唸る国王に近衛兵隊長が申し出る。
「陛下。御身の傍を離れる事をお許し下さい」
「ガラム」
それを聞いたゼストは、国王が答える前に口を出した。
「いえ、私が行きましょう。近衛が陛下の傍を離れてはなりませんから」
近衛兵隊長のガラムはゼストの目を見た後、軽く頭を下げた。
国王もゼストの申し出に異論はなかった。
「すまぬが頼めるか?」
「御意」
「でしたら、この剣を持って行ってください。いかに勇者でも、丸腰では辛いでしょう」
ガラムは自らの剣を差し出す。
だが、これでは今度はガラムに剣がない。
「いや、しかしそれでは」
「お気遣いは無用です。私は武術の心得もありますので」
それでもゼストは少し躊躇ったが、ガラムの強い眼差しを見て剣を借り受けることにした。
「では、遠慮なく。陛下を宜しく頼みます」
「ご武運を」
ゼストは国王に一礼してから王の間を飛び出し、戦場となっている城門前へ駆けた。




