#21_ライザース襲撃(1)
ライザースの門の中は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
門の責任者・ダルクスは、物見用の部屋で数人の部下へ口角泡を飛ばして部下に指示をしていた。
「ここまで接近されるまで、どうして誰も気づかなかったっ!?すぐに王都全域に非常事態アラートを発報しろ!門の封鎖を急げッ!」
ダルクスは声を荒げて部下に各部署へ伝令を飛ばす。
自身も門の中の通路を速足で歩きながらすれ違う兵士たちに声を掛けていく。
「手の空いている者は私と来いっ!門の内側で敵を迎え撃つ!」
「はっ!」
そうして門の外に出る頃には三百人ほどが彼の後に付いていた。
重そうにゆっくりと閉まりつつある門の隙間から覗くは、狂気じみた雄叫びを上げて迫り来る敵兵の姿。
このままでは間に合わない。
「風魔法で押し返せッ!」
「はっ!」
十数人の兵士が前に出て、門に近づく蛮族へ向かって手を翳して詠唱する。
「「女神エリクシアの名の下に、無垢なる風よ、澎湃の如く暴威に目覚め、怨敵を薙ぎ払え――ブラストウェーブッ!」」
打ち出された風の上級魔法は、その名の如く大きな暴風をとめどなく敵に浴びせる。
「ぐあああああっ!」
「くそがああああ!」
砂に息を吹きかけるように、敵兵は次々と後ろへ吹き飛ばされていく。
だが、魔法の効果は永続ではないので、絶えず撃ち続ける必要がある。ダルクスは更に命令する。
「敵はまだまだ後ろに控えているっ、次を備えろっ!気を抜くなっ!」
「「女神エリクシアの名の下に、無垢なる風よ、澎湃の如く暴威に目覚め……」」
今魔法を撃っている兵士の後ろにいた第二陣が次弾の詠唱を始める。
初撃の風が弱まり、止んだ。その直後に蛮族に門の封鎖を邪魔されないように次弾を放つ。
「「ブラストウェーブッ!」」
そしてまた敵兵を吹き飛ばす。
少しは軍勢を押し返すことが出来たと見たダルクスは、兵士が一番気が緩みそうな今の瞬間を見逃さずに檄を飛ばす。だが、彼は異様な光景を見た。
「油断するなッ、このまま続け……なんだ?」
眦を吊り上げた厳しい表情で指揮をしていたダルクスだったが、敵兵がカーテンに覆われるように消えていくという異様な光景を目の当たりにし、檄が止まった。
魔法を放っていた兵士も困惑し、詠唱を止めてしまった。
「何が起こったというのだ……?」
呆然としそうになったところに、門の上にいた兵士が叫んで意識を揺り戻された。
「敵はまだそこにいますっ!続けて魔法を――」
「っ!風魔法、放――」
「遅い」
不意にダルクスの耳元で男の声がした瞬間、腹部に軽い衝撃と焼けるような熱さを感じた。
どうしていきなり刺されたのか原理は不明だが、やられたのは事実。
「貴様、なにもの――ぐふっ」
正体を問い質そうとするが、逆流した血が口内を満たして言葉を邪魔した。
ダルクスの異変に気付いた兵士たちは一瞬どうするべきか迷ったが、何よりも門の封鎖を最優先として魔法の詠唱に入った。
白兵戦に備えていた一人の兵士は、仲間が次々と倒れていく中でダルクスの傍へ駆け寄ると、すぐさま担いで脇へ移動させる。
「一体何があったというのですかっ?!」
「……見えない敵に、襲われた」
「見えない?」
「恐らくは、門の外の敵が消えたのも、そういう事だろう……。これはまずいぞ……すぐに陛下にお伝えしな、ぐふっ」
「……私が行きます」
「頼む……名は?」
「アレックスです」
「よし……行け」
「はっ!」
支えていたダルクスの体をそっと横たえると、アレックスは城へ駆ける前に仲間たちに大声で呼びかけた。
「敵は何らかの方法で姿を消していると思われるっ!水魔法と土魔法で姿を暴くんだっ!」
「分かったっ!みんな固まれッ!周囲に魔法を撃つんだっ!」
仲間たちの怒号を背にアレックスは走り出した。
中級の水魔法と土魔法で泥を生み出して辺りにばら撒く。
門に程近い場所にいた兵士は、門の外へ向けて泥を飛ばす。
すると、宙に泥が浮いたままの場所があり、それは兵士たちに向って迫って来る。更に踏まれた地面の泥が跳ねるので居場所の特定が容易になった。
「そこだっ!」
一人の兵士が火の中級魔法を泥の跳ねた場所や浮かぶ泥に向けて放つ。
「あああ、あつっ!あついいいいいっ!」
やはりそこには敵がいた。
兵士たちは魔法を放ち、侵入していた二十人程の敵兵を倒しきる。
その様子を近くの民家の屋根の上から見下ろしていたフードの男は、残念そうに呟く。
「もう姿を隠しても効果はないか。想定よりも対応が早かったが、こちらの優勢には変わりない。真っ向からやり合っても問題なかろう」
フードの男は王都の奥へ進んでいった。
取り逃がした敵がいようとは思いもしない兵士たち。
残るは門の中へ入ってこようとする敵を防ぐだけだが、その必要はなさそうだった。
ようやく門が施錠する音が大きく響き、封鎖された。
「よし、これであとは外の敵を倒せば――」
しかし、門は再び同じ音を立てた。
開錠、そして開門。
閉じられたはずの門がゆっくりと解放されていく。
「な、何をしているッ!早く閉じろ!」
門の開閉を操作する動力室へ必死に叫び声を上げたが、解放は止まらない。
兵士たちの脳裏に嫌な想像が奔った。
「まさか、動力室が奪われたというのかっ?」
「誰か、様子を見にっ!」
「駄目だっ、もう間に合わないっ!」
門は完全に開いた。
ライザースの兵士たちの目に、下卑た笑いを携えて悠然と対峙する蛮族の兵士たちは、獲物を前に舌なめずりしている猛獣のように見えた。
その最前列にいたガーヴは戦斧を片手に担ぎ、号令をかけた。
「待ちくたびれたぜっ。お前ぇら、いくぞおッ!」
「ヒャアアアッ!」
「ヒィィィハアアアッ!」
獣のような咆哮をあげながら全速力で突っ込んでくるゴルドゲルズ兵。数は約三千弱。
対してこちらの警備兵は五百。勝ち目は万に一つもない。しかし、だからといって退くわけにはいかない。
ここで死すとも、せめて時間稼ぎくらいはやってみせよう。
「全員、覚悟を決めろッ!腹を貫かれても、腕を落されても奴らを通すなっ!」
「おおおおおおおっ!」
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アラートを聞いたゼストが教会へ駆けている道中、一人の兵士とばったり鉢合わせた。
「っと、君はっ」
「ゆ、勇者ゼスト様っ?!」
彼が何かしらの情報を持って誰かへ伝えに行こうというのは、息を切らせた事から察せた。
ならば、ここで手短にでも彼から情報を聞いておくべきだ。
「いったい何が起こっているんだ?」
「それが……」
兵士は門で起きている事と、これからそれを国王に報告に上がろうということを話す。
それを聞いてゼストは自分のすべきことが見えた。
「分かった。陛下への報告には私が向かい、そのまま護衛に付く。代わりに君はフォスノウス学園に行き、ラウマールという教師に私の事と門での事を伝えて欲しい。頼めるだろうか?」
アレックスは悩んだ。
軍規違反にならないだろうか、と。
それを察したゼストは言葉を添える。
「もし後で何か言われても、この件は教会が責任を持つ。陛下にも事情は説明しておくから心配はいらない」
そうして彼の名前を憶えてゼストは教会ではなく城へ駆けた。門番に事態を端的に伝えて今すぐ謁見の取次ぎを頼むと、待たされることなくすぐに国王の元へ向かうようにと言われた。
長い廊下を早歩きで進み、何度か見た事のある立派な扉を開け放つ。
その正面では国王が宰相や軍の指揮官らと話している最中だった。会話には加わっていないものの、国王の脇には近衛騎士たちが控えている。
宰相らの話よりも緊急性はこちらが上だと確信していたので、迷わずゼストは割って入る。
「お話し中、失礼します」
「おお、ゼストかっ。よく来てくれた」
「陛下、急ぎ報告します。アラートの正体は人間で、姿を消す魔法を使って侵入してきました」
国王は信じられないとでも言うように反芻する。
「姿を消す魔法となっ?そのような魔法、聞いたことがないが……」
「私もです。それから、伝令の兵士から聞いた敵兵の様子と昨今の情勢を思えば攻めてきたのは……」
国王は声を落して言う。
「ゴルドゲルズか」
「おそらくは。サラーシュが短時間で陥落したのも、その魔法のせいかもしれません」
「ふむ」
相手が魔物でなく侵略者というのであれば、即座に対策の方針を変えねばならない。
宰相へ指示を出す。
「すぐに王都内の兵士たちをかき集め、侵入者に対処させるのだ。冒険者ギルドにも協力を仰ぎ、彼らには国民の安全を最優先にさせよっ。貴族らとも連携を取り、何としてでもこれ以上の被害を食い止めよっ」
「はっ、直ちに」
ゼストは言葉短く進言する。
「私はこのまま陛下の護衛に付きます」
「すまぬが、頼む」
不意を突かれた格好で開かれた戦端。多くの犠牲者が出てしまうだろう。
そして、不可思議な魔法を使う者たち相手に、果たして勝てるのだろうか。
何より、この世界では人間同士の戦争を経験した国はほとんどなく、ファナリースもその中の一国。経験不足が一層不安を募らせた。




