#20_学食の主(3)
クレアは学食の中を通り抜け、中庭に案内された。
ベルナルドの後ろを付いていくと、とある一つの東屋の前で止まった。そこが終点で、待ち人がいるということだ。
ベルナルドの後ろから体を横にずらして、エスカティリーナの前に姿を見せる。
「……私を呼んだのは、えっと……」
ベルナルドの姉一人だけかと思っていたのに、テーブルには他に四人の女子学生が付いていたので、誰がそうなのか分からなくなった。
クレアの戸惑いを察したエスカティリーナがすっと立ち上がり、にこやかに微笑みかけて来た。
「お初にお目にかかりますわ。わたくしはエスカティリーナ・ガーランド。そこのベルナルドの姉ですわ。わざわざここまで来てもらってごめんなさい、クレア・シールズさん」
「あ、いえ」
名乗る手間を省かれて、少しだけ調子が狂わされた。
「弟がいつもお世話になっているようだから、姉のわたくしからもご挨拶をと思ってね」
果たしてこの「弟がお世話になっている」が皮肉として言っているのか、額面通りの意味なのかはその笑顔からは計り知れない。
が、例えどうであろうと、クレアにはそんなありきたりの皮肉では何も伝わらない。
「そんなことはないですよ。顔を合わせればいつも突っかって来ますし、授業で一緒にならない限り顔を合わせる事もないのでそこまで仲は良くないです」
「そ、そう」
エスカティリーナは笑顔を崩さないまま狼狽えた。それが皮肉が通じなかったからなのか、それとも社交辞令すら通じない相手だと思ってもみなかったのかは分からないが。
軽く咳払いをしてから続ける。
「クレアさんの話は上級生の間でも噂になっていましてね。是非一度お話してみたいと思ったの」
「はあ、そうですか」
「……」
別に噂されても嬉しくもなんともないクレアは素っ気ない。
とてつもなく反応が悪すぎてやりづらい事この上なかった。
「……オリエンテーリングでは、どのようにしてボールを獲得していったのかしら?」
「木の上から魔法で手前に誘導して飛び降りただけですけど……」
「(まるっきり猿じゃないっ!)」
と、心の中でツッコんだが、その一見単純な方法と思える中にエスカティリーナは違和感を覚えて口にした。
「木の上というと、どの程度の高さからですの?確かあの魔道具はそれなりに視野が広く作られていたはずです。人一人分の高さからでは見つかってしまうでしょう?」
「そうなんですか?それは知りませんでした。そうですねぇ……」
そう言ってクレアは近くに適当な高さの物が無いか探し始めると、学食の奥にある校舎が目に入ったので指を差した。
「あそこの……そうですね、三階くらいの高さかと。木によって多少は違いますけど、大体そんなものですね」
ベルナルドもその話を今知り、聞いた全員がありえないと口を開ける。
あの高さから飛び下りれば確実に怪我をする。それ以前に大半の人は恐怖で実行できない。というより、あの高さであればほぼ身投げ。だというのに、一切の怪我をした様子もなく何回も繰り返していたと言う。
それを可能にするならば、魔法で落下速度を緩めるか着地点に何らかのクッションを用意しておかない限りは現実的ではない。
だが、あの魔道具は魔法を察知して回避する。
そこから見える答えは、一つしかない。
「……あの高さを、魔法なしで?」
「ん?あれくらいの高さなら、魔法なんていらないですよね?」
あまりに常軌を逸した感覚に、どう返せば良いのか言葉が出てこない。
ただエスカティリーナはこれだけは感じていた。
「(早いうちに対処しなければ、近いうちに彼女は……)」
思考を切り替えると、驚きは少しずつ霞んでいった。
これ以降、エスカティリーナは自身の望む結果になるようにクレアを誘導するだけだ。
「簡単に仰いますが、一般の人には難しい事なのですよ。それを聞いてわたくし、ますますクレアさんに興味が湧きましたわ。せっかくですので、わたくしと手合わせなど――」
突如、学園全体にアラートが響き渡った。
ざわつく学園内。クレアたちも只事ではない様子に気が張り詰めて顔が強張る。
「な、なんですの急にっ!?」
「何が起こっているんだ!?」
何も分からないので、とりあえず周囲を見渡すが誰も彼もが同じく落ち着きなく顔を動かしている。
そんな中、クレアが中庭から出て行こうと踵を返した。
「ちょ、ちょっとお待ちなさいっ!どこへ行こうというの?」
「ここでじっとしててもしょうがない。先生に聞きに行きます」
「あっ。そ、そういう……そうね、クレアさんの仰る通りですわね。わたくしも行きます」
「いや、別に一人でも――」
断ろうとした時、中庭に立てられたスピーカーから学園生たちに向けて男性教師の指示が飛ぶ。
「今の警報は、王都ライザースに魔物もしくは魔獣が近づいたことを報せるものである。まだ詳細は伝わってきてはいないが、万が一に備えて全学園生は大講堂に集まるように。繰り返す。今の警報は……」
「魔物?魔獣?」
「王都の周囲には、魔法による不可視のセンサーが張り巡らされているのです。そのどこかに引っ掛かったのでしょうね」
「へえ。でも、シェリー先生の授業で聞いた魔物のイメージだと、一匹や二匹程度だったらそこまで騒ぐことでもないような気がするけど……」
「強大な魔物ならば一匹でも十分に脅威ですわよ、って今はそんなことを悠長に話している場合ではありませんわっ。ベルナルド、わたくしたちも大講堂へ急ぎますわよ!」
「はい、姉上っ」
クレアたちは数多の学園生たちでごった返す廊下へ出て、一緒になって大講堂へ向かった。
アーシェスは王都の外の森で火を焚いて、今さっき捕まえて捌いた猪肉を焼いて食っていた。
「やはり取れたては格別だな」
咀嚼する音に紛れて微かに王都の中からアラートが聞こえた。
口を止めて確かめると、はっきりと聞き取れた。そしてまた咀嚼する。
「(何かが起こったらしいが、いま俺も呑気に王都に戻るのは得策ではないな。あの人がいた時と同じように、まずは外から様子を窺うべきだろう)」
焼いた猪肉を急いで口に放り込むと、王都の周囲を見回り始めた。
フォスノウス学園・理事長室。
ゼストは教職員を集めて、万が一に備えた段取りを伝えていた。
「まずは学園生たちの安全確保が最優先だ。最上級生も本格的な実戦はまだ経験していない。恐慌状態に陥ってしまう最悪のパターンを回避しつつ、クラスを持つ先生方は点呼を取り、副担任や事務員は大講堂の外で守備を固める。
その後、学園生たちでも自衛出来るように班を組ませて、前衛と後衛で役割分担させる。……今はそれくらいしか打つ手がないが、頼む」
「「了解!」」
「私は教皇様の元へ行き、状況を確認してくる。その間の指揮はラウマール先生にお願いする。私が出て行ったあとは正門と裏門を閉じ、魔法でロックして欲しい。それではラウマール先生、宜しくお願いします」
ゼストは老人へ軽く頭を下げた。
「なんとかやってみましょう。皆さん、頼りないかもしれませんが宜しくお願いします」
「「はいっ!」」
謙虚に協力を願い出るラウマールに、教師たちははっきりと応えた。
手短に引継ぎを終えたゼストは場を解散させると、その足で教会へ駆けた。
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アラート鳴り響くライザースの門の手前に、フードの男とゴルドゲルズ軍を率いるガーヴ、そして、二台の大きな馬車が何もない所からカーテンを捲るように現れた。
ガーヴは舌打ちした。
「おい、ご自慢のハイドマジックとやらが早々にバレちまったじゃねえか。この後の段取りはどうすんだよ」
「他国に守られて警戒心が薄いかと思っていたが、中々に用心深い人物がいたようだ。だが、やる事に変わりはない。重要拠点を急襲したこちらのアドバンテージは大きいままだ。このまま行く」
「いいぜ、ここで退いて正面から仕切り直しなんざ、俺もごめんだしな。……そんじゃあお前ぇらあっ!サクッと終わらせて乱痴気騒ぎすんぞおおおっッ!」
「「おおおおおおおおおッ!!」」
大地揺るがすほどの鬨の声のすぐ後、三千にも上るゴルドゲルズの兵士たちは蛮族のように目をギラつかせて、無秩序に門へ押し寄せた。




