#19_学食の主(2)
ベルナルドが女子学生Dから、クレアをエスカティリーナと引き合わせるよう頼まれたその日の最後の授業。
座学だったFクラスは、チャイムが鳴って教師が教室から出て行ったあと雑談に興じていた。アーシェスはいつもの通り一人でどこかへ行ってしまったが。
そんな所にあり得ない珍客ベルナルドが来て、教室の入口から尊大な態度で呼びつける。
「おい、クレア・シールズ」
三人はベルナルドを認めるなり、程度の違いはあれど嫌そうな顔をする。
「ベルナルド、どうしてここに……」
「珍しいですね」
「何か用事?」
「お前は明日の昼は学食に来い。これは命令だ」
めっちゃ嫌そうな顔になる。
「ヤダ」
「お前に拒否権はない。それに勘違いしているかもしれないから言っておくが、用があるのは俺ではないぞ」
「え、じゃあ誰なのよ」
「俺の姉がお前と会いたがっている。来なければ……どうなっても知らんからな」
それだけ言って帰ろうとするベルナルドを引き止めた。
「ちょっと待ってよ。会うのは別にいいよ」
「……なら何だ?」
「でも用件があるなら、そっちが私に出向くのが筋じゃないの?」
「お前……」
本格的に貴族と平民の違いを教え込まなければいけないようだと頭を抱える。
「貴族が平民ごときと対等だと思うなよ。平民の上に立っているのが貴族。お前たちは黙って俺たちのいう事を聞いていればいいんだ」
「それおかしくない?人に上も下もないよ。まあ、村長みたいな人は必要だけど、村長も村の人たちの言葉を聞いて一緒に考えたりするし、それが当たり前でしょ」
「国を辺境の村などと同列に考える事自体が間違っている。国政の何たるかも知らぬ平民たちに代わって国を成り立たせているのが貴族だ。俺たちのおかげでこの国で生活出来ている事を知らぬ無知な愚か者が、偉そうな口を利くな」
「確かに私たちは政治の事は全く知らないよ」
「だったら――」
「でも貴族とかいうあんたたちを生かしてるのは何だと思ってるの?」
「……は?」
ベルナルドはクレアの問いの意味がまるで分からなかった。
貴族を生かしているものとは何だ?金か?地位か?権力か?プライドか?
咄嗟に答えられなかったので、クレアが呆れたように言う。
「そんな当たり前のことも分からないのに、人の上に立つとかよく言えるよね。人が生きていくのに必要なのは威張る事でも従わせる事でもなく、ご飯に決まってるじゃない」
「は?何を、言っているんだ?そういう話をしているんじゃないだろう」
「そういう話だよ。あんたたち貴族っていうのがわがまま放題で横暴で私たちの声を無視し続けるんだったら、ご飯なんかくれてやらないんだから。
政治がどんなかは知らないけれど、あんたたちの命を握ってるのは農家や牧場の人たちなんだよ。いつも美味しいご飯を食べられる事に感謝しなさいっ」
「お前っ。お前たち平民が俺たちに盾突くのであれば、無理やり徴収するまでだっ。武力のないお前たちは命乞いをしながら飯を差し出すしかないんだよっ」
「あんたねぇ……」
自分たちの言う通りにならなければ暴力で脅す。そんな考えを見せたベルナルドを睨みつける。
平民の分際で貴族に物申すクレアをベルナルドが睨みつける。
何やら話がおかしな方向に向かってしまった。このままでは収拾がつかないとみたケイトがクレアに言う。
「確かにクレアさんの言う事はもっともだと思います。ですが、彼もまた曲げられないものを持っているのでしょう。ここはひとつ、クレアさんが折れてお誘いに招かれるしかないかと思います」
「ケイトっ。こいつの肩を持つっていうの?」
「そうではありません。このまま睨み合ってても日が暮れるだけでしょう?彼が自分の考えを曲げる事はないと思います。それに、最初の話から大分遠ざかってしまっていますよ」
「むぅ」
もう一度ベルナルドと睨み合うと、クレアは片手を腰に当てて観念した。
「しょうがないなぁ。明日学食に行けば良いんだね?」
「ようやくか」
「でも明日はもう食堂のご飯の予約したから、行くのはご飯の後になるけどそれくらいはそっちも妥協してよ?」
「その程度なら良いだろう、姉上にはそう伝えておく。だが、あまり姉上を待たせるなよ」
今度こそベルナルドは帰った。
「なんだか、大変な事になったね……」
「うーん、でもあいつのお姉さんに会うだけだからね」
何も知らないクレアは何でもない事のように思っているが、それをジャックは正す。
「違うんだよ、クレア。前に食堂の人から聞いたでしょ、儀礼的なものがあるってさ」
「あー……そういえばそんな事聞いたっけ。でも、別に立ち寄るくらいのものだから別にしなくてもいいんじゃ――」
「その挨拶しなきゃいけない人っていうのが、エスカティリーナ様……ベルナルドのお姉さんなんだよ」
間違いであれ、と強く願ったせいかクレアの動きが一瞬止まった。
「……まじ?」
「そんな質の悪い冗談なんか言わないよ。だからエスカティリーナ様の使いでベルナルドが寄越されたんだ」
今度はクレアが頭を抱える番だった。
翌日の昼休み。
行きたくなーい、ともっしゃもっしゃと亀のようにゆっくり咀嚼して食事を長引かせていたクレアの元に、それを予見していたかのようにベルナルドが食堂まで迎えに来た。
「何をちんたらやっている。行くぞ」
「ちょ、まだご飯残ってる」
クレアの必死の抵抗虚しく、ベルナルドは食堂のカウンターから水を取ってきてクレアの前に置く。
「流し込め」
そこまでする?と目の前に置かれたコップとベルナルドを交互に見遣る。
ベルナルドは有無を言わせぬ雰囲気でクレアを半目でじっと見る。
もう肚を括るしかなかった。
「もはやここまで……」
大層な言葉を呟いてから、ランチボックスに残っていた二口分のおかずを水で流し込んでボックスを返却口に置く。
これで満足ですか?とベルナルドへ顔を向けると、相変わらずの不機嫌な顔で、付いて来いとだけ言われた。
「おもしろくなーい」
重い足取りでベルナルドの後ろを付いていく。
そして、クレアはこれから会う人物がどんな人なのかを尋ねた。
「ねえ、お姉さんってどんな人なの?」
「……学園の中で一番の魔力量の持ち主だ」
「先生たちより?」
「お前は馬鹿かっ、そんなわけないだろう。学園生の中でに決まっている」
「馬鹿って何さっ。先生より強い人がいるかもしれないって思っただけじゃん」
アーシェスの件があるのでクレアはその可能性が頭に浮かんだが、ベルナルドは彼の実力を知らない。
「……ともかく、無事に卒業したければあの人を怒らせたりしない事だな」
「そんなに怒りっぽいの?」
「さてな。少なくとも、人前で怒った姿は見たことは無い……いや、どうして俺はこいつに助言してるんだ」
どこか調子がおかしいのかもしれないと頭を振って気を取り直そうとしたところに、クレアが穏やかに話しかけてきた。
「別にいいじゃん。さっきみたいな感じは話しやすくて好きだよ?」
「なっ!?」
いきなりの言葉に思わず振り返ってしまう。
さっきみたいな感じは話しやすくて好きだよ。話しやすくて好きだよ。好きだよ。だよ……。
ベルナルドの脳内は、やがてその一言だけで埋め尽くされた。家族以外から初めて言われた言葉は、顔を紅潮させるには十分な破壊力を持っていた。
「な、なな、何をっ言っているんだっ!」
「?」
どうしてそのような反応をされるのか分からないクレアは小首を傾げる。
その仕草すらもベルナルドには蠱惑的に映ってしまう。
「そういう事は、その、なんというか……ええいっ、もういいっ」
「どしたの急に?」
思えばベルナルドはこれまでずっと、クレアのように対等に言い合ってくる者と縁がなかった。四大貴族の家柄という事で周囲の人たちは彼の機嫌を窺いながら、当たり障りのない範囲で接していた。
なんと味気ない。
それは踏み入ってこようとしない他者に対する評価か、それともそれを良しとしてしまう己の性分か。
このようなのがこれからも続いていくのだと決めつけていたが、そんな彼の前に何にも物怖じしない田舎娘のクレアが現れた。
今この胸に湧いた感情がどういうものなのか、ベルナルドには分からない。
そして、学食の入口が見えた。
「あの扉の向こうが学食だ」
「ついに、来てしまった……」
クレアは面倒過ぎて帰りたくなる気持ちを必死にこらえて、初めての学食に足を踏み入れた。




