#23_ライザース襲撃(3)
大講堂に集められた全学園生らは、教師たちの指示でパーティを組んで待機していた。
アラート、そして戦闘態勢、緊迫した様子の教師たち。
外の状況を知らない生徒たちは、それでも只事ではないと感じ取って不安を口にする。
「一体、何が起きてるんだ?」
「先生たち、パーティを組ませた後はほったらかしで表の様子ばかり気にしてない?」
「それに、さっきのブツッっていう音、何だったんだ?また放送かと思ったけど違うみたいだし……」
ざわめきは収まらない。むしろ、その生徒が言っていた何かの接続が切れる音が不安を増幅させ、喧騒は大きくなった。
クレアたちも気になっていた。
「さっきのは何だったんだろう?」
ケイトが顎に手を当てて、もしかして、と答える。
「これと似たような音を聞いたことがあるのですが、その時は拡声機能を持つ魔法陣が突然停止した時でしたけど……まさか」
「魔法陣が壊れた?」
「その可能性もあります。私もそこまで詳しいわけではないので何と言えませんけれど……」
「先生たちも気になってるみたいだし……あれ?」
ジャックが周りの教師を見渡すと、その数人が大講堂から出ていこうとしていた。
「魔法陣を直しにいくのかな」
「かもしれま――」
ケイトの言葉は、大講堂から出て行こうと開けた扉の先を見た教師の、絶叫にも等しい声で中断された。
「全員陣形を組めっ!来るぞっ!」
教師が叫んだその直後、大講堂の外は怒号と爆発音、剣の打ち合う音で満たされた。
扉一枚隔てた外は、殺伐とした音で満たされる。
学園生全員が一瞬にして凍り付き、僅かな混乱を見せ始めた。
「な、何が起きてるんだよっ」
「何と戦ってるんですかっ」
「逃げよう、とにかくここから離れようっ」
今までずっと親や血統に守られ続けてきた貴族の子供たちは、その中の一人の「逃げよう」という声に敏感に反応してしまった。唯一の出入り口が塞がれているので別の出口を作ろうと、十数人の学生たちがステージの壁に向って魔法を詠唱し始めた。
壁を壊すつもりだ。
それを見た他の学園生たちも彼らに続いて詠唱を始める。
馬鹿な事をっ、とシェリーはステージに登って身を挺して詠唱を中断させようと試みる。
「落ち着きなさいっ!ここを壊したって、その先に見えるのは校舎の壁で行き止まりよっ。魔力の無駄遣いはやめなさいっ!」
「シェリー先生っ!?」
クレアたちは自分たちの担任の危険な行為に肝を冷やす。
壁を壊した先にはまた壁がある。
さすがに学生たちは無意味を理解し詠唱は止んだが、今度は壇上のシェリーに言葉の刃が向けられる。
「だったらどうしろと言うんですかっ!俺たち一年はまだ実践なんて経験してないっ」
「私たち二年だって魔法で強化した動物としか戦ってません!それに、いま外にいるのは先生たちでも手こずるようなのなんでしょう!?そんなのに私たちが勝てるわけないじゃないですかっ!」
「先生たちは勝てるんですか?!勝てないなら俺たちを逃がしてくださいよっ。ここには家の跡取りが多いんです、平民や先生たちと違って殺されるわけにはいかないんですよっ!」
「あなたたち……」
学園生たちのあまりの情けない姿にシェリーは泣きそうになった。新入生はまだしも、上級生ですらこの有り様だ。
能力を伸ばすことに重点を置きすぎて、それ以外の事に目を向けてこなかったのだと思い知らされた。
剣術や魔法実技、歴史や世界情勢についての授業は、戦う覚悟に何の役にも立たなかった。
そして、この学園の運営は貴族からの寄付によって成り立っている部分が大きく、その父兄の意見に学園側が毅然と対応できなかったのも、貴族家系の彼らを増長さる原因の一つとなっていた。
魔王たちとの大きな戦いから四十年。
当時にも当然貴族はいたが、だからといって威張り散らすような者はおらず、血筋や地位に関係なく共通の敵を倒すために協力し合っていた。
勇者ゼストにより魔王は倒され、平和が戻った。
それから今日まで貴族を始めとする人類は脅威という脅威に晒されず、故に戦いを忘れ、地位と名声が幅を利かせるようになる。
四十年。人の世はそれだけの時間があれば戦争を風化させられる生き物なのだろうか。
「……ちょっと行ってくる」
「く、クレアっ!?」
「行くって、もしかして」
二人の声に振り返ることなく、クレアは大股でステージに近づいて正面からよじ登る。
シェリーは思わぬ事態にその名前を呼ぶことしかできなかった。
「クレアさんっ?」
それを見たベルナルドとエスカティリーナも目を疑った。
「なんでアイツがっ」
「何をするつもり――」
クレアはシェリーの隣に立つと、暴徒と化しそうになっている学園生たちに向けて大声で訴える。
「一年だから何だっていうのっ!授業でしか戦ったことないからってそれがなんですかっ!シェリー先生を責めて何になるんですかっ!今やらなきゃいけないのは、そんなことじゃないでしょう!
貴族だかなんだか知らないけど、威張るならそれなりの覚悟を示してみなさいよっ!守られるだけなら赤ちゃんでも出来るでしょ!何のためにここに来て、何を学んできたのっ!」
「クレアさん……」
「それでもあんたたちが情けなくないっていうんなら、度胸を示してみなさいよっ!」
学園生全員へ向けて啖呵を切ったクレアに、主に貴族たちの苛立ちの瞳が無数向けられる。
「平民風情が偉そうにっ」
「貴族がどういうものかも知らないくせに勝手なこと言いやがって」
「これまであの女の処遇はガーランド家に任せてきたけど、生ぬるかったようだな」
盛大な挑発も貴族たちの心にはまったく響いていなかった。
エスカティリーナはクレアをじっと見つめ、少し離れたところではベルナルドの取り巻きが悪態を吐いていた。
「出しゃばりやがって」
「貴族全員を敵に回すなんて、怖いもの知らずもいいとこだ」
「愚か者が……」
貴族という種類の者たちがここまで話や道理が通用しないとは予想外だったクレアは、落胆と同時に失望しそうになった。
そんな失望を押しとどめたのは、クレアに続いて壇上に上がった一人の貴族の女子学生だった。
「本当に情けないですわね。これまで平民平民と散々下に見て来た者にここまで言われて、真っ当な反論の一つも出来ないなんて。ああ、言い返せないのは彼女の言う通り、チヤホヤされるのが貴族の仕事だと思っているからかしら?さぞかしご先祖様も嘆いていらっしゃいますでしょう、人々の為に命懸けで戦った自分の子孫が腰抜けに育ってしまった、と。墓に泥を塗るも同然ですわ。
いっそ、貴族なんてやめてしまいなさい」
「あ、姉上っ!?」
「エスカティリーナさんまで、どうして……」
「ベルナルドのお姉さん?」
今度はクレアも驚いた。貴族側のエスカティリーナが応援に来たからだ。
貴族たちは、四大英雄の子孫が同じ貴族を否定するような発言を大々的にしたことに耳を疑った。が、身分に縋りつくのを止めれない彼らは、彼ら自身のプライドの為に言い返す。しかし、彼女が指摘した通り、彼らにはおよそ真っ当な反論というものは持ち合わせていなかったので、見当はずれな反論しか返ってこない。
「そ、そこまで仰られるのは、少し過剰ではないですか?私たち貴族には、平民には背負えない義務と使命が――」
「話の論点を変えないでくださらない?貴方は密室でこのような状況になっても、平民だけに戦わせて自分は縮こまっているだけですの?頼みの綱の平民が敗れれば、次は貴方ですのに?」
「そ、それはっ」
「それはあまりにも人として愚かしい考え方ですわね。二人で戦えば勝てるかもしれないのに、わざわざ一人ずつ殺されにいくだなんて。
そんな自分勝手な者が国を支えるようになってしまったら、あっという間に滅亡ですわね」
「エスカティリーナ様っ!いくら貴女といえど、我々を貶める発言はよしていただきたいです!」
貴族の中でも格式の高い家系の者がここまで言っても、返ってくるのはプライドを守るための言葉だったのは、エスカティリーナも悪い意味で感心した。
「そう……。ここまで言っても中身の伴わない尊厳を押し通すのですわね。分かりました、わたくしからはもう何も言う事はありません。お好きにしたらよろしいですわ。わたくしも好きにさせてもらいますから」
貴族らを見限ってすぐ、クレアとシェリーの手を掴んでステージの袖まで引っ張る。
いきなりの事に驚く。
「えっ?な、なに?」
「エスカティリーナさんっ?」
「行きますわよ。ベルナルドからFクラスはパーティの人数が不足していると聞きましたわ」
「た、確かに三人しかいないけど、それが……?」
エスカティリーナは学園生たちの色々な目に晒されながら堂々と歩く。
「先生、わたくしもFクラスのパーティに加えていただきたく思います」
「あなたが加わってくれるのは確かに助かるけれど、あなたのクラスに問題が起きるでしょう」
思いがけない申し出にシェリーが困惑する。エスカティリーナの担任に断りなく勝手に異動させるのは問題があるからだ。
だが、エスカティリーナの申し出を後押ししたのは意外にもクレアだった。
「先生、今は難しい事考えてる場合じゃないです。士気の低い班にやる気のある人がいても宝の持ち腐れです。……この人の班の士気がどうかは知りませんけど」
「心配なさらなくても結構ですわ。先ほどのこの者たちの反応を見ましたでしょう?特権意識を根深く植え付けられた方たちですもの、いざとなってもただの置物にしかなりませんわ。ですから先生、お願いいたしますわ」
シェリーは大講堂の外の物騒な怒声と物音を聞きながら、決心した。
「分かりました。エスカティリーナさん、この子たちを宜しくお願いするわね」
後輩のクレアたちを任された彼女は、しっかりと返事をした。
「はいっ!」
そうしてエスカティリーナとFクラスは合流し、役割を決める。
「あなたたち、それぞれ何が得意ですの?あぁ、クレアさんは言わなくてもよろしくてよ、中庭の話でよく分かりましたので」
「はぁ」
「ぼ、僕は魔法も運動もまだそんなに……どちらかと言えば、まだ運動の方がマシっていうレベルです」
「私は……魔法でしょうか。ジャックと同じくAクラスの方々には遠く及びませんが、中級の水魔法までは習得しています」
「そうですか。ではフォーメーションはクレアさんを前衛、中衛にはわたくしとジャックさん、後衛はケイトさんで行きましょう。
ですが、これは暫定的なもので、状況によって臨機応変に対処しますわよ」
「は、はい」
シェリーは感心した。
「さすが、学園トップだけあるわね」
「「…………ええええっ!」」
三人が驚くと同時に入口側から爆音が響き、大講堂の扉が盛大に内側に吹き飛んできた。
全ての学生と教師の注意がそちらへ向くと、蛮族のような出で立ちの男たちが続々と我が物顔で踏み入って来た。




