#26_ライザース襲撃(6)
フードの男は何を言われたのかすぐに理解できず、言葉を返すまで少しの間があった。
色々と聞きたい事はあったが、結局は一つに集約される。
「貴様、何者だ?」
最初の言葉を繰り返すことになってしまったが、此度の言葉が指すものは大きく違っている。
人と変わらぬ姿に、人と変わらぬ所作。魔力も隠蔽しているはずなのに、どうして見破られた?
そして、見破ったこの男は本当に何者か?
アーシェスは二度目の問いに答える。
「ただのここの学園生だ、です」
「嘘を吐くな。ただの人間が一目で私の正体を看破できるわけがない」
「嘘ではないです。この制服を見れば分かるだろう、です」
アーシェスは至って真面目に答えているのだが、フードの男ははぐらかしていると受けて聞き出す内容を絞った。
「そういう事を聞いているわけではない。私の偽装は完璧だったはずだが、どこで私が魔族だと気が付いたのか、そう聞いている」
「なんだ、そういう事か、です」
一から十まで説明しないと伝わらないのか、と気疲れした。
いや、もしかしたら揶揄われているのかもしれない。偽装を見抜くほどの者に油断は見せられない。
そして質問の意図が伝わった今、真に目の前の人間を警戒すべき対象であるか否かの判断ができそうだった。
アーシェスが答える。
「魔力を隠すような魔力の使い方をする人間など、俺の知る限り俺一人しかいない、です。あとは魔王もどきしかいないと聞いた。それだけだ、です」
またもやフードの男が求めていた回答ではなかったが、これはこれで収穫はあった。信じがたい収穫ではあったが。
「その口ぶりでは、他の同胞に会った事があるように聞こえるが……。冗談に付き合っている暇はない。丁度いい、ここのトップの部屋に案内してもらおうか。貴様も死にたくはないだろう?」
「断るです」
「私が本当に誰だか知っていて拒否しているのか?もう一度聞く。案内しろ。でなければ、殺す」
「魔王もどきに協力する気はないです。さっさと帰れです」
フードの男、魔王もどきはフードの下の口を歪め、諦めた。
「……では、死んで後悔すると良い」
魔王もどきは地面に手を着き、一瞬で自身を囲う大きさの魔法陣を構築した。
「デモンズ・ミューテーション」
人間の姿だった魔王もどきは大きな暗黒に包まれる。
時間にしてたった一秒でその暗黒が晴れ、そこに立っていたのは黒々とした見上げんばかりの巨躯の鬼。
アーシェスは眉一つ動かさず見据えている。
鬼は口の端から蒸気を吐き出しながら言った。
「できれば醜いこの姿にはなりたくなかったが、貴様は油断ならない。初手から本気で潰させてもらう」
開戦は突然だった。
鬼は一足飛びでアーシェスまで迫り、回し蹴りを放った。それをしゃがんで避ける。
攻撃を避けられた鬼は、空振った足の裏から魔力のレーザーを撃ち出した。
「これで終いだ」
レーザーはアーシェスの胸を貫く。はずだった。
「なかなか器用だな、です。勉強になるです」
貫くはずだったソレに、アーシェスは手のひらに作った小さな魔法壁で防いでいた。いや、魔法壁ではなく、魔力の壁だった。
魔王もどきの魔力は人間に太刀打ちできるようなものではないのに、アーシェスはそれを顔色一つ変えずに一瞬で同等かそれ以上の魔力で防いだ。
それが防がれたからと言って、魔王もどきの猛攻は途切れない。それにアーシェスも合わせる。
足払いには前蹴りで、顔を狙った拳は避け、至近距離で放つ魔力の弾は同じく魔力の壁で。
魔王もどきの攻撃のことごとくが余裕でいなされ続け、一旦仕切り直すために距離を取った。
「……つくづく貴様は妙な人間だ。どうだ、私と一緒に来ないか?」
まさかの勧誘。
無論、そこに魅力も興味もないアーシェスは一蹴する。
「興味ないな、です。いいからさっさと帰れです」
「そうか。貴様ほどの男と一緒ならば、あっという間に我らの悲願を成就できると思ったんだがな。断られたのであれば仕方あるまい。もはや用は無い。ハイド・マジック」
鬼の姿が揺らめき、景色に溶け込んで消えた。
グラウンドにはアーシェスただ一人しかいないように見えるが、響く声がそうではないと告げる。
「冥途の土産に教えてやろう。これが、ゴルドゲルズの者たちがサラーシュの城を短時間で落せた理由であり、ここの急襲を成したものだ」
「そうか、です」
「そして、この後すぐに貴様を屠った理由にもなろう」
突然、アーシェスは両腕を前に折り曲げて防御姿勢を取った。同時に両腕に激しい衝撃が奔って体が後ろへ吹き飛ばされた。
「ほう、ガードしたか。直感かまぐれか。だが、それは何度も続くまい」
勝ち誇った台詞と同時に繰り出される見えない攻撃は、四方八方からアーシェスを襲う。
しかし、そのどれもが寸でのところで防がれている鬼は、一撃もダメージを与える事ができないままでいた。
さすがに何かおかしいと気付いた鬼が攻撃の手を止める。
「どういうことだ。どうして防がれる?」
「分からないのか?です」
「何をだ?」
アーシェスは地面を指差した。
「お前が動く時、グラウンドの砂が動いているのが分からなかったのか?です」
「……たったそれだけか?」
種明かしされれば、それは簡単で当然のことだった。だからと言って、砂の動きで分かるのは動く瞬間と位置くらいしかない。全ての攻撃を防ぎきっている理由としてはあまりにも弱すぎる。
それ以外の何かがあるはずだ。
鬼の思考を先回りしてアーシェスが教えた。
「あとは、音だです。腕や足を振り被った時の空気を切る音で、どこから攻撃が来るかは大体の予想がつくです」
これまで聞いたことのない攻撃の見極め方で、そしてそれは到底人間が到達できるはずもない領域。
鬼はさすがに驚愕した。
「……ありえん。人間の体でそこまでの次元に辿り着けるなどありえん」
「そんなのは知らんです。出来るものは出来る、それだけだです」
「貴様は危険すぎる。是が非でも今ここで殺しておかなくては」
鬼は攻撃を再開する。
今度は振り被った腕や足はそのまま叩きつけるのではなく、ストレートの軌道からアッパーに変えた。
「敵に種明かししてみせるなど、愚かな人間だ」
拳がアーシェスの顎にわずかに触れ、皮膚を薄く切って勝ちを確信した鬼。しかし信じられない事に、アーシェスはそこからスウェーで躱しきった。
「なにっ?!」
空を斬るアッパー。
驚愕しても鬼は攻撃の手を緩めず、続けてわざと蹴り上げをすかして踵落しを狙った。が、蹴り上げが髪に触れた瞬間に半身で避けられた。
今度は頭を狙った回し蹴りからその足を斧のように振り下ろすが、それも屈まれては半身で躱される。
鬼はとても理解できなかった。
「何故だ。振り被る音はしていないはずだっ」
「軌道を変えた時に音がするからな、です。それで場所が分かるです」
「どこまでもバケモノじみた人間だ。だが、防戦一方ではいずれその腕も砕けよう」
「確かに、一週間も続けばその危険もあるか、です」
「…………一週間?」
そんなに付き合ってられるか。
鬼側が優勢のはずなのに、どうしてかその一言で勘違いなのでは、という予感がした。
そしてその予感は現実となる。




